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父は単身帝国城に乗り込む

「皇帝からの返事はまだか!」


 ガルフォードはいっこうに謁見の許可の返事を出してこない帝国にひどく苛立っていた。


 ガルセンティア公国は帝国の隣国。

 馬を走らせれば数日で返答が返ってくる。

 にも関わらず、ガルフォードが皇帝への謁見を求める手紙を送ってから一ヶ月が経とうとしていた。

 皇帝からの返事は来ない代わりに、ソルド皇太子からサリアに対しての夜会への招待状が山のように送られてきていた。

 ガルフォードは皇帝への謁見が叶うまではそれに絶対に応えないと決め、ソルドからの手紙が届くたびにそれを無視し、新たに皇帝への謁見を求める書状を送り続けた。


「ガルフォード陛下! 帝国から書状が!」


「見せろ!」


 ガルフォードはバタバタと部屋に駆け込んできた家臣から書状を奪うように受け取ると、顔を近づけて端から端まで穴が開くほど見つめながら書状を読んだ。


「……っ」


 そして、最後まで読み終わるとその手紙をぐしゃっと握り潰した。どうやら今までの夜会への招待状とは異なる内容のようだった。


「……ソ、ソルド殿下は、なんと?」


 その様子から、それが皇帝からの返事ではなく皇太子からのものであると悟った家臣がおそるおそる尋ねる。


「……何度もしつこいから、病床に臥す皇帝に代わって、ソルド殿下が会って、くださるそうだ」


 そう語るガルフォードは怒りで今にも爆発しそうな様子だった。

 しかし大きく深呼吸をすると、ガルフォードは自分を落ち着かせてゆっくりと口を開いた。


「……セントミリア帝国に行く。馬車を出せ」


「で、殿下にお会いになるのですか!?」


 表情は落ち着かせていても、体全体から溢れる殺気を抑えられずにいるガルフォードに、家臣は嫌な予感しかしなかった。


「……陛下にお目通りが叶わないのなら、ソルド殿下に直接申し上げるしかないだろう。

 小僧め。俺を敵に回したことを後悔させてやる」


「へ、陛下!」


 後半部分をガルフォードは無意識に呟いていた。ともすれば本当にソルドに斬りかかってしまいそうな様子に家臣の男は焦るばかりだった。










 翌日。

 夜明けとともにガルフォードはガルセンティア公国を出た。


「……お父様」


 不安げな様子で父を見送るサリア。


「……」


 その様子を見ながら、アランは腰に下げた剣にあてた手をぐっと強く握った。


『もし俺に何かあった時は、サリアと国のことを頼む』


 アランは昨夜ガルフォードから言われた言葉を思い返していた。


「……」


 もし、万が一ガルフォード陛下に何かあれば、自分はセントミリア帝国を許さないだろう。それは、サリアがもしそうなったとしても同じこと。その時は自分が兵たちの先頭に立って帝国を討とう。


 アランは密かにそう誓っていた。

 たとえ、ガルフォードもサリアもそれを望んでいなくとも。帝国が二人に手を出そうとするならば全力でもって帝国に挑む。

 寂しそうに馬車を見送るサリアの細い背中を見つめながら、アランはそう決意を固めたのだった。



 怪しげな空に不穏な風が吹く。

 優美なはずの庭園に咲く青薔薇も、不安そうに風に揺蕩うのだった。
















「よーこそ! ガルセンティア公爵!」


「……」


 セントミリア帝国に到着したガルフォードをソルドは諸手を上げて歓迎した。

 城に着き、部屋で待つようにとガルフォードが言われて半日ほどがたった後のことだった。


「いや、お待たせして申し訳ない。陛下が政務を行うことも難しいゆえ、私もなかなかに忙しくてね」


「……いえ」


 ガルフォードはとうに知っていた。ソルドが国を運営する面倒なやり取りはすべて第二皇子である弟にやらせ、自らは実権のみを握って贅沢三昧な生活を送っていることを。

 実際、城内も無駄に装飾が施され、絵画や骨董品などで溢れ返っていた。格式も様式美もあったものではない。

 そして、それに対して道中の庶民の貧困具合は目に余るものがあった。他国の貴族に見せるための街道であれなのだ。実際の暮らしぶりはその数倍は酷いものであろうことは容易に想像がついた。


