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「陰キャのあんたが神鍛冶師なわけないでしょ!」と剣聖の幼馴染にこっ酷く振られましたが、何故か二刀流の美少女竜騎士に溺愛されていた件~君の持っている魔剣を作った神鍛冶師が僕だと気付いてももう遅い~

「クレア!! ぼ、僕と付き合ってくれ!」

「はあ? なんで私があんた何かと付き合わないといけないわけ?」


 それは魔法学園の放課後。


 僕 ――オリバーは幼馴染の女の子であるクレアを教室に呼び出して告白していた。


 容姿端麗で文武両道、更に【剣聖】のスキルを授かっており、その名に違わず強く優しい。僕とクレアは家が隣ということもあって、小さい頃からいつも一緒に遊んでいた。


 それに対して僕は【鍛冶師】というありふれたスキルを授かっており、これと言った特徴もない。魔法も勉強も精々人並み程度。運動に限っては自信がない。

 けれどクレアはそんな僕と長いこと一緒にいてくれたし、剣だって教えてくれた。僕が作った剣も沢山褒めてくれた。


 それなのに――。


「はあ、マジありえないわ~。大体あんたみたいな陰キャで、暑苦しいところで半日過ごすような奴と、剣聖の私が釣り合うわけないでしょ? 少しは身分を弁えたら?」


「そこまで言わなくても……」


 クレアが僕のことをそんな風に思っているなんて知りもしなかった。確かに鍛冶場は暑苦しいけど、それを我慢して剣を作っていたのはクレアのためだったのに。


「私は今からジェイス君達のパーティーと魔物退治しにいくの。ちょうどヘファイストス様の新作の試し振りもしたかったしね。あんたと付き合っている時間なんてないの」


「それって剣を振ると斬撃が出る奴じゃないか……! 買ってくれたんだ僕の剣!」


 クレアが腰にかけているのは、先日僕が作った魔剣だ。剣に魔力が込められており、振るだけで魔力を放出して斬撃を放てるというもの。量産性とコストパフォーマンスに優れて、大量に作れたのは記憶に新しい。


 それに加えて僕は今朝出来上がったばかりの魔剣を渡そうとしていた。クレアが魔物退治に行くと言っていたから、作った自信作だ。


「はあ? あんたまだ、ヘファイストス様のこと騙ってたの? いい加減辞めなさいよねそれ。あんたみたいな陰キャ鍛冶師と、神鍛冶師ヘファイストス様が同じな訳ないじゃない」



 神鍛冶師ヘファイストス。クレアや白兵系スキルを持っている多くの人々が信奉している鍛冶師だ。正体不明で、彼が作った剣は例外一つなく、聖剣、魔剣、妖刀などと呼ばれるほどの業物だ。


 


「いや、だってそれを打ったの僕だし……本当のことを言っているだけなんだ! 今日だって、クレアのために新しい剣を作ってきたんだ!!」


「嘘つくんじゃないわよ!! あんたの作ったナマクラの刻印、ヘファイストス様のパクリでしょ!? ヘファイストス様の刻印は剣の色に合わせるんじゃなくて、パーソナルカラーの赤色なのよ!! あんたのそれは剣の色に合わせたせいで、保護色みたいになっているじゃない!!」


 クレアが言う通り、僕ことヘファイストスの作品には剣の柄の部分に、オリジナルデザインの刻印がされている。これは僕の作品だと一目で分かるように付けているものだ。


 クレアが持っている魔剣は量産性に重点を置いたもの。だから刻印のカラーは赤色に統一し、デザインもいつもに比べれば簡略化されている。本来であればデザインは簡略化せず、色もその剣に合わせたものにするのが僕のこだわりだ。


「恥ずかしいと思った? 中途半端に真似なんかするなら、最初からしないでほしいわね!」


 クレアは僕が差し出した魔剣を振り払う。鞘に納められた剣はカランカランという音を立てて地面に転がった。それを聞いたクレアがふんと鼻を鳴らしながら更に罵倒を重ねる。


「何、あの軽い音。舐めてるのかしら? もう少しマトモな素材を使ってから、真似なさいよ。ヘファイストス様に失礼とか思わないわけ?」


「いや、それは新しいミスリル合金で……」


 僕が弁明しようとしたその時だ。僕の肩にポンと手が置かれる。


「ようお疲れ。あまりクレアちゃんを困らせるなよ陰キャが。あまりオイタが過ぎると、こうしちゃうぞってな!」


 横っ腹を不意に殴られる。咄嗟に魔力で殴られた箇所を保護したため、ダメージはないが、僕は後ろを見る。


 そこにいたのはさっきクレアが言っていた人物。ジェイスだ。


「俺達はクレアちゃん達と魔物退治に行くの。分かるかな陰キャ君。こんなつまらないことで、クレアちゃんの心労を増やすなよ」


「ご、ごめん」


 ぞろぞろと入ってくるジェイスの友人。僕のクラスメイトでもある。


 ジェイスは僕から離れてクレアの隣に立つ。


「ということであんたとはこれまで。じゃあね。へっぽこ鍛冶師」

「じゃあな陰キャくーん!! 俺達はクレアちゃんと楽しく魔物退治に行ってくるぜ~ぎゃははは!!!」

「ほらよ! お前のナマクラ置いといてやるぜ。俺って心遣い出来るいい男だよな~。ナマクラをこうやって丁寧に置いとくんだからさ!」


 僕はクレアとジェイスに罵倒され、その他のクラスメイトに嘲笑されるのを、ただ黙って聞くことしか出来なかった。



***



「はあ……鬱だ」


 僕はトボトボと学校の屋上に来ていた。屋上からクレア達が見える。楽しそうに談笑しながら、学校を出ていく。僕はそれを溜息交じりに見つめていることしか出来なかった。


「こんな物持っていてもな……、もう、剣を作るのはやめよう」


 クレアにあそこまで言われたんだ。そもそも僕が剣を作っていたのは、クレアが喜んでくれたから。新しく剣を作る度、褒めてくれるのが嬉しくて、学園でも人気のない鍛冶学科を専攻したのだ。


 でもあそこまでこっぴどく振られて、罵倒されたらそうする理由もない。帰り際に退学届でも貰って、明日提出しよう。


「もういいや。こんな物、どうでもいい」


 衝動だった。僕は手に持っていた剣を屋上から落とした。ミスリル合金で作ってあるんだ。屋上から落としたところで刃こぼれ一つしないだろう。


 落としたのも校舎裏方面だから気付く人も少ないはずだ。拾った人が持ち主になればいい。そんな気持ちで剣を落としたんだけど。



 バビューン!! という音と共に何かが通り過ぎて行った。


「え!? 何!!?」


 僕は柵に手をかけて、剣を落とした方を見る。落としたはずの剣がない。さっき通り過ぎた何かのせい!? 何が起きたのか理解出来ないまま、僕は唖然としていたら、僕の背後に何者かが着地する。


「全く、貴方は馬鹿なのですか!? こんな貴重な物を屋上から投げ落とすなんて……傷でもついたらどうするつもりだったんですか!?」


「え、いや……イキナリそんなことを言われても」


 僕は後ろを振り向きながら反射的にそう言う。そして、後ろを振り向いた時に僕は彼女に見惚れてしまった。


 肩まで伸びた長く綺麗な黒髪。

 白と金を基調とした特待生だけが着用を許された制服。

 その瞳はエメラルドのように美しい。


 この学校の生徒で知らない人はいないだろう。僕の一つ下で、この剣聖と並ぶこの学園のアイドル。


「レイン……さん、どうして?」

「後輩だからさん付けは不要なのです。そ、れ、よ、り、も!!」


 レインさんはぐぐぐいと僕に近づく。そして僕が落とした魔剣を突き出す。


「これ返すのです。二度と捨てたらダメですよ」


 僕は突き出された魔剣とレインさんを交互に見る。確かレインさんは二刀流の【竜騎士】だったはず。僕が持っているよりもレインさんが持っていた方がいいだろう。


「君にあげるよ。元々それは拾った人を持ち主にするつもりで捨てたんだ。だからそれは君の」


 と言いながら僕は魔剣を彼女に突き返す。すると彼女は驚きながら頬を赤く染めて。


「え!? いいのですか!? あ、い、いや……とても光栄なのですが……本当に本当によろしいのですか? だって、ヘファイストス様というか先輩の、新作なのですよね?」


 ……ん? 彼女、なんで僕がヘファイストスということを知っているんだ?


