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「君の妹は本当にあつかましいよね」

 

 侯爵夫妻にシェールと一緒に挨拶を済ませた後、私の婚約者であるロブス様は、自らが部屋に案内してくれてから整った顔を歪めて言った。


「申し訳ございませんでした。幼い頃から私にべったりで…。大人になれば変わってくるだろうと思っておりましたが…」

「君もそうだが、ご両親の躾も良くない」

「申し訳ございません」


 長身痩躯のロブス様は、細い目をより細めて、眼鏡のフレームを二本指で押し上げてから続ける。


「謝るくらいなら、最初から、あんな風な性格にさせるべきじゃなかった」

「……返す言葉もございません」


 いつか自立するだろうという、呑気な考えを持っていた私が悪いのだから、怒られても仕方がない。


 ただ、どうしていれば、シェールが私を諦めてくれていたのか、今となっては知りたかった。


 それに、彼女がこの家にやって来る事を認めたのは彼なので、その事について何も言わない事も気になった。


「少しでも早く、君の妹が家に帰る様に説得してくれ。それから、君をこの家に呼んだのは、お互いを知るという理由だけじゃない」

「……どういう事でしょうか…?」

「侯爵家というのは名ばかりで、我が家の家計は火の車なんだ。使用人でさえ必要な人数を雇えていない。水仕事はしなくてもいいが、それ以外の雑用は君がやってくれ」

「……と言いますと?」

「君は婚約者見習い兼使用人だ」


 婚約者見習いだなんて言葉は初めて聞いたわ。


 侯爵家の財政の事に関して、両親は何も言っていなかった。

 でも、よく考えてみれば、ロブス様は私よりも年上の23歳なのだから、婚約者がいてもおかしくはなかった。


 それなのに、今までいなかったという事は…。


 お父様もお母様も、侯爵家の命令だから逆らえなかったのはあるでしょうけれど、一言、私に何か言っておいてくれても良かったんじゃないの…?


 ……どっちにしても一緒ね。

 それに、私もちゃんと調べるべきだったわ。


「私は今まで使用人の仕事をやった事はないのですが…」

「メイドは何人か残っているから、彼女達に教えてもらってくれ。それから必ず水仕事をしたり、遅くまで働く様な真似はしないでくれ。近々、君には僕と一緒にパーティーに出席してもらうから」

「…そういう事ですか」


 私は彼にとってマスコット的なものなのだ。

 

 黒髪の女性という珍しいパートナーを連れて、夜会で注目を浴びたいのだ。

 そんな事は最初からわかっていた事だというのに、ここまで酷い扱いをされるとは予想していなかっただけにがっかりしてしまう。


 けれど、ここで私が我慢すれば、シェールと離れる事ができるかもしれない。


 でも、虐げられて生きていくのも嫌だわ。

 慰謝料を払わなければいけなくなった場合、両親は私の為にお金を払ってくれるかしら。


「何か文句があるのか? 君は今の今まで婚約者が見つからなかったんだ。中身に問題があるのは確実だ。僕という人材を逃すと、君はいつまでたっても結婚なんて出来ないぞ。それに君からの婚約破棄となれば慰謝料を払ってもらうからな」


 その覚悟をしなければならないと思い始めていたところです。


 そう口に出してしまいたかったけれどやめた。


「水仕事をすると指が荒れる。そんなみっともない婚約者なんていらないんだ。メイド達にも伝えておくから、出来る範囲でしっかりと働いてくれ。君に問題がなさそうなら、このまま結婚すれば良い。言っておくが、逃げるなんて許されないからな」


 家計が火の車だというのなら、侯爵家自体の評判も悪いはず。

 何とか断れなかったのかしら。

 両親に後ろ盾がないから無理だっただけ?


 さすがに、周りの貴族達も両親の妹への溺愛っぷりには呆れ返っていたから、社交場でも両親はかなり浮いていたし、知り合いを作る事も出来なかった。


 友人達はシェールを見ると嫌がって私から離れていったし、社交場で楽しい思い出は一度もない。


 もし、私がこの婚約を破棄した場合、両親は私が家に帰ってくるのは許してくれるだろうか…。

 家に帰っても、冷たく当たられそうね…。


「結婚なんてさせませんから」


 部屋の扉が開けっ放しになっていた為、私達の会話が聞こえていたのか、廊下に現れたシェールはそう言うと、部屋の中に勝手に入ってきて続ける。


「ロブス様にはお姉様はもったいないです。お姉様に見合う男性は私が探します」

「君は、何を言ってるんだ…?」

「そのままの意味です」

「もうやめて! シェール、あなたは部屋から出て行って!」

 

 これからお世話になるという相手に、自分の言いたい事を言ってのけようとするシェールを慌てて止めようとすると、小柄なシェールは私に抱きついてきた。


「離れて!」

「嫌です!」


 押しのけようとしたけれど、シェールは私の胸に顔を擦り寄せたあと、私の目を見つめてから言う。


「お姉様、聞いて下さい! お姉様の為に調べましたが、彼は碌な人間ではないんです!」

「何だと! 僕を誰だと思ってるんだ! というか、勝手に屋敷内をウロウロするな! 君もミュアと一緒に働くんだ!」

「お姉様と一緒に働けるのなら働くわ! そのかわり、お姉様との婚約を解消して下さい」


 シェールは本当に私の事が好きなの?

 

 普通なら、好きな人を苦しませる様な事はしないんじゃないの…?


 何度も彼女に尋ねた事を、頭の中で思った。


 彼女の答えはいつも同じだった。

 

『 私にはお姉様しかいないの。

 大好きだからこそ、お姉様の事を考えているの。

 お姉様はとても幸せなのよ。

 だって、私のお姉様に生まれたんだから。  』

                      

 彼女はいつも自分の幸せばかり考えている。

 私の幸せなんて1つも考えていないのだ。


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