「ささ、まずは紅茶でも。名産地で知られる地方から取り寄せた最高級の茶葉だ。

 うーん。やはり香りが違う」


 ソルドは豪奢なあしらいがなされたメイド服に身を包んだ、やたらとスタイルの良いメイドが淹れた紅茶を楽しそうに愉しむ。


「……」


 ガルフォードはそのカップに手も触れずに、綺麗に澄んだ紅にじっと目を落とした。


「……毒なんて入れぬよ」


「!」


 その様子を見ていたソルドがカップを傾けながら呟く。


「……今は、まだな」


「……」


 そう言って静かにカップを置くソルドは先ほどまでの陽気な雰囲気をまったく感じさせない、黒い噂を纏う皇太子の姿だった。


「……」


「……」


 その鋭い視線を浴びたガルフォードは確信する。

 コイツにだけは、サリアを渡してはならぬと。


「……ふっ」


「?」


 しばらく見つめ合ったあと、ソルドが突然フッと吹き出した。


「ふはははは! 冗談だ冗談!」


「……」


 快活に笑うソルドを見定めるようにガルフォードは視線を向ける。


「……ふふふ。未来の義父上(ちちうえ)殿に、そんなことをするはずがなかろう?」


「……っ」


 それは、もしもサリアとの婚約を断ろうものならどうなるか分からないといった意味を含んでいるのだとガルフォードは察した。


「なあ?」


 ソルドはそう言って、隣に立つやたらとスタイルの良いメイドの尻を撫でた。


「ふふふ。嫌ですわ殿下。ダメですよ、今は」


「ははは。悪い悪い。そうだな。あとで、だな」


「……っ」


 こんなヤツに、サリアを……。


「……」


 落ち着け。これは罠だ。俺は見定められている。


 ガルフォードは鉄の自制心で自らを律した。

 ソルドは自分の態度を見ているのだと。

 ガルセンティア公国はセントミリア帝国に下るつもりがあるのかと。


 出方次第でガルセンティア公国は終わる。

 ガルフォードは拳を強く握りしめることでソルドを殴り倒したい気持ちを抑えつけた。

 皇帝と話が出来ていない現状でソルドに反する態度を見せるのは得策ではないと。


「……サリアを夜会には行かせます。ですが、それは殿下からの度重なるご招待にお応えしてのこと。婚約云々はまた別の話と考えていただきたい」


「……」


 ガルフォードは冷たく目を細めるソルドをまっすぐに見据えた。

 これが、自分が今できる妥協点だとソルドに理解させるために。


「……ふっ」


 ソルドは薄く口角を上げる。


「いいだろう。今回はそれで良しとしてやろう」


「……」


 納得した様子のソルドにガルフォードは心でほっと息を吐く。

 ソルドは紅茶を一気に飲み干すと、ガタッと席を立った。


「では、私はこれで失礼する。忙しい身なのでな」


「……お時間を割いていただき、ありがとうございました」


 去ろうとするソルドにガルフォードは立ち上がってきっちりと頭を下げた。


「……ガルフォード」


「はっ」


 立ち去り際、ソルドは扉の方を向いたままでガルフォードの名を呼ぶ。敬称もつけずに名を呼ぶことでソルドは自分の方が上なのだとガルフォードに分からせている。


「今回は特別にこのまま何もせずに帰してやる。だが、おまえの出方次第でサリアやガルセンティア公国の今後が決まることは肝に命じておけ」


「……はっ」


 ソルドが部屋から出るまで、ガルフォードは深く頭を下げた。

 今回は問題を先延ばしにしただけで、これからが本当の勝負となることを痛感しながら。









「……」


 メイドは迎えの馬車を呼んでいるからここでもう少し待てとだけガルフォードに伝えると、さっさと部屋をあとにした。

 一人になった部屋でガルフォードは頭を悩ませた。

 サリアとの婚約を認めなければ、あの王太子は何をしてくるか分からない。だからといって、みすみす大事な娘を渡すわけにもいかない。