「どうして僕がヘファイストスって……? さっき、同じこと言ったら信じてもらえなかったし、笑われたんだけど」


「何を言っているんですか!! これくらいヘファイストス様のファンなら知っていて当然です! 私はヘファイストス様と同じ学び舎で勉強したくて、この学校に入ったんですから!! まあ鍛冶科には落ちちゃったので、ようやく出会えたわけなんですけど」


 レインさんが頬を赤く染めながらそう言った。僕がヘファイストスであることは別に隠してはいないから、調べれば分かると思う。以前雑誌の取材で、ポロッとこの学校所属って口にしてしまったから。


「この剣に刻まれた刻印! 先ほどの女狐が持っていた量産型の魔剣とは違って、ヘファイストス様が傑作だと認めた物にしかないオリジナルの刻印!! 私の使っている刀もそうなんですよ! ほら!!」


 興奮気味にレインさんは、腰にかけていた刀を渡してくる。僕は一目で分かった。これは僕が鍛冶師として活動し始めた頃に初めて出来た自信作だ。


 妖刀ムラサメ。氷属性の魔法が付与された刀だ。作ったのも数年前だと言うのに、新品かと思うくらい丁寧に手入れされている。大切に使ってくれているのだろう。


「ムラサメ……懐かしい! まさか特待生のレインさんが持っているなんて」

「父から譲り受けた物なのです。初めはこの刀に振り回されていましたが、使い込む内に私の手に馴染んでいって、今ではすっかり私の相棒なのです!!」


 魔剣や妖刀、聖剣と言った魔力や魔法が込められた剣は、使い込まなくては真価を発揮しない。レインさんが持っていたムラサメを見ると、彼女の魔力を強く感じる。長い間使ってくれているから、彼女の魔力がしみ込んでいるのだろう。


 自分の剣がここまで使い込まれているなんて思わなかったから、思わず何かが胸にこみ上げてきた。


「え? え? え!? ど、どうして泣いているのですか!? 私は何か言ってはいけないこととか言いましたか……!?」


 僕は嬉しさのあまり涙を流していた。自分が認められている気がしたから。さっき、あれだけボロクソに言われた反動もあるだろう。


「いや、色々あってね。ごめん」

「謝らなくてもいいのです。私は、そのさっき偶々聞いてしまったのです。その、先輩が女狐に色々と言われているところ」


 レインさんが両手で肩を力強くポンと叩く。真っすぐな眼差しで僕を見つめながら、レインさんは力強く言う。


「あんな見る目のない女狐の言うことなんて気にしなくてもいいのです!! 

 幼馴染で沢山、先輩の作品を見ているのに、先輩の作品の価値一つ分からないなんてありえないのです!!」


「あはは……確かにレインさんの言う通りかもしれないね。ただ、まあ付き合いが長いからきっぱり割り切れない僕が悪いよ」


 レインさんみたいに言えたらって思うけど、中々割り切ることは出来ない。


「さんはいらないって言ってるじゃないですか。

 ……剣を作るの辞めないでください!! あんな奴の言葉で、先輩の素晴らしい作品がなくなっちゃうのは……この国の、いえ! 人類の損失なのです!!」


「そこまでかなあ……。そういってくれるのは嬉しいけど」


 クレアにぷりぷりと怒りながらも、僕のことを褒めてくれるから、内心複雑だ。だけど今は素直に喜ぶようにしよう。


「せっかくだし気晴らしに、レインさ……レインのムラサメを打ち直してあげるよ」


「え!? それは願ってもないというか、夢というか、もう色々とすっ飛ばして死んでもいいかなっていうか……。お、お願いします!! もし良かったら、私も鍛冶場に入ってもよろしいでしょうか!?」


 いつもなら鍛冶場に人をいれたりしないけど、励ましてもらったし、僕のことをここまで褒めてくれるんだ。クレアも入れたことはなかったけど、例外として入れるのもいいだろう。


「いいよ。でもみんなにはナイショね。僕の鍛冶場、その、企業秘密的な意味で他人を入れないから」


「そんなヘファイストス様の聖域……いや神域に行けるなんて光栄です!!」


 キラキラとした瞳で言われてしまった。ハードル爆上がりしているけど、ただの鍛冶場見てがっかりしないかなあ……。


 そんな不安を抱えながらも僕は、レインと共にこの学校の|地下≪・・≫に向かうのであった。



***


「ここがヘファイストス様の……鍛冶場ってこんなに広いものなのですか?」

「普通はもう少しコンパクトだと思うよ。僕の場合は失敗作が多いから、置き場に困って広い部屋を借りただけで」


 僕の鍛冶場に入った時、レインはその広さに驚く。三十人規模のクラスルームを三つ以上ぶち抜いて作ってある鍛冶場だ。鍛冶科の生徒が使っているような個人用鍛冶場の、十倍以上の広さはあるだろう。


「ここは元々昔使っていた鍛冶場なんだ。ただ設備の老朽化や、鍛冶師達が自分の作品が出来る工程を他人に見せたくないっていう時代の流れから使われなくなっていたんだ。

 そこを僕が自分用で借り受けたみたいな感じかな」


「こんなに広いのに、剣に埋め尽くされているなんて……ヘファイストスファンの私にとっては夢みたいな場所なのです!! でも、これ全部失敗作なのですか?」


 部屋の八割を占めている失敗作を、レインはまじまじと見つめながらそう言う。


「失敗作というか、魔剣や妖刀、聖剣には一歩届かないような物、かな」

「見た感じ、全部一級品に見えるのです……。市場に流せば下手な貴族よりもお金持ちになれそうなのに」


 レインが言う通り、失敗作を全部市場に流して稼げばかなりの富が築けるだろう。


「レインの言う通りだけど、僕はお金稼ぎのために剣を打っている訳じゃないんだ。ただ、いいものを作りたいだけ。そのためには少しの時間だって惜しい。

 だから、自分が納得出来る剣ならまだしも、無数に積み上がった失敗作に割いている時間も余裕もないんだ」


「なんていうストイックな姿……流石です先輩!! 自分の理想を追い求めるその姿勢は私も見習わないといけないですね!!」


「あはは、まあもったいないかなと思っているのは確かだよ」


 僕はそう言いながら、ムラサメを打つ準備を進める。鞘から刀を引き抜き、そして気がつく。


「血や脂は拭き取って、いい砥石で研いでいる。鍛治師冥利に尽きる手入れ方法だ」


「きょ、恐縮です……。鍛治科を目指してるときに、手入れ方法は一通り勉強して自分で手入れしてるので、憧れの先輩にそう言われるとすごく……嬉しいですっ!!」


 剣や刀の手入れは一朝一夕の知識や経験でどうにかなるものではない。それをこなしていることは、かなり勉強や練習をしたのだろう。


 自分の剣にこんなにも大切にしてくれる人がいるなんて思いもしなかった。またまた目頭が熱くなってしまう。


「剣や刀の手入れとして見た時、専門家と同レベル……もしくはそれ以上の技だ。

 けれど魔剣や妖刀の手入れとして見た時、事情が異なる」


「一体どこが足りなかったのでしょうか!? ぜ、是非教えてくださいっ!!」


「そんなにがっつかなくてもやりながら教えるから……」


 ぐいぐいと距離を詰められて困惑してしまう。思わず心臓が大きく跳ねてしまった。


「魔剣や妖刀というのは手入れが難しいんだ。なにせ刃に魔力が内包されているから。

 砥石も鎚も魔力が込められたもので手入れしなくてはいけないんだ」


「な、なるほど。魔力が込められた砥石や鎚があること全然知らなくて、私の浅識具合を恥じるばかりなのです」


「まあこれは鍛治師でも一部の人しか知らないような知識だから、知らなくても恥じることはないよ」


 そもそも魔力を含んだ砥石や鎚は貴重品だ。あまり市場には出回らないし、あったとしても高価で手が出にくい。


「今から作業に取り掛かる。その、退屈とかだったら先に帰っててもいいからね」


「そんな!! 憧れの先輩の前なんです! 退屈なんてありえないのです!!」


「あはは、じゃあ始めるね」


 僕はそう言ってから作業を開始する。神経を極限まで研ぎ澄まして、目の前の剣のコンディションなどを確認していく。


「すごい……!!」


 そんなレインの声が遠くで聞こえた気がした。


 剣と向き合って、剣を打つ瞬間。僕はこの時のために生まれてきたのだと思いながら、作業を進めていくのであった。


***


 剣を打つ時、僕は生きていると実感出来る。


 手から伝わる金属の感触。

 肌を撫でる熱波。

 剣の中で渦巻く魔力。


 その全てが僕がここにいると教えてくれるのだ。


(すごい魔力だ)


