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神の奇跡はどこで起きたのか

「ああ! アランっ! そんなっ!」


「おっと」


「きゃっ!」


 サリアは項垂れながら騎士たちに支えられるアランに駆け寄ろうとしたが、ソルドにナイフで脅されて近付くことができなかった。


「……お、嬢様。おケガ、を……」


 自分の方が何倍も酷いケガを負っているにも関わらず、アランはサリアの腕の傷の心配をした。


「私なんて、こんなの平気なのです。それより、あなたは大丈夫なの!?」


「……は、はは。大丈夫、ですよ。鍛えて、ますので」


 そうやって懸命に見せた笑みはまったく大丈夫には見えなかった。


「……おい」


 ソルドがその様子をつまらなそうに眺めながら騎士に命じると、騎士はアランの腹を殴り付けた。


「ぐっ!」


「アランっ!!」


 殴られたアランは血とも胃液ともとれない液体を口から飛ばして項垂れた。


「やめて! もうやめてください!」


 サリアはソルドに必死にすがる。

 ソルドはそんなサリアを冷たく見下ろす。


「ならば神の奇跡を起こせ。聖女の力を示せ。その有用性を、俺に見せてみろ」


「……そ、そんな」


 有無を言わせぬソルドにサリアは力なく崩れる。神の奇跡なんてない自分にそんなことはできない。自分では、アランを助けられない。

 サリアは自分の無力さにうちひしがれた。


「……はぁ」


 ソルドはウンともスンとも言わないサリアに呆れ果てたとばかりに溜め息を吐き、アランから取り上げていた剣を騎士から受け取り、引き抜いた。


「……最後のチャンスだ」


「……え?」


 サリアは泣き腫らした顔を上げる。


「この男の心臓を突き刺す。殺されたくなければ奇跡を起こせ。もしそれで何も起こらなければ、すべて終わりだ」


「ダメぇっ!」


 サリアはアランに剣を向けるソルドにすがりつこうとするが、ガイアに止められ抑えられる。


「……所詮は眉唾か」


 この窮地でなお発動されない力にソルドは呆れた様子で剣を構えた。


「恨むなら、力を与えなかった神を恨むんだな」


 そして、ソルドはアランの心臓目掛けて真っ直ぐに剣を突き出した。


「やめてぇっ!!」


「っ!!」


 アランは自分に向かう凶刃に目をつぶる。


「……?」


 が、いくら待っても何の痛みも衝撃もない。


「……なっ。馬鹿なっ」


「!」


 やがてソルドの驚く声が聞こえてアランは閉じていた目を開ける。


「……あ、ああ。そんな……」


「……ぐっ」


 アランの目の前にはソルドの剣に胸を貫かれたサリアの姿があった。


「ちっ!」


 ソルドが舌打ちしながら剣を抜くと、サリアは力なく床に倒れる。


「サリアっ!!」


「おわっ!」


 アランは渾身の力を振り絞って騎士を振りほどき、サリアのもとに駆け付ける。


「ガイアっ!」


「も、申し訳ありません。血で、目が!」


 ソルドがサリアを抑えていたガイアを叱責すると、ガイアは目についた血をごしごしと拭っていた。どうやら、サリアは切られた腕の血をガイアの目に飛ばして拘束を振りほどいたようだ。


