第197話 精霊界の入り口で
「ここはね……精霊王の住まう地、精霊界への入り口よ」
光源もないのに明るい不思議な洞窟のことをミズダ子はそう言った。
「……えっと、それって精霊達の世界って事?」
「そうよ。正しくは精霊が生まれる場所ね。精霊界に暮らすのは精霊王だけよ」
あれ?王様だけしか住んでないんだ。寂しくないのかな。
「私達精霊は精霊界で生まれてすぐこっちの世界に放流されるのよ。私達の仕事って自然を管理する事だから」
つまり生まれた直後から仕事を与えられるってこと? 精霊って大変だなぁ。
「まぁ精霊の仕事なんてそのあたりをプカプカして自分の力を周囲に注ぐ事くらいだからそんな大したことしてないけどね」
おおっと、思ったより深刻な話じゃなかったみたい。
「まぁ世界のバランスを崩すようなことしてる連中はぶっ飛ばすけどね」
うん、水源の汚染とかのことだね。
「それで精霊界の入り口がある事とここに生えてる薬草って何か関係あるの?」
「大ありよ。ここに生えてる薬草は精霊界から漂ってきた精霊王の力の余波で育ったものってことなの」
「精霊王の力の余波?」
「そう。精霊王って凄い力を持ってるから、ただそこにいるだけで周囲のモノが影響を受けて力を持つモノになっちゃうの。それこそただの草が人間にとって貴重な薬草とかになっちゃうのよ」
「ほえー、精霊王って凄いんだ」
ただの草が薬草になるとか、金儲けしたい人達にとっては滅茶苦茶ありがたい存在なんじゃない? まあうまくやらないとあっという間に値崩れしちゃいそうだけど。
「だから精霊王は精霊界でじっとしててくれないと周囲に凄く影響を与えちゃうのよね」
「ん? でもそうなると……」
『そうだな。だからお前も精霊界で大人しくしてもらわんといかん』
「っっっっ!?」
まるで、スピーカーの音を至近距離で聞いたかのような衝撃。
同時に、体全体に重りがのしかかるような感覚。
「なっ!?」
何これ!? 何が起きてるの!?
「ちょっとやめてよ! カコが苦しんでるでしょ!!」
『おお、いかんいかん、うっかりしておった』
ミズダ子が怒った声を上げると、すぐに異様な圧迫感が消える。
「これで大丈夫かの」
ニャットに支えられて身を起こすと、そこには凄く逞しいお爺さんがいた。
全身を鎧で覆った、けれど不思議と戦う人達のような血生臭さは感じない佇まい。
「気分はどうかな娘さん」
「あ、はい。大丈夫です」
何故か本気で私の事を気遣ってくれているのが分かる。
「もー、気を付けてよね」
「年寄りを虐めるでない。こんな所に娘さんが居るとは思わんじゃろ」
「嘘ばっかり。こっちの事なんてお見通しの癖に」
プクーッと頬を膨らませてミズダ子がお爺さんに文句を言う。
その姿はいつものお姉さんぶった態度と違っていて、まるで家族と口喧嘩をしているみたいだ。
「さて、せっかく珍しいお客さんが来てくれたのだ、挨拶をしておこうか。儂は火の精霊王。お爺ちゃんと呼んでおくれ」
「さらっと図々しいお願いしてくるわねこの爺い」
「あら、それじゃあ私はお姉ちゃんかしら?」
「私はお兄様でよいぞ」
「アタシはお姉様で良いわよ!」
ミズダ子のツッコミに被せるように、三つの声が混ざる。
「ってだれ!?」
気が付けば、知らない顔が増えていた。
トーガのようなゆったりした服を着た長髪イケメン、肩を出して胸元を強調したドレスのふんわりお姉さん、そしてスタイルがはっきりわかるパンツルックの元気そうなお姉さんがいつの間にかいた。あとなんか一人だけ世界観違わない?
「なんじゃお主等も来たのか」
どうやらお爺さんの知り合いのようだ。という事はこの人達も精霊?
「ねぇミズダ子、この人達も精霊なの?」
「そうよ。全員精霊王」
「へぇー、全員……全員?」
「そう、全員。水の精霊王、風の精霊王、土の精霊王」
わー、全員精霊王なんだー。
「って、全員!? 全員王様なの!?」
「そうよー。私達が王様よー」
ゆるふわお姉さんがゆらゆらと手を振ってミズダ子の言葉を認める。
なんか全然王様っぽくないです。
「で、何で全員揃ってやってきた訳?」
「何でって、そりゃあ子供が一人前に成長したらお祝いしに来るのは当然じゃないの」
「子供?」
ちらりとミズダ子を見ると、プクーッとほっぺたを膨らませて怒っているような照れているような何とも言えない顔をしていた。
「別に人間みたいに親子って訳じゃないわよ。それっぽい関係ってだけ」
ほえー、精霊って人間とは生まれ方が違うのかな?
「しかしまさかこんな事になっているとはな。地上も数百年見ない間に随分と変わるものだ」
と、イケメンがこっちを見てくる。
「代替わりまでまだ数万年はあったと思うんだけど、何かあるのかしら?」
「その話は関係ニャいのニャ」
そこにずずいと割り込んでくるニャット。
「あら神獣までいるのね。これはほんとに何かあるのかしら?」
しんじゅう? あれ? 何か聞き覚えがあるような無いような……
「それも関係ニャいのニャ。ニャーがカコといるのは個人的な理由ニャ」
「へぇ、何か訳アリって事? まぁいいよ。そっちは本題じゃないしね」
パンツルックの一人だけ世界観ガン無視のお姉さんがミズダ子に視線を戻す。
「水の子、アンタも王になった以上こっちに来てもらうよ。でないとこの世界が面倒なことになるからね」
「っ! それは……」
世界が面倒なことになるって、なんだか穏やかな話じゃないなぁ。
「分かっておるじゃろう。お主も王になったんじゃ、この世界に過剰な干渉をしてしまう前に、精霊界に戻るんじゃ」
「え、それって……」
もしかしてミズダ子が精霊界に行っちゃうって事!?
「……大丈夫よ。カコを見捨てて居なくなったりしないわ」
私の考えている事に気付いたのか、ミズダ子が優しい笑みを浮かべる。
「悪いけど、今は帰れないのよ! この子の旅を見届けるまではね!!」
決意の眼差しを浮かべて、ミズダ子が精霊王達に啖呵を切る。
「「「「ん? 別に良いが」」」」
「「って、いいんかーーーーーーーーーい!!」」
あっさりとオッケーが出て思わずずっこける私達。
普通こういうのって言うこと聞かないなら力づくでも連れていくぞって流れじゃないのっ!?