 僕は彼女の剣を見ながらそう思う。


 魔剣や妖刀は使用者から魔力を供給されることで付与された能力を発現する。


 故に使えば使うほど、剣の中に使用者の魔力が残る。剣本来の魔力と使用者の魔力が混ざり合い、その人だけの剣が出来上がるのだ。


 今まで数え切れないほど剣を打って、剣を打ち直してきた。数多ある中でも彼女が持ってきた剣は、僕が打った時の痕跡を跡形も無くすような別物へと進化していたのだ。


(使い込んでくれて嬉しいけど、少し寂しいな)


 僕は剣を打ちながらそう思う。このムラサメは僕が一ヶ月という時間を費やして完成させた時の面影をとっくに無くしていた。


 別に剣の外観が変わった訳ではない。ただ、込められた魔力、刃の煌めき、手に持った時の重み、その全てが彼女の物で、僕の物では無くなってしまったのだ。


(父はこれを鍛治師冥利に尽きると言ったが、実際目の当たりにすると複雑な気分だ)


 我が子が遠くへ行ってしまったような寂しさをそっと胸の奥深くにしまう。


 今は剣を打ち直し、このムラサメを更なる高みへ連れて行くことに専念する。


 彼女は何もかもを捨てたくなった僕を立ち直らせてくれた。これはその礼。


(さて、仕事に集中しよう。最高の物を彼女に渡すんだ)


 僕はそう決心して、ひたすら剣を打つ。剣を研ぐ。全ては彼女に最高の一振りを提供するために。



***


《レイン視点》


「すごい……」


 私はただただ、その光景に目を、心を奪われていた。無心で剣を打つ先輩の姿を、少しでも多く瞳の奥に、記憶の中に焼き付けたい。


 私が自分でムラサメを手入れする時とは、比べ物にならないほどの集中力、そして気迫。


 先輩が鎚を振るうたび、剣を研ぐたび、魔法を発動しているんじゃないかと錯覚するほどの魔力が吹き荒れる。


(一体、先輩はどれだけの魔力を……)


 過度な魔力の消費は肉体に悪影響を及ぼす。先輩のこれは今すぐにでも止めるべきそれだ。


 でも私は声を上げるどころか、体を動かすことすら出来なかった。


(笑っている……のでしょうか?)


 先輩はわずかに口角を上げて、目を輝かせて笑っていた。


 今まで先輩のことは何度か目にしてきた。学校ですれ違う程度でしたが、私はしっかりと覚えています。


 今日、何もかもに絶望したような表情で、幽鬼のような足取りで、私の横をすれ違った先輩の表情。それが記憶から消し飛んでしまうほどの笑み。先輩は今、それを浮かべているのです。


「止められる訳ないのです」


 私は吹き荒ぶ魔力の奔流の中、そう口にする。



***


「……出来たっ!」


 僕は一通りの作業を終えて、そう言葉にする。いつもよりも時間がかかったという印象だが、代わりに彼女のムラサメを最高の物に仕上げることができた。


 ……っていつもより時間がかかった?


「うわあああああああ!?!?!?

 ご、ごめんレイン!!! 三時間も放置してしまって!!!」


 気がついたら三時間も経過していたのだ。集中すると周りが見えなくなって、ついつい作業に没頭してしまう。


 今回はそうならないようにって、決めてたのに三時間もレインを側に放置してしまった……!!!!


「別に気にしなくてもいいですよ。

 私は先輩の作業をこうして間近で見ることができて、感激していましたので!!!」


 と目をキラキラと輝かせながらレインは口にする。


 彼女は自分でムラサメを手入れしているし、鍛治科を目指していたくらいだ、僕の作業を見ていて何か思うところや勉強になるところがあったのだろう。


「はい、これが打ち直したムラサメだ」

「こ、これがへファイストス……先輩が手入れした剣」


 レインは恐る恐るといった様子でムラサメに手を伸ばす。指先が柄に触れた瞬間、レインは片眉をピクリと上げた。


「以前よりも遥かに手に馴染んでる感覚がするのです。ムラサメから伝わる魔力がいつものとは全く違う……これを振る時が楽しみなのです!」


「君に合わせて色々と魔力や刀身を調整したんだ。気に入ってもらえたら嬉しいよ」


「はいっ!! とてもとても大切にするのです! いや、これは我が家の家宝として受け継いでいくのです!!!」


「さ、流石にそこまでは……」


 大切にしてくれるというのはすごく嬉しいことではあるんだけどね。


 僕は時計を見る。作業に没頭していたせいもあったせいで、夜も遅くなっていた。


「さて、引き上げようか。あまり、レインを拘束し続けるのも気が悪いし」


「いえ、先輩が気にする必要ないのです。私が好きで先輩に付き合ってただけなので」


 僕らは鍛冶場を後にする。日はすっかりと落ちていた。


「送っていくよ。女性の夜道は危険だ」

「そそそそそんなとんでもないのです! 先輩の方こそ、鍛冶の後でお疲れでしょうし、私が送るのですっ!」


 レインはそういうと指を鳴らす。すると、数秒と経たないうちに空の果てから、月光を背にして巨大な白銀の飛竜が現れる。


「……なるほど、だから【白銀の竜騎士】」


 僕はボソリと呟く。これはレインのあだ名、二つ名みたいなものだ。レインはこの学園では有名人。【白銀の竜騎士】という二つ名は知らぬ学生はいないだろうっていうくらい。


「私の相方なのです! さあぜひ乗ってください!」

「飛竜に乗れるなんて夢みたいだ。ありがとうレイン」


「こここここれくらい、先輩の技を見せてもらった後ならお安いものなのですっ!!!」


 レインは赤面しながらそう言った。僕はレインに言われるまま飛竜の背に乗る。


 僕とレインが飛竜に乗ると、レインは手綱を握り締める。それに反応して、飛竜がはばたく。


「しっかり捕まっててくださいね。さて行きますよ!」


 飛竜が夜空を駆けていく。街を一望出来る高度から見える景色は絶景だ。


「レインはいつもこんな感じの景色を?」

「流石に毎日は目立ちすぎてしまうので……。でも凄く綺麗でしょう?」


「ああ、とても綺麗だ。とても、とてもいい景色だ」


 僕は眼下にある街と、飛竜を操作するレインの顔を見る。振り向きながら話をするレインの顔は、月光に照らされてこれ以上なく美しかった。


「そこの男子寮でいいよ」


 飛竜は男子寮の裏手にある訓練場に着地する。僕は飛竜から飛び降りて……。


「レイン、今日はありがとう。帰りは気をつけてね」

「ありがとうございますなのですっ! それではおやすみなさい!」


 レインがそういうとバビューンと超高速で上空まで飛び立って、夜空に消えていった。レインに何かあるかもしれないって考える方が無難だったかもしれない。


「本当にありがとうレイン。君のおかげでまた剣を打っていこうと思えるよ」


 僕は夜空に消えたレインにそう言って男子寮の中に入っていくのであった。



***


【クレア視点】


 私は朝から機嫌が良くなかった。


 その理由は一つ。私が昨日振った陰キャ——オリバーのことだ。

 

 あいつとは昔からの付き合いだった。いつも暑苦しいところで長い時間引きこもって、汗だくで汚くて臭い……。正直、なんでこんなやつに好かれていたんだろうって何度も思った。


 それに比べるとジェイス君はめちゃくちゃ優良物件だった。上級貴族の生まれで、魔法も剣技もピカイチ、それでいてイケメンで座学の成績も優秀。非の打ち所がない完璧な人間だ。