「サリアっ!」


「……う。ア、ラン」


 アランがサリアを抱き起こすと、サリアはゆっくりと虚ろな目を開けた。


「……私、お役目、ちゃんと……果たせた、かなぁ」


「もういい! 喋るなっ!」


 何とか笑おうとするサリアの傷口を抑えながら、アランはサリアの状態を確認する。


「……っ」


 が、やはり心臓を完全に貫かれていた。

 血も止まらない。まだ生きているのが不思議なぐらいだ。


「……だい、じょうぶ、だよ」


 サリアは力なく笑顔を作り続ける。


「あなたが、いれば……公国、は、大丈夫」


「サリアっ!!」


 アランはサリアを抱きしめる。

 もう助からない。

 ならばせめて、最期は安心させたい。

 今の状況でアランにできるのは、サリアを思いきり抱きしめてあげることだけだった。


「……ああ。うれ、しい、わ。こうやっ、て、あなた、から、抱きしめて、くれるのを……ずっと」


「……もう、いいから。もう、話さなくて……」


 アランは流れる涙を拭くこともせずにサリアを抱きしめ続けた。


「……アラン? 私、あなたの、ことが……」


「……サリア?」


 言葉の途中で、サリアの体から力が抜ける。

 アランがサリアの顔を見ると、青白い顔からは生気が感じられなかった。


「……ああ。そんな……」


「ふん。死んだか。愚かな女だ」


 悲しみにうちひしがれるアランたちをソルドはつまらなそうに見下ろした。


「……なんで、なんでサリアが……」


「もういい。そいつも殺せ。ガルセンティア公国軍はこいつらを生きているように見せかけてる内に闇討ちにすればいいだろう」


 サリアを抱きしめたまま、アランは嘆く。

 そんなアランにソルドの命を受けた騎士の剣が迫る。


「……ダメだ。俺のせいだ。全部、俺が。俺に、力が現れなかったから……」


「……なに?」


「……俺が、最初に生まれたのが、俺だったのが、いけなかったんだ。だから、たまたま同じ時に生まれたサリアと、俺は……」


「……おまえ、何の話をしている?」


 アランの嘆きにソルドは不穏な気配を感じる。


「……サリア。どうか、願わくば、もう一度だけ、君の笑顔を見せておくれ」


「……なっ!」


 その瞬間、アランの全身を金色の光が包む。


「殺せっ! そいつを今すぐ殺せっ!」


「はっ!」


 金色の光に包まれるアランに危険を感じたソルドは騎士にただちに彼を殺すよう命じる。


「……神よ。もしも、まだ俺たちを見捨てておられないのならば、最後に、最後にもう一度だけ、出来損ないの聖女に奇跡を与えたまえ」


 そして、アランを包む光は急激に膨れ上がり、一気に広がった。


「くっ!」


 ソルドはそのあまりに眩しい光に目を開けていられなかった。


「ぎゃああぁぁぁぁーーーっ!!」


「え? わあぁぁーーーっ!!」


「な、なにっ!?」


 周囲から騎士たちの悲鳴が聞こえてソルドが懸命に目を開けると、騎士たちは全員、光に溶けるように体が崩れていったのだった。


「で、殿下ぁっ!」


「ガイアっ!」


 そして騎士団長のガイアもまた、その身に纏った鎧だけを残し、この世界から完全にその存在を消滅させた。








「な、なんだあの光はっ!」


 そして、その金色の光は止まることなく、帝国全土を包み込んだ。


「ロ、ロレンス殿下! 騎士たちがっ!」


「こ、これは……」


 庶民たちを救出していたロレンスたちは戦っていた騎士が光を浴びた瞬間に、溶けるように消えていくのを見た。


 さらに、


「で、殿下。騎士に斬られた者たちが……」


「なっ!」


 金色の光に包まれた瞬間、騎士に斬られて絶命したはずの者たちの傷がたちどころに消え、やがて彼らは息を吹き返し、再び、何事もなかったかのように起き上がったのだ。

 それだけでなく、騎士によって焼かれ、壊された家屋もまたアランの放った光を受けると、まるで時計が逆向きに進むように壊れる前の姿へと戻ったのだった。


「……き、奇跡だ」


 それはまさに、神の奇跡と呼ぶ他なかった。














 そして、神の奇跡の光を浴びたサリアもまた……


「……う」


「!」


 天を仰ぎ、自分が何をしたか理解していなかったアランは自分の腕に生じた抵抗に我に返った。


「……ア、ラン?」


「……ああ。サリア。まさか」


 ぼんやりとした顔でこちらを見上げるサリアの顔を、アランは溢れる涙を拭いながら懸命に見つめる。


「……ただ、いま?」


「サリアっ!!」


 はにかんだ顔で笑うサリアをアランは強く抱きしめた。

 サリアの胸にも腕にも、傷ひとつ残ってはいなかった。


「……バ、カな」


 一連の奇跡を目の当たりにしたソルドは体を抑えながら、信じられないといった顔でよろめく。


「……お、おまえが、聖女? バカな。どういう、ことだ」


「……」


 狼狽えるソルドをアランとサリアは互いを支えあいながら見つめる。


「私が説明しよう」


「ち、父上っ!?」


 そこに、ガルフォードに支えられるようにして皇帝が部屋に入ってきた。


「な、なぜ……ガルフォードも。なぜ……なにが……」


 ソルドは衝撃的な出来事が多すぎて混乱しているようだった。


「ロレンス殿下に城の抜け道を調べてもらっていたからな。城から帝都の郊外へと抜ける非常用の通路を逆に利用させてもらった。

 ああ。自称呪い屋のじじいならさっき騎士と一緒に消えたぞ」


 ガルフォードが自らの事情を説明する。

 どうやら神の奇跡によって皇帝の容体も回復したようだ。とはいえ筋力は弱っているので支えが必要なようだった。


「アランは……アランこそが、ガルフォードの本当の子なのだよ」


「は!?」


 そして、皇帝の口から真実が語られる。


「ガルセンティア公国の王の第一子は必ず女が産まれる。そして、その者が神の奇跡を宿した聖女となる。

 ガルセンティア公国は代々そうして聖女の力を受け継いでいった。だが、当代ではなぜか男のアランが第一子として産まれ、そして彼には聖女の神聖が現れなかった。しかし、ガルセンティア公爵家の第一子は女でなければならない。そのため、たまたま同時期に産まれた子爵家の子だったサリアとアランを取り替えたのだ。

