第187話 再び水源目指して
新連載「女神の愛息は地方公務騎士を目指す」
「先日勇者から助けて頂いた聖剣ですが」の2本を始めました。
よろしければこちらもどうぞ。
「精霊の力を借りる事が出来る者としてこの国を汚染する原因を取り除くためそなたの力を貸してほしい」
領主であるカーマイン子爵から協力要請を受けた私は、わずかな時間考えたのち答えを口にする。
「お断りします」
「な、何故だ!? この事態を打開する為に町を救ってくれたのではないのか!?」
うん、なかば成り行きではあったけど水源の問題を解決する為にやって来たのは事実だ。
けどこの町に来たのは、たまたま助けた町の人達に頼まれたってだけだからね。
それにこの人はこの国の、事件の元凶かもしれない国の貴族なんだよね。
さっきまでの反応からもカーマイン子爵自身は本気で助けて欲しいと思っているかもしれないけど、この人以外の貴族は限りなく怪しい。
だって国中がこの町みたいになってるのなら、とっくに国が全力で事態の打開に動いている筈だもん。
当然誰か察しの良い人が汚染された水が原因と気づいて水源を調査しに行ってもおかしくない筈だ。
なのにこれまでの会話からそれをした様子が無いということはお察しである。
多分どっかで情報がせき止められているか、調査そのものが妨害されたんじゃないかな。
「私達は過去に類似する事件と関った事から危機感を感じ、個人的に調査しに来ただけです。そんな素性のしれない人間に頼るよりも、領主様自身が人を動かして町がおかしくなった原因、つまり水源を調査するべきだと思います」
あと単純に私達は密入国者なので、あまり大事になってソレがバレるととてもマズイのである。
「それは……いや、道理だな」
私に拒否された事で逆に冷静さを取り戻したのか、カーマイン子爵は考え込む。
「水源が関係するなら上流側の貴族との交渉が必須か。水の問題はどの領地にとっても重要。まずは調査の許可を得る必要があるか」
「そうなの?」
なんか水源の話が大事になりそうな感じなので、私はニャットに尋ねる。
「水源や上流を手に入れるということは、下流の人間の生殺与奪の権を握るに等しいのニャ。飲み水、洗濯の水、畑に使う水、仕事で使う水、とにかく人が生きていくためには綺麗な水は必要不可欠なのニャ」
「でもそういうのって皆の共有財産なんじゃないの?」
「甘いニャ。上流を抑えるということは、理不尽な事を堂々と出来るのニャ。例えば水田で作物を育てる連中は大量の水が必要ニャ。そんな時上流の連中は自分達の水田に水がたくさん入るように下流に水が流れにくくして自分の水田に水を多く引き寄せるのニャ」
「えー!? そんなのズルいじゃん!」
「やった者勝ちなのニャ。人間誰しも自分のことが一番大事だからニャ。自分さえよければ他人が不利益を被ってもかまわニャいと思う奴は一定数いるのニャ。ちなみに実話ニャ」
ヒドイ話だなぁ。
「逆に上流が汚染されると下流は大惨事にニャるから、上流特に水源を抑えているヤツは管理する義務も生じるのニャ。まぁ大抵は下流の連中を従える為に悪用されるけどニャ」
「あれ? でもそれだと今回水源を抑えている領主はその義務が発生するんじゃないの?」
水源の管理を盾に下流の人達に強く出れるにしても、国中が大変なことになってるのならむしろ大バッシングの的だろう。
それどころか水源を管理できない奴にはとても任せられないから自分達に管理させろみたいに権利を奪い取られる危険の方が大きい。
「つまりそういう事ニャ。今回の事件の犯人は水源を抑えているヤツ、もしくはソイツが貴族の権力を使ってもどうにもならない状況になっているかの二択の可能性が高いニャ」
うーん、どっちにしても厄介なことになりそうだね。
そう考えるとカーマイン子爵の依頼を受けなくて正解だ。下手に仕事として受けてしまったら、義務が生じてズブズブと厄介ごとに巻き込まれちゃうところだったよ。