 昨日オリバーに告白されたから、今まで鬱憤も込めてこっ酷く振ってやった。しばらくはあいつの落ち込んだ姿でも見て、気分を良くしようって思っていたのに……。


「何であいつはあんなにも楽しそうなのよ!!!」


 オリバーはクソ真面目なことだけが取り柄の人間。落ち込みながらも登校するだろうと予想していたが、その予想を裏切られた。


 オリバーは隣に小柄な女子生徒を連れて楽しそうに談笑している。白の制服……私と同じ特待生のみが着ることを許された制服だ。


「なんであの陰キャが【孤高の竜騎士】と一緒なのよ!?」


 【孤高の竜騎士】レイン。入学試験では歴代最高のスコアを叩き出し、魔法、剣技、座学、容姿、その全てにおいて完璧と言われている女子生徒だ。


 優しげな顔つきに、鈴を鳴らした様な可憐な声。男子だけではなく、女子すら魅了する様な仕草。この学園では間違いなくトップの人気を誇るが、同時に【孤高の竜騎士】として恐れられていた。


 その容姿からは考えられない苛烈な戦い方と、白銀の飛竜を操る姿を見て、誰もが彼女から距離を取ってしまったのだ。高嶺の花すぎて手を出せない、それゆえの【孤高の竜騎士】。


「おはようクレアちゃん。今日も君は麗しいね。俺、今日は髪型のセットをいつもとは違う感じにしたんだ。君の好みに合うといいのだけど」


「うっさい! 今私はそれどころじゃないの!!!」


 後ろから声をかけてきたジェイスよりも、私にとっては楽しそうにしてるオリバーの方が重要だ。


「気に食わない、気に食わない、気に食わないッッッッ!!!! なんか、あいつが私以外の前で笑っているのは無性に腹が立つ!!!!!」


 あんなやつどうでもいいはずなのに。

 あんなやつなんか、忘れてしまえばいいのに。


 でもあいつの笑顔が私以外の誰かに向けられていると思うと心が落ち着かないのだ。


「こうなったら何が何でも問い詰めてやるんだから!!!」


「あ、ちょ、く、クレアちゃん!? 俺を置いてどこにいくつもりだい? おーい!?」


 私は背中でそう叫ぶジェイスを置き去りにして、ズカズカとオリバーの後を追う。オリバー達が向かったのはこの学園の屋上だった。



***


【オリバー視点】


「ちょっとオリバー顔を貸しなさいよ!!」


 それは昼休みでの出来事だった。僕とレインは屋上で昼食を食べようとした時、クレアがやってきたのだ。


「いきなり現れて何なのですか? せめて用事くらい言うべきだと思うのです」


 威圧的な声なクレアに対して、レインがクレアの前に立ってそう言い返す。


「そんなのあんたには関係ないでしょ? 私は貴方にじゃなくて、オリバーに用事があるの!!!」


「こちらが先約なのです。それに、貴方、自分が昨日何をしたのか分かって言っているのですか?」


 クレアとは付き合いが長いから、機嫌が悪いのは一目見ればわかる。


 レインとは出会って一日程度だけど、レインがキレているのは分かってしまった。二人の間で火花が舞っているのが一目でわかってしまう。


「私が何したって言うのよ。それに、私が何しようともあんたには関係ないでしょ?」


 クレアの言葉を聞いたその時だ。レインは拳を強く握って、目に見えて分かるほど魔力をたぎらせる。


「貴方は……先輩のことを!!」


「あー!!! ごめんクレア!! そういえば君に魔法書を借りたばっかだったね!!!

 レイン、ごめん! 少しの間一人でご飯食べていてくれ! すぐに戻るから!!」


 レインがキレると想像以上にやばそうだ。僕は強引にクレアと一緒に屋上から出る。


「ちょっと離してよっ!!」


「う、うわっ! ごめん……」


 屋上から出て、階段を降りたところでクレアに掴んだ手を振り払われる。少し強引だったから悪かったのは僕なのだけど……。


「あ、ごめん……。で、でもあんな風に掴んできたオリバーの方が悪いんだから!!」

「わかってるよ。それで用事は何?」


 急に押しかけてきたクレアに対して、僕はそう聞く。クレアは何があったのか分からないけど、相当機嫌が悪そうだ。早いところ話を済ませたい。


「きょ、今日は久しぶりに気が向いたから、仕方なくあんたを昼ごはんに誘おうと思ったわけ! 今なら一緒に食べてやってもいいわよ!」


「……ごめん。君の誘いは嬉しいんだけど、今日というか、これからしばらくは先約があるんだ。だから、君の誘いにはいけない」


 実は今朝、レインは学校の校門前で出会った。そこでお昼の誘いと、鍛冶について色々教えて欲しいと頼まれてしまったのだ。


「そういうことだからごめん。彼女に鍛冶のことや魔剣のこととか教えなきゃいけないから」


「〜〜〜〜!!!!!」


 僕はクレアにそう言ってその場を後にする。クレアはその場に立ち尽くしていたのか、追ってくる気配はなかった。



***


【クレア視点】


「そういうことだからごめん。彼女に鍛冶のことや魔剣のこととか教えなきゃいけないから」


 あいつはそう言って、私の下を去っていった。


 あり得ない。


 あり得ない、あり得ない、あり得ない!!!!


 あいつは私にぞっこんだったはずだ! 昔のあいつなら私から誘えば嬉しそうについてきたはずなのに、あいつが私の誘いを断るなんてあり得ない!!!


「やっ! クレアちゃん。俺と一緒にランチはどうかな?」


「うるさい!!! 一人で食べるわよ!!」


 ジェイスとかまってる暇なんてない!!


 私は奥歯を強く噛み締める。そもそもあの陰キャとレインの間にどんな関係性があるの!?


(そういやあいつ、魔剣とか鍛冶とか言ってたわね……)


 昨日あいつは私が敬愛するヘファイストス様のことを騙っていたわね。もしかしたら、あいつ、私を見返すため、レインに自分がヘファイストスだって背伸びして嘘ついているのよ!!!


(そうよ! そうじゃなければあいつがレインとあんな風に仲良くなれる訳ないじゃない!!

 ふふふふ、馬鹿ね。背伸びなんかしちゃって)


 あの陰キャがヘファイストスな訳がない! どうせ私への復讐……いや見せつけと言ったところかしら。


(あいつが私に敵うわけないじゃない!! いいわ、そのつもりなら私が直々に引導を渡してあげるわよ!!!)


 あいつが冴えない陰キャであるという証明は簡単だ。すぐにでも証拠を突きつけて、赤っ恥をかかせてやるんだから!!!


 ——それからというものの、私はあの陰キャがヘファイストスではないという証拠集めに奔走していた。最近付き合い始めたジェイスのことなんて放っておいて。



***



【ジェイス視点】


「クソっ!!! 何なんだあの女!!」


 俺は学校の裏庭にいた。生まれてこの方、女からモテてきた俺にとって、現状は恥だった。


 【剣聖】クレア。中級貴族の出だが、顔とスタイルがいい。それでいてこの学園の特待生だ。特待生は出身関わらず、学園卒業後は栄光が約束されている。


 上級貴族である俺にこそ相応しい女だと思ってパーティに誘って、一緒に魔物退治に行った。剣聖の名は伊達ではなく、美しい戦いぶりだった。俺の目は間違っていなかったのだ!!


 ……だというのに。


「くそっ、あの陰キャに何があるっていうんだ!! あいつだって振ってたはずだろ!!」


 クレアは今、幼馴染だとかいうオリバーという男にご執心だ。一体何があったのか知らないが、あいつのせいで俺がクレアを誘っても怒鳴られて断られてしまう。


 そのせいで俺は大衆の面前でこれ以上にない屈辱を受けている。誇り高い上級貴族の俺が、中級貴族程度に屈辱を与えられてイライラしているんだ!


「ジェイス様! 用意できましたぜ!!」


 俺の取り巻きがそう言ってくる。そいつらの足下には俺が指示した通り、半径二メートルはあるだろう魔法陣が描かれていた。


 魔法陣の上には魔物の牙や皮、瞳など最近魔物退治で手に入れた魔物の素材が数多く置いてある。


「これで魔物を召喚して、俺に恥をかかせた二人にけしかけてやる……!!」


 俺は魔法書を開き、魔物召喚の魔法を発動する。これで魔物を呼び出して、クレアとあの陰キャにけしかけてやる!!