 さらに言えば、そもそもガルセンティア公国に聖女が産まれる仕組みを作ったのは、他でもない初代皇帝だ」


「なんだとっ!?」


 アランやサリアも驚いた様子を見せた。どうやら二人もそれに関しては知らなかったようだ。


「もともと聖女の力は初代皇帝の妻である皇后が持っていた力なんだ。

 だが、その力をも利用して帝国を築いた皇帝はこれから和平に向かう世界において、皇帝と聖女をひとつの国に置いておくのは危険だと考えた。

 強すぎる力は慢心を生み、優しさを失くす。いつの日か、帝国が世界を支配する独裁国家となる可能性を危惧した皇帝は聖女の力を他の国で管理させることにしたのだ。

 そうして生まれたのがガルセンティア公国だ」


 ガルフォードはすべてを知っていたようで、皇帝を支えながら相づちを打つように頷いていた。


「皇帝の血を分け、皇帝は継がないが才のある優しき我が子に公爵の地位を与え、土地を与え、聖女の力をそちらに移した。

 そして、その第一子が必ず女になるようにして、その子に聖女の力を受け継がせるようにした。

 神の奇跡を使えばそれぐらい難しいことではなかった。当時の、初代聖女はそれぐらい神の奇跡を自由に扱えたのだ」


 皇帝はそこまで言うとゆっくりとソルドを見た。


「そして、セントミリア帝国とガルセンティア公国は互いに互いを支えあい、助け合って世界に安寧をもたらすことを誓い合ったのだ」


 神の奇跡などという強力な力を持つ公国を帝国より下に置くことで力の均衡を図ったのだ。

 そして、それを当人たち以外に伏せることであらぬ憶測や謀略が生まれるのを防いだ。

 いつしかそれが眉唾ものの噂話とまで言われるようになるように。


「……だが、今回はそれが裏目に出てしまったな」


 皇帝はソルドを見つめる目を残念そうに伏せた。


「よもや息子がそんなことをするはずがあるまいと、呪い屋などと嘯く男の策略にまんまと引っ掛かってしまった」


「甘いんだよ、おまえは」


「違いない」


 ガルフォードに突っ込まれ、皇帝は申し訳なさそうに苦笑した。


「ち、父上が! 俺を差し置いてロレンスを皇帝にしようとするからだ!」


「む?」


 ソルドはまるで親に駄々をこねる子供のように自分の体を抱えながら叫んだ。

 よく見ると、ソルドの体が少しずつ崩れていた。

 それは、神が首謀者に与えた懺悔の時間なのだろうか。


「私はそんなことを言った覚えはないぞ」


「……は?」


 皇帝はハァと溜め息を漏らす。


「大方、帝国の混乱を望む者の甘言に騙されたのだろう。もっと自分に自信を持っていれば、そんな輩に騙されたりなどしなかっただろうに」


「そ、そんな……。だ、だって、ロレンスの方が頭が良いし、皆にも慕われて……」


 ソルドは先ほどまでの威厳はどこへやら。

 おどおどとして自信を完全に失っているようだった。それに対応するように、ソルドの体が薄くなる。


「ロレンスは優しすぎる。そして人を使う能力はおまえの方が上だ。私は、皇帝となったおまえをロレンスが支える形で帝国を任せたかった」


「……そんな。じゃあ、俺は、いったい、何のために……」


「だが、それをきちんと伝えていなかった私の責任でもある。おまえが邪な者の戯れ言に惑わされる必要などないほど、私がもっとおまえを見ていれば良かったのだ……」


 皇帝は取り返しがつかない所まで来てしまったことを悔いた。途中で病に倒れたとはいえ、そこに至るまでソルドを追いつめてしまったのは自分だと。


「……もし、おまえにもう一度チャンスをもらえるなら、もう決しておまえから目を離したりしないのに……む?」


 皇帝がそう言った瞬間、ソルドの崩壊がピタリと止まる。


「……は?」


 ソルドは自分の体をパタパタと確認する。


「アラン?」


「……いや、俺は、何も……」


 ガルフォードに問われるが、アランは自分は何もしていないという。


「……神は、おまえにもう一度チャンスを与えたというのか?」


 皇帝が天を仰ぐ。


「ふ、ふざけるなっ!!」


「!」


 ソルドは消えかけていた自分を止めた何かに憤慨した。


「俺がこれまでやってきたことは、到底許されることではない! 俺は、それを分かってやったのだ! 俺に命じられてやった者たちは消えたのに、俺だけ残るわけにはいかない!」


 ソルドがそう叫ぶと、再びソルドの体の崩壊が再開した。


「ソルド……おまえ……」


 皇帝が悲しげに息子に目を向ける。


「ふっ。悪役はやられたら潔く退散するものだ。俺がいれば、必ずどこかで禍根を残す。ロレンスは優しすぎるといっただろう。あいつはきっとすぐに俺をダシに騙される。

 父上は、ちゃんとあいつのことを見ててやれ」


「……ソルド」


 ソルドは消えかけの体で今度はサリアとアランに目を向けた。


「……悪かった、な」


 ソルドは二人にそれだけ告げると、この世界から完全に消え去ったのだった。




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