 しかし頼みの皇帝は病で会うこともできない。


「……くそ」


 どうにも出来ない状況にガルフォードは頭を抱えていた。


「……ん?」


 そのとき、部屋のドアがノックされる。

 迎えの馬車が来たにしては早すぎる気もする。

 ガルフォードは警戒しながらノックに返事を返した。


「失礼します」


「!」


 部屋に入ってきた人物を見て、ガルフォードは驚いて立ち上がった。


「ロ、ロレンス殿下っ!」


「お久しぶりです。ガルセンティア公爵」


 ガルフォードに対して丁寧にお辞儀をしてきたのはソルドの弟にしてセントミリア帝国の第二皇子であるロレンスであった。

 病に伏した皇帝と自由気ままな兄に代わり、国内外の政務をほとんど一手に引き受け、国を維持するために尽力する人格者であった。

 ガルフォードとは幼少時に何度か会ったことがあり、ガルフォードはロレンスに対して剣術などの稽古をつけたこともあった。


「な、なぜこちらへ!」


 ガルフォードは人目を憚るように焦りだした。ソルドと微妙な関係性である自分が第二皇子と接触すれば、あらぬ噂を立てられかねない。

 それこそガルフォードのみならず、ロレンスの方が。


「問題ありません。兄上には言ってあります。幼き頃の師に挨拶をしたいと。

 兄上は、私にもたまには息抜きが必要だろうと快諾してくださいました」


「そんなこと……っ!?」


 そんなことをあの皇太子が言うはずがない。絶対に何か裏がある。

 ガルフォードがそう言いかけると、ロレンスはガルフォードの口を抑えた。

 そして、耳元で静かに呟く。


「城内ではダメです。どこに兄の目や耳がいるか分からない。城の敷地を出るまで待ってください」


「!」


 そう呟いたあと、ロレンスは目でもガルフォードに示した。

『この会話は聴かれている』と。


「……」


 ガルフォードは平静を装って軽く頷いた。

 そして、


「そうでしたか! ソルド殿下の寛大なお心に感謝せねばですな!」


 ガルフォードはそう言って快活に笑ってみせた。

 それと同時に部屋のドアがノックされ、迎えの馬車が到着したことを伝えてきた。


「ええ。では、外までお送りしましょう」


「ロレンス殿下にお見送りいただけるとは光栄ですな!」


 柔和な笑みを見せるロレンスにガルフォードもにこやかに応えた。


「ガルセンティア公国の調子はいかがですか? 噂では治安もよく、作物の生産も順調なようですが」


「ええ。おかげさまで天候も良く、特に大きな問題は見受けられません」


「それは素晴らしい。さすがはガルセンティア公爵の治める国ですね」


「とんでもない。セントミリア帝国の庇護下にあってこそですよ」


 城の外に向かうまでの道中、二人は何気ない会話を続けた。一般的な、そこそこ仲の良い公爵と王族の範囲を逸脱することなく。


「……」


 にこやかに話しながら、ガルフォードは気付かれないように壁や天井に視線を巡らす。人の気配は感じずとも、ガルフォードはすぐに気付いた。

 何もないはずの壁や天井にかすかな切れ目があることに。そして、廊下に溢れる不要な美術品を飾る台座の裏から不自然な隙間風が吹いていることに。


「……」


 大量の隠し扉。

 そう思うと大きい鏡も多かった。ガルフォードが待機していた部屋にも大きな姿見が設置されていた。

 おそらく見ていたのだろう。

 特殊な加工が施されたその鏡の向こうから。天井から。壁から。

 ソルドの息のかかった者たちが。


「……」


 ガルフォードは前を歩くロレンスの背中を見つめる。

 視られていることが分かっていながら、それに気付かないフリをして一日中過ごさなければならないというのはいったいどんな気持ちであろうか。そしてそうしなければ自らの命さえ危ういというのは。