「じぇ、ジェイス様!! なんか魔法陣がおかしくないですか!?」


「はあ!? 俺の完璧な魔法が何が……って! 何だこれは!?」


 魔法陣がいつもと違う。いつもよりも魔力の輝きが強い……。魔法陣の周囲が大きく揺れている!?


 ま、まさか!? 俺の感情が昂りすぎたせいで魔力が暴走しているのか!?


「ぼ、暴走だ!!! 魔法陣が暴走してやがる!!!」


 俺はこの時取り返しのつかないことをしてしまったと気がつく。この場に留まり続けるのはまずい!!


「逃げるぞお前ら!!」

「これはどうするんですか!?」


「知らん!! 今のうちにズラかれば俺たちの仕業って分からねえだろ!!!」


 俺達は取り巻きを連れて走り去る。俺の背後で魔物の咆哮が聞こえてきて、俺達は走る速度を上げるのであった。



***


【オリバー視点】


「魔剣の手入れは繊細でかなり難しい。魔力の流れを感じ取るのは集中しないといけないからね。その流れを整えるにも繊細な作業が必要だ」


「なるほどなのです。魔力の流れを感じ取る……意図して感じ取ることはしたことなかったのです」


「自分の魔力であるほど感じ取るのは難しくなるから、自分の物を手入れするときはより集中しないとね」


 放課後。僕とレインは、僕の鍛冶場で鍛冶についての話で盛り上がっていた。


 レインと談笑していた時だ。それが起きたのは。


『ヴオオオオオッッッ!!!!!』


「魔物の咆哮!? どうしてここで!!?」


「取り敢えずここを出て外に行ってみよう!!」


「はいなのです!!」


 僕らは鍛冶場から外に出る。起きている異変はすぐにわかった。


「せ、先輩! 魔物の群れが学園に!!!」

「ワイバーンやジャイアントまで……!!!」


 低ランクの魔物だけならまだしも、高ランクの魔物まで現れている……!

 

「やあああああああッッ!!!!」


 校庭でクレアが低ランクの魔物を相手に戦っていた。


 剣聖の名は伊達ではなく、凄まじい剣技だ。一振りで魔物を数体同時に倒してる。魔剣も使いこなしているみたいで、空を飛んでいる低ランクの魔物達も一人で撃墜してる。


「だけどあの調子で戦い続けたら、剣が凄まじく摩耗してしまう!!」


 クレアが持っている魔剣は耐久性に難がある。このまま戦い続けたらあの魔剣は折れてしまうだろう……!!


「レイン、この場は少し頼んだ!

 僕はやることが出来た!!」


「え!? 避難しないと危ないなのです先輩!!」


「ごめん! やることやったらすぐに避難するから!!」


 僕はレインに背を向けて、自分の鍛冶場に戻る。


「くそっ!! 替えの魔剣はないか!!!」


 一つや二つクレアが使えそうな魔剣が残っていればよかったが、そんな都合よく剣は残っていなかった。


 マシな物は昨日クレアに渡そうとした魔剣、その失敗作しかなかった。これを見たら、彼女を不快に思わせてしまうかもしれない。そう思いながらも、僕はそれを腰に携える。


「……クレア、君が僕のことをどんな風に思っているのか分からないけど、それでも僕は君のことを嫌いになれない」


 あれだけ言われても、僕はクレアのことが嫌いになれなかった。こんな時でも僕は君を護りたいと思ったのだ。


「こっちの顔はクレアどころか、レインにも内緒の予定だったんだけどな!!」


 僕は鍛冶場に隠している自分の装備を取り出す。僕には三つの顔がある。


 一つは普通の学生としてのオリバーの顔。

 もう一つが神鍛治師ヘファイストスの顔。

 そしてもう一つが……。


「鍛冶に専念したかったから、こっちは廃業にしたかったんだけどな!!!」


 僕はそう言ってその装備を着用して外へ出る。この騒動を収めるために。



***


【クレアside】


 私は放課後、レインと共に自分の鍛冶場に向かうオリバーの後をつけていた。


(ふふふ、自分から墓穴掘るなんて馬鹿ね! これじゃ、私が手を下すまでもなさそうね)


 私が何もしなくてもしばらくすれば、正体がバレてレインかオリバーのどちらかが出てくるだろう。私はそれを待っていればいい。


「にしても退屈ね……ってん? あれはジェイス君じゃない。慌ててどうしたのかしら?」


 鍛冶場の近くで待っていた時だ。学校の裏庭から走って出てくるジェイス君達が見えた。その次の瞬間だ。


『ヴオオオオオッッッ!!!!!』


「え!? これって魔物の咆哮じゃない!?」


 魔物の咆哮が聞こえてきた方向を見る。それはさっきジェイス君達が走ってきた学校の裏庭からだった。


『グルルルル!!!』


 学校の裏庭からファイヤーウルフという赤い毛色の狼型の魔物が大量に現れた。空には鳥型の魔物が沢山いる。


「オリバーやレインのことを考える場合じゃなさそうね。被害を広げないためにも……!!」


 私は腰にかけている剣を引き抜く。魔物退治に行く予定が無かったせいで、剣はヘファイストス様の魔剣しか持っていなかった。でも、この剣一つあれば魔物の群れくらい余裕よ!!


「やあああああああッッ!!!!」


 剣聖の剣技と飛ぶ斬撃を放つ魔剣。二つの力を組み合わせて、魔物達を蹴散らしていく。一体一体は雑魚だけど、数が多くて面倒!!!


 空を飛んでいる鳥型の魔物を斬撃で撃墜していくけど、地上と空中の二つに意識を割かないといけなくて集中出来ない!


「空の方はこちらに任せて欲しいのです!!」


 空と地上、その魔物達と戦っていた時だ。空にいた魔物達が氷漬けになって落下していく。


 私は空を見上げる。そこにいたのは白銀の飛竜に乗ったレインがいた。


「分かったわ。空は任せるわよ!」


 今は私情とか抜きで事態の対処をしなくてはならない。ジェイス君達が怪しいけれど、どこにいるか分からないから追っかけることも出来ない。


『オオオオオオオッッッ!!!』


「ジャイアント!? 厄介な!!」


 ジャイアントの拳を跳んで回避する。巨体と正面から戦うのは、剣聖と魔剣の力を持っていても不利だ。だから私はジャイアントの足下に駆け寄る。


「やあっ!!」


 ジャイアントの足を切りつける。先ずはバランスを崩さなくてはならない。そう思って足を攻撃していたけど……。


「……え?」


 鈍い音を立てて、魔剣が刀身の真ん中から折れてしまう。魔剣から感じていた魔力が伝わらなくなる。


「そんな……剣が折れるなんて」


 折れた剣では何も出来ない。唖然としている私を、ジャイアントは地団駄を踏んで吹き飛ばす。数メートル後方吹き飛ばされた私は、目の前にいるジャイアントを見る。


「あ……」


 腕を振り下ろそうとしているジャイアントを見て、私は察する。


 私はここで死ぬ。


 私は目を閉じていずれやってくるだろう死に備える。


「ごめんオリバー……」


 ボソリと言葉が出てきたのはあいつへの言葉だった。長い間一緒にいてくれた幼馴染に、酷いことを言ってしまった。


 もう少しあいつの言葉に耳を傾けてあげるべきだった。今、そう思ったところで何もかも手遅れだ。こうなってしまっては謝ることも出来ない。



「え……?」



 死を覚悟した瞬間、ガンッ!!という音が聞こえてきた。私の前でジャイアントの腕を、巨鎚で受け止めてる誰かがいる。


 黒いフード付きのローブ。左手には巨鎚、右手には身の丈以上の大剣を持っている。こんな巨大な武器を二つも使う人は見たこともない。


 それにジャイアントの攻撃を片手で軽々と受け止めるなんて剣聖の私でも無理だ。


「貴方は……?」


 私の言葉にその人は振り向く。赤い仮面を被った誰か。私はその人にどこか見覚えがあった。



***


【レインside】


 私は空中で相棒の飛竜と共に魔物退治を行なっていた。


「この剣凄いなのです」


 先輩が打ち直してくれたムラサメのおかげで、魔物退治がスムーズに進んでいる。これならどんな魔物が相手でも戦えそうだ。


『ヴオオオオオオオッッッ!!!』


「ファイヤーブレス……!?」


 相棒の飛竜と同じくらいの大きさを持ったワイバーンが、私達を目掛けて火球を飛ばしてくる。私達はそれを回避して、ワイバーンの正面を向く。


「先輩の魔剣の試し振りにはちょうどいい相手なのです」


 私は腰にかけているもう一振りの剣も抜く。先輩が打ち直したムラサメと、昨日先輩から貰った剣。この二つがあれば負ける気がしない。


『ヴオオオオッッ!!!』


 ワイバーンが小さい火球を散弾のように放つ。私はムラサメを構えて火球に向けて振るう。


「ムラサメ!!」


 言葉と共にムラサメの魔力を解放。氷の斬撃で火球を全て氷漬けにする。


「ヤアッ!!」


 ワイバーンに急接近して、もう一振りの刀でワイバーンの翼を斬りつける。ワイバーンは悲鳴を上げながら、私たちから距離を取る。


『ヴオオオオオオオアアアア!!!』


 ワイバーンは火球ではなく、放射状に炎を口から放つ。私はムラサメを振るい、真っ二つに斬り裂き、凍結させる。


「いけっ!!!」


 私は相棒の飛竜に命令して、ワイバーンに真っ直ぐ突っ込ませる。二つの剣を構え、一呼吸。


「これが……私の全力!!」


 ムラサメで氷の斬撃を放ち、もう一振りでワイバーンを斬りつける。飛竜は私の意図を読み取って、私の攻撃に合わせて飛竜の周囲を高速で飛び回る。


『ヴ、おお、オオオオオオオ!!!』


「!? まだ命があるのですか!?」


 とっくに絶命してもおかしくない攻撃を放ったのに、ワイバーンは最後の力を振り絞って咆哮する。頭を空高くに上げて、巨大な火球を作り出す。


「これは絶対に止めないと!!」


「君は火球を凍りつかせてくれ。僕があいつにトドメを刺す」


「……え?」


 ワイバーンの前に一つの人影。巨鎚と大剣を持っている。ローブで覆われて姿が隠れているせいでよく見えないけど、今は彼を信じて動くしかない!!


「ムラサメェ!!!!」


 ムラサメの最大出力で巨大な火球を凍りつかせる。凍りついた火球は砕けて、赤い破片がヒラヒラと空を舞う。


「一体彼は……」


 気がつくとそこにワイバーンと人影はいなかった。地上に視線を向ければ、倒れたジャイアントがいる。頭部は砕け、袈裟に斬られた痕がある。


「巨鎚と大剣、もしかして先輩、なのでしょうか?」


 突如として現れ、一瞬でワイバーンと共に姿を消した誰か。私はその誰かが先輩の気がしあのだ。



***


【オリバーside】


「なるほど、この魔法陣か」


 僕は妙な魔力を感じて学校の裏庭に来ていた。どうやらここで魔物を召喚する魔法が使われたようだ。ただ使用者がいないところを見ると、現状は魔法が暴走してしまったのが原因だろう。


「取り敢えずこれは破壊しておこう」


 巨鎚で魔法陣を軽く叩き、魔力の流れを断つ。これでこれ以上魔物が召喚されることはないだろう。


「さて、二人を助けに行くか」


 僕は裏庭から出て、壁伝いに屋上へ登る。低ランクの魔物はあらかた討伐されており、残っているのはジャイアントとワイバーンだけだ。


「ワイバーンは問題なさそうかな」


 ワイバーンはレインが倒してくれるだろう。僕はジャイアントに視線を向ける。


「こっちの方がヤバいか……!!!」


 僕は巨鎚に魔力を込める。星砕きと名を付けたこの巨鎚には身体強化の魔法が内包されている。


 持っているだけで使用者の身体を強化し、魔力を込めることでその効果を爆発的に向上させることができる。


 僕は校舎の壁を蹴って、ジャイアントの目の前へ。そこで腰を抜かしているクレアの前に立ち、ジャイアントの攻撃を星砕きで受け止める。



 ズズン……!!


「この程度か」


 僕の何倍以上の巨躯を持つジャイアントの一撃くらいなら、星砕きを持っている左手だけで受け止めることが出来る。


「貴方は……?」


 僕がジャイアントの腕を片手で受け止めている姿を見て、後ろにいるクレアがそう聞いてきた。


 僕はその言葉に対して腰に携えていた剣を、クレアの前に投げ渡しながら言う。


「君のファンだ。ずっと昔からの」


「……え?」


 クレアからしたら、今の僕は仮面とローブで顔を隠しているため、誰かわからないだろう。

 

 実際この仮面をかぶっていて良かったと思っている。本人を前にしてファンだと口にするのはめちゃくちゃ恥ずかしい。事実だけど、色々あって言いにくいところがあったし。


 そんな無駄口を叩くのはここまで。僕は左手に更なる力を込める。


「唸れ、星砕き」


 星砕きに更なる魔力を込めて、左手だけでジャイアントを押し返す。ジャイアントが体勢を崩したところで跳躍。ジャイアントの頭部真正面まで跳んで、巨鎚を大きく振りかぶる。


「せーのっ!!!」


 星砕きがジャイアントの顔面に突き刺さる。その一瞬後。ジャイアントの頭部はメチャ!という鈍い音を立てて、頭部が潰れる。


 ジャイアントはゆっくりと仰向けになって倒れる。僕はジャイアントの上に立ち、ちらりとクレアの方を見る。


「やはり折れていたか。これも改善しないとなあ……」


 クレアの側に転がっている折れた魔剣を見て、僕はそう呟く。


「あ、貴方は!!」


 僕が魔剣を見て呟いていると、クレアが僕に向かって声をかけてきた。もしかして正体がバレた……? そんな不安が頭をよぎる。


「今、思い出しました。貴方は一年前に姿を消したという伝説の冒険者、戦神アレス様なんですか!?」


 クレアの言う伝説の冒険者、戦神アレスとは僕のもう一つの顔だ。


 自分で作った武器を自分で試し振りするために冒険者登録したのが一年半前。この時にはへファイストスの名は広まりつつあったから、変な噂を立てられないようにアレスと名乗り、顔を隠して活動していた。


 いつの間にか、冒険者の方でも活躍してしまって、鍛治の方に手がつかなくなってきたから、一年前に冒険者は辞めて、今に至るということだ。


「昔、そう言われていたこともあった」


 戦神アレスは一年前に廃業した。これ以上活動することもないので、僕はクレアにそう応える。


 この場から離れようとしたその時、空からワイバーンの咆哮が轟く。空を見上げると、ボロボロになったワイバーンが最後の力を振り絞って、巨大な火球を吐き出そうとしていた。


「あれをレイン一人に任せる訳にはいかないか……!!」


 僕は星砕きに魔力を込めて跳躍。ワイバーンを真正面に捉える。


「君は火球を凍りつかせてくれ。僕があいつにトドメを刺す」


 僕は近くを飛行していたレインにそう告げながら、右手に持った大剣に魔力を込める。


「吼えろ、竜殺し」


 竜殺しと名付けられた大剣に魔力を込める。竜殺しの刀身が赤く光り、大量の魔力を放出する。


 竜殺しを振るう。大量に放出された魔力がワイバーンの肉体を飲み込む。その魔力が消滅すると同時、ワイバーンの肉体もまた跡形もなく消滅していた。


 竜殺しにも魔法が内包されている。内包された魔法は魔力の放出というシンプルな物だ。


(ここはこれで大丈夫なはず。早いところズラかろう)