 ましてや、その相手が血の繋がった兄であるのは……。


「……」


 ガルフォードは幼き頃に自分に剣の教えを乞うたロレンスの姿を思い出す。王として人を動かすことにしか興味がなかった兄と違い、ロレンスはさまざまなことに興味を持った。

 もしかしたら、その時からこうなることを予期していたのかもしれない。たしかな剣の腕と帝国外との繋がり。それを求めてロレンスは自分に声をかけたのでは。


「……」


 それはさすがに考えすぎかと、ガルフォードは密かに笑む。

 とはいえ、ようやく見つけた希望。

 ガルフォードは彼のことを手離すまいと心に決めた。

 彼こそが、ソルド()きあと帝国を導く存在となり得るだろうと。









「ロレンス殿下。見送り感謝いたします」


 城の入口に止まった迎えの馬車の前でガルフォードはロレンスに頭を下げた。

 ロレンスはチラリと周囲を確認し、そこが城の敷地外であることを確かめてから、ガルフォードに一歩近付こうと踏み出す。


「いえいえ、とんでも……わっ!」


「おっ、とと! ……!」


 が、段差に躓いて転びそうになり、ガルフォードがそれを支えた。


「申し訳ありません。政務が忙しく、疲れが出たのかもしれません」


「……いえ、あまりご無理をなさらないよう」


 ロレンスの顔色はあまり良くなかった。ソルドとは違い、本当に政務に追われているのであろうことが容易に想像できた。


「お気遣いありがとうございます。しかし、これで匂いは手に入りましたから、少しは楽になるかもしれません」


「……?」


 ガルフォードはロレンスの言葉の意味を理解できずにいた。


「では、道中お気を付けて。プロでなくとも、最近は野盗が増えておりますゆえ」


「……承知しました。くれぐれも注意いたします」


 ロレンスは兄がガルフォードに対して刺客を放たないであろうことを把握していた。ガルフォードが目的でなければ警備が厳重な国家元首の馬車を襲う野盗はいないだろう。

 ロレンスはガルフォードに帰り道は心配いらないと教えてくれたのだ。







「……」


 セントミリア帝国からの帰り道。

 ガルフォードは服の袖に入れられた紙切れを開いた。

 あの時、転びそうになったフリをしてロレンスが渡してきた紙切れだ。


『やり取りは鳥で』


 紙切れにはそれだけが書かれていた。


「……匂い、か」


 伝書鳥は匂いと方角で行き先を覚える種類もいる。ロレンスはそれでこれからやり取りをしていこうとガルフォードに伝えたのだ。


「おい」


「はっ」


 ガルフォードが目の前に座る執事に声をかけた。迎えの馬車に乗っていた彼の懐刀だ。


「帝国を調べろ。ただし、うちが調べていることが帝国にバレないようにだ」


「かしこまりました」


 執事は粛々と頭を下げる。

 ガルセンティア公国の諜報部隊は優秀だった。武勇で名を上げて王にまでなったガルフォードが自ら育て上げた部隊。

 内側からはロレンスが、外側からはガルセンティア公国が帝国を調べていく。


「……まずは、皇帝の状態を知りたいところではあるな」


 馬車が向かうガルセンティア公国に向かって日が落ちる。

 すでに暗闇に沈みつつある帝国を、ガルフォードは嫌な予感を抱きながら見つめたのだった。





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