 これ以上、この姿で活動するのは非常に良くない。アレスが復活したなんていう噂流されたくないからだ。


 僕は星砕きの力も使って、誰の目にも止まらない速さで自分の鍛冶場に戻り、装備をそそくさと隠し始める。


「そういえば」


 僕は装備を隠す手を止めて、僕は戦いの中ですっかり忘れていたことを思い出す。


「あの魔法陣って誰が張ったんだろう……?」


 僕には魔法陣が誰のものか調べる術はない。けどこれだけの騒動が起きた後なんだ。犯人が捕まるのもそう遠くないだろう。



***


【クレアside】


「これって……!!」


 私は私の目の前に突き刺さった剣を見て驚いていた。


 瞬く間にジャイアントとワイバーンを倒した謎の人物。彼が置いていった一本の剣。私はそれによく見覚えがあったのだ。


「色とか……、ちょっと違うところもあるけどこれは昨日の!!」


 その剣は昨日オリバーが私に渡そうとしていた剣とよく似ていたのだ。剣の柄には昨日の剣と同じ刻印が刻まれている。


 私は側に転がっている折れた剣の刻印とそれをよく見比べる。彼が置いていった剣の刻印の方が、より精巧に細かく刻印が作られていた。


「じゃ、じゃあ私は、昨日……」


 昨日の私は舞い上がっていた。クラスで一番のイケメンでノリノリな陽キャのジェイスにパーティの誘いがあったから。


 だからオリバーに告白された時、私はついつい言いすぎてしまった。あの時はジェイスの方が優先だったから、オリバーにかまっている時間なんてないと思っていたからだ。


「ほ、本当に……オリバーがヘファイストス様だったら、私はなんて酷いことを……」


 私は憧れのヘファイストス様の剣に、なんて酷い扱いをしたのだろう。


 これがオリバーが打った剣だと確信した時、私の中で点と点が繋がった。さっきこの剣を持って助けに来てくれた彼。どこかで見たことがあると思ったら、オリバーの体格や声によく似ているのだ。


「オリバーに確認しなきゃ……オリバーに謝らないと……!!」


 私はオリバーの鍛冶場に駆け出していた。



***


【オリバー視点】


「ちょ、ちょっと!!」


 バン!! と鍛冶場の扉が開かれる。中に入ってきたのは息を切らしたクレアだった。


 突然の来訪に驚きつつも、クレアがここに来るのは珍しい。だから僕は心のどこかで舞い上がったのだろう。僕はアレスの装備を隠す手を止めて、クレアの方に向き直っていたのだ。


「どうしたんだいクレア。君がここに来るなんて珍しいじゃないか」

「少し確認したいことがあるの……ってそれ」


 クレアは何か驚いたような様子で、僕の背中の方を指さす。彼女の指先を視線で追って、僕はさっき犯してしまった間違いを見つけてしまう。


「それって、戦神アレスの」


(し、しまったアアアアアア!!!!!)


 星砕きと竜殺し。あれだけ目立つ武器を見間違えるはずがないだろう。


 それを見たクレアをどうやって誤魔化すのか、必死に頭を回転させる。


「これはえーと、アレスが僕のところに来て預けていったっていうか……」


「この刻印、やっぱりオリバーがヘファイストス様なの……?」


 クレアは星砕きと竜殺しに刻まれている刻印を見てそう言う。そうか、さっきクレアを助けた時に置いていった剣にも刻印はされている。試作段階の失敗作だったため、それには量産型とは違うオリジナルの刻印が。


「それにここにある剣、全部同じ刻印があるじゃない……!!!」


 レインは失敗作の山、そこにある剣を一本、一本確認しながら言う。


「でもクレアは、そのそれはヘファイストスのパクリだって言わなかった?

 それに君は僕がヘファイストスだって信じようとしなかっただろう。なんで急に……?」


 責める意図はなかった。ただ僕は疑問に思ってクレアにそう聞いた。


 昨日、僕が告白した時、クレアは僕がヘファイストスだって信じようとしなかった。僕がヘファイストスを騙っているって言ったのに、どうして急に信じる気になったのだろうか?


「そ、それは……昨日ジェイス君に誘われて舞い上がっていて。色々と言いすぎたっていうか、私も色々退くに退けなくなって。

 さっき、あの騒動が起きた時、ジェイス君達が我先に逃げていくところを見て、それで色々思うところがあったっていうか」


 クレアは罪悪感のせいか、いつもよりも早口気味にそう言う。まあ確かに僕みたいな陰キャよりも、ジェイスみたいなバリバリのイケイケの陽キャに誘われた方が女子生徒的には嬉しいだろう。


「と、とにかく昨日のことはごめん!! それだけよ!」


 クレアは僕にさっき渡した剣を突き返して、逃げるように鍛冶場から出ていった。その時、彼女が腰にかけていた剣が地面に落ちる。それは折れた魔剣だった。


「ちょ、ちょっと!! 行ってしまった……」


 僕はずかずかと外へ出ていくクレアに声をかけようとしたけど、その時には既にクレアの背中は見えなくなっていた。


 僕は突き返された剣と、地面に落ちた魔剣に視線を向ける。それらを拾い上げて僕は。


「仕方ない。打ち直してあげるか」


 僕はそれらを持って作業台に向かう。作業台に向かったその時だ。バン! と再び鍛冶場の扉が開かれる。


「せ、先輩無事でしたか!?」 

 

「僕の方は何もなかったよ。レインの方こそ大丈夫だったかい?」


 レインの無事はすぐそばで見届けたけど、あの時はアレスとして活動していた時だ。僕はオリバーとしてレインの無事を聞く。


「ええ、先輩の打ってくれた剣のおかげで何とか!! すごく、すごーく使いやすかったのです!!」


「そう言ってくれるとありがたいよ。君のためにムラサメを打ち直した甲斐があったというものだ」


 僕はにこりと笑いながらそう言う。レインは作業台の方まで来て、作業台に置いてある剣を見て……。


「これって、先輩の幼馴染の……」


「ああ、クレアの物だ。打ち直してあげようかなと思ってね」


 レインは驚いたような表情を浮かべる。レインからしたら、自分の無知故に僕を罵倒した女に何故となるだろう。


「ど、どうしてなのですか? 先輩はその幼馴染のせいで、昨日鍛冶を辞めるまで追い詰められていたというのに」


「いいんだ。彼女も痛い目は見ただろうし、それにもう一度レインに魔剣を打つ工程を見せてあげられるだろう?」


 僕は作業の準備をしながらそういう。レインは目をキラキラと輝かせていた。


「いいんですか!? きき、昨日に続いてもう一度なんて」

「ああ。是非見ていってほしい。昨日とは工程も違うから、レインにとって何か参考になるかもしれないし」


 僕はそう言って、クレアに渡す魔剣を打ち始めるのであった。



***


【クレアside】


「これでいいのよ、うんこれで……」


 私はトボトボと一人帰り道を歩いていた。


 オリバーがヘファイストス様である、それは鍛冶場で剣を見た時に確信してしまった。


 オリバーの鍛冶場にはヘファイストス様の刻印がされた剣が無数に置いてあった。ヘファイストス様が出している剣によく似た物、そっくりそのままの物、それが大量に置いてあったのだ。


 ただヘファイストス様を騙りたいということだけで、大量の剣を作ることは出来ないだろう。あれらはオリバーの努力の証。オリバーがヘファイストスと名乗るまでに積み上げた物だ。どれだけの時間をそこに費やしたのか、私には想像すら出来なかった。


「知らなかったとはいえ、決して許されるようなことじゃないもんね」


 憧れのヘファイストス様が、オリバーだった。私は何も知らなかったとはいえ、昨日あれだけ酷いことを言った上で、その事実を否定してしまったのだ。


 そもそもオリバーはバカみたいに真面目でお人よしだ。彼のつく嘘なんて凄くへたくそだし、他人を貶めるために嘘をついたりしない。


 もっと真剣に話を聞くべきだった。彼がヘファイストスだって打ち明けた時に、どうして少しでも信じてあげようとしなかったのか。


 私は取り返しのつかないことをしてしまった。


「……待って、本当に取り返しがつかないの?」


 謝って、やり直し出来ないだろうか。そんな思考が私の中によぎる。


 今のオリバーにはレインという美少女がいる。でも昨日出会ったばかりの関係だ。それに比べたら、私は十年以上彼と一緒にいる。


 オリバーに必死に謝れば、ポッと出の女よりも想ってもらえるはずだろう。私はこの時に決意する。


「明日……、そうよ明日! 明日また告白すればいいのよ!!」


 私は足早に帰路に着く。そして、その明日がやってくる。



***


【オリバー視点】


 魔物暴走の騒動の翌日。僕はいつもみたいに学園に登校していた。


「おはようございますなのです!」

「ああ、おはようレイン。昨日もごめんね、寮まで送ってもらって」


 僕は学園前で元気よく挨拶してくれたレインに対してそう言う。昨日、結局かなり遅い時間帯まで作業していて、レインに寮まで送ってもらったのだ。


「いえいえ、私もいいものを見せてもらったのでお互い様なのですっ! それよりも先輩には聞いてほしいことがあったのです」


 レインは鞄の中からガサゴソと何かを取り出す。それは学園からの手紙であった。


「昨日の魔物騒ぎの時、事件解決に貢献した生徒として、私と後先輩の幼馴染の人が」


「おはようオリバー。今日の昼休み、用事があるから少し付き合ってほしいんだけど」


 レインの言葉を遮るようにクレアがやってきてそう言う。丁度良かった。僕もクレアに用事があって、昼休みに会おうと思っていたんだ。


「いいよ。僕も丁度用事あったし」

「そ、そう? じゃあまた昼休みに!」


 クレアは足早に校舎へと向かっていく。その背に対してレインが声をかける。


「く、クレア先輩! 昨日は一緒に戦ってくれてありがとうございましたっ!!」

「別に……あんたのためにやったわけじゃないし、あんたに礼を言われる筋合いなんてないわよ」


 クレアは一度は立ち止まったけど、またいつもよりも強めの歩調で校舎の中に入っていった。


「実はクレア先輩と私、学園から特別褒章が渡されることになっているのです。

 でもクレア先輩は昨日と続いて何の用なのでしょうか?」


「……さ、さあ?」


 クレアの呼び出しの意図が分からぬまま、僕らも校舎の中に入っていく。今日は何事もなく時間が過ぎていき、約束の昼休みがやってくる。


「そ、それで……? あんたは何の用事なの? も、もしかしてまた告るつもりなら聞いてあげてもいいけど?」


「告る……? 君にこれを渡そうとしたんだ。クレアも昨日魔物退治に協力していたってレインから聞いたし」


 僕は白い布に包まれた打ち直した剣をクレアに差し出す。オリジナルのヘファイストスの刻印を刻んで。クレアは喜んでくれるだろうか……?


「あ、ありがとうオリバー! やっぱりオリバーがヘファイストス様だったのね!!」


 嬉しそうにそれを受け取るクレア。クレアは興奮のせいか、言葉を続ける。


「特別に私と付き合ってあげてもいいわよ! どう? 嬉しいでしょ?」


「あー……ごめん、昨日も言った通りなんだ。君の想いには応えられない」


「……は?」


 驚きのあまり硬直するクレア。クレアは口をぱくぱくさせながら言葉を紡いでいく。


「ど、どうしてよ!? わ、私に告ってきたじゃない!!」


「ごめん、事情が変わったんだ」


 涙目になりながら近寄ってくるクレア。ここまでさせたのは少し気が引けるけど、本心で応えてあげないと不誠実だと僕は思う。人とは真っすぐと向き合いたいと思っている。


「あんなにこっぴどく振ったこと怒ってるの!? それを怒っているなら謝るからお願いよ~~」


 クレアは僕の脚にしがみついて、そう懇願する。クレアの必死ぶりに僕は少し引いている。いつもクレアではありえない行動だ。


「別に怒っていないし、気にもしていないよ」


「じゃ、じゃあ!! どうして断るの!? 私のことが嫌いになっちゃった!?」


 クレアは相当混乱しているみたいだ。僕もクレアの心変わりっぷりには混乱している。もしかして僕がヘファイストスってクレアが確信したからかな……?


「嫌いにはなっていないよ。それは約束する」


「じゃ、じゃあ!!」


「でもごめん。君のことは友人としては尊敬しているし、好きだけど、でも君の望んでいるような関係にはなれない。ごめん」


 僕はクレアに頭を下げて謝る。


 クレアのことは友人として好きだし、凄く尊敬している。剣聖としての凛々しさ、強さは今でも僕の憧れだ。しかし、クレアと恋人関係になることは出来ない。


「どうしてなのよ~~、私はそんなに悪い女なの!?」


「そんなこと一言も言っていないし、絶対に思わないよ。

 ただ、気になる人がいるんだ」


「……え?」


 今の僕にはレインに魔剣や妖刀のこと、僕が持つ技術を教えなければならない。かつて鍛冶師を志し、僕の魔剣を愛用してくれている彼女に教えたいことはまだ沢山ある。


「でも君は幼馴染だし、僕の親友だ。だから何か困ったことがあれば、いつだって頼ってきてほしい。今はそれくらいしか言えない」


 少し可哀想だけど、今の僕にはそれくらいしかかける言葉が見当たらない。


 昼休みの終わりを告げる鐘がなる。僕は屋上から立ち去ろうとして、チラリとクレアの方を見る。クレアは呆然とした感じでその場にへたり込んでいた。


(きっと、時間が解決してくれるだろう)


 これ以上クレアにかける言葉が見つからなかった。きっと時間が経てばクレアも立ち直るはずだ。だから今はそっとしておこう。


 そう思いながら、僕は一人で教室に戻るのであった。



***


【クレア視点】


 私は自分の行いをこれでもかと後悔していた。


 オリバーの瞳には私への興味や情愛なんて物はなかったのだ。オリバーにとって今の私は【仲のいい幼馴染】程度だった。


「なんで……なんで私はあんなこと言ってしまったのよお……」


 もっと寄り添ってあげるべきだった。もっとオリバーの話を真剣に聞くべきだった。


 そうすれば今頃、オリバーの隣に立ってオリバーのことを独占していたのは自分だったのかもしれないのに。


「戻して……あの時に戻してよおおおおおお!!!!!」


 どれだけ後悔して嘆いてももう遅い。


 オリバーの隣には今、レインという素晴らしい女性がいる。オリバーは彼女と毎日を楽しく過ごしていくだろう。


 わがままで傲慢な私が座る席なんてもう残されていなかったのだ。



***


【オリバー視点】


「そういえば先輩聞きましたか? 昨日の騒動の犯人」


「聞いたよ。まさかジェイスとその取り巻きだったとはね」


 放課後。僕とレインは鍛冶場でそんなことを話していた。


 昨日の騒動。魔物が召喚されたことの犯人は、一晩とせずに見つかった。裏庭にあった魔法陣の残骸から、犯人の魔力が検出されたからだ。


 犯人はジェイスとその取り巻き達。動機は不明だが、魔物召喚の魔法陣を張り、それを暴走させたというのに我先に逃げたというのだ。


「先輩のことあんなに馬鹿にしていたのに、魔法使いとしての責任すら果たさないなんて酷い人なのです!!」


「ははは。まあ、今回の一件で彼らは退学らしいし、レインが気にすることではないよ」


 さっき、二人で鍛冶場に向かう途中、校庭でジェイス達を見た。彼らは「オレ達は無実だ!!」とか、「オレ達は何もやっていない!」とか、「退学なんて不当な処分だー!!!」って叫んでいた。


 暴走した魔法は、その魔法を発動させた本人が収めなくてはならない。これはこの国のルール。それを破ったのだから、この学園を退学になったのだろう。


「終わったことの話はここまでにして、今日からはレインも気になっているだろう魔剣の作り方について少しずつ教えていくよ」


「ほ、本当なのですか!? へファイストス様から直々に魔剣の作り方を教えてもらうことが出来るなんて光栄なのです!!」


 レインは目を輝かせながらそう言う。


 いつのまにか師匠と弟子みたいな関係性になっていたのは置いといて、これはこれで悪くない。


 だって彼女は——。


(僕を立ち直らせてくれたたった一人の恩人なのだから)


 たった一つの大きすぎる恩。


 僕はそれを胸の奥深くにしまって、今日も最高に楽しい日常を過ごすのであった。

 


最後まで読んでくださりありがとうございます!!


面白かった!

読んでよかった!

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新作投稿しました!

異世界恋愛物になりますので興味があったら是非読んでください!


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新作投稿しました! ぜひ読んでください!!! 異世界恋愛物です! https://ncode.syosetu.com/n3801hq/
― 新着の感想 ―
[良い点] クレアに対するざまぁがあって良かったです。
[気になる点] 鍛冶師としての腕前どころか剣の腕まで超一流でそれを全くアピール出来ていなかったとなると 幼なじみの性格はともかくとして、主人公の性格も相当問題があったと思う。 特に序盤なんかは自分で剣…
[気になる点] 何か、かなり似た内容の小説があったような。 まあ、それは魔道具かなにかだったし、こっちは武器だけど 展開がかなり似てますね。 参考にしたのかな?
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