「よし、まずは近隣の領主達と連携して水源を管理する貴族に水源の調査を要求する。水が原因だと言うことは君達に救われたこの町の姿を見せればすぐに信じて貰えるだろう。そして本当に水源が原因だった場合、国に報告して宮廷魔術師と国の研究機関に対策を講じて貰う」
と、考えのまとまったカーマイン子爵が今後の方針について語る。
「可能なら精霊の力を借りることが出来る君にも同行して欲しいのだが……」
チラリと期待するような眼差しでこちらを見るカーマイン子爵。
「それは精霊様の許可がないと私では判断できません」
私は後ろに引っ付いているミズダ子に尋ねるふりをして振り返ると、カーマイン子爵から見えないようにこっそり胸元でバツ印を作る。
「人間達の問題に関わる気はないわ」
幸いこちらの意図を察してくれたミズダ子が、子爵の要請を拒否してくれる。
「そうか、わがままを言って申し訳ない」
割と本気で残念そうに肩を落とすカーマイン子爵。
「だがこの町を救ってくれたことは本当に感謝している。謝礼は弾ませて貰おう。何か欲しいものがあるならなんでも言ってくれ」
欲しいものかぁ。
「私は商人ですので、作物でも鉱石でも何でもよいですからこの国の特産品を安く買わせて頂けるとありがたいですね」
「ふむ、我が国の特産品か。よし分かった。すぐに用意させよう」
そう言ってカーマイン子爵は執事さんに命じるとあっという間にこの町で取り扱っている国の特産品を集めてきた。
「これだけあれば満足してもらえるかな?」
「うわぁ」
領主庭の庭に敷かれた敷物の上に、沢山の作物や鉱石、民芸品? のような物が並べられている。
「よくこんなに早く集まりましたね」
「ははは、町の恩人の為ならと皆が積極的に提供してくれたのだ。さぁ、貰ってくれ」
「ではありがたく」
私達は手分けして荷物を魔法の袋に収めていく。
「それとこれも受け取ってほしい」
そう言ってカーマイン子爵が差し出してきたのは、ジャラジャラと音のする革袋。間違いなくお金が入っているヤツだ。
「そんな、こんなにたくさんの品物を貰ったのにその上お金まで貰う訳には……」
「気にしないでくれ。それにそれらの品の一部は民が君へのお礼と言って無償で提供してきたものもあるのだ。だから当家としての礼を十全にするためにも受け取ってほしい。何よりこの国で使う為の通貨はあった方が良いだろう?」
むう、そう言われると確かに。この世界よその国のお金も使えるといえば使えるけど、その国の通貨でないと微妙に同じ金貨でもレートが変わったりするんだよね。
まぁ金の含有量とかもあるけど、単純に足元見られるパターンもあるので、確かに現地通貨が手に入るのはありがたいかな。
さて、それじゃあ貰うものも貰ったし、私達はいくとしようかな。
「じゃあ私達はこれで」
「もう行くのか? ぜひ当家に泊まっていってほしいのだが。料理長に命じて美味な料理も出すぞ」
「い、いえ。気持ちだけで結構です」
うん、料理といった瞬間ニャットがすっごい顔になったからね。異世界の猫もフレーメン反応みたいな顔するんだなぁ。
「じゃあ行くのニャ」
ニャットにポーンと放り上げられると、私の体はニャットの背中に着地する。
「お、おお!?」
そして全力ダッシュをかますニャット。
「おわぁぁぁぁ!」
慌てて振り落とされないようにニャットの毛にしがみつく。
「早い早い早い!」
「サッサと出ていくのニャ! 不味い飯はゴメン被るのニャー!」
いや言いたいことは分かるけどさぁ。
「それで、これからどうするの?」
フワフワと浮きながらこれからの方針を聞いてくるミズダ子。
「当初の予定通り水源を探しに行くよ」
「あの人間達に任せるんじゃなかったの?」
「どのみち黒幕がいるなら妨害されるし、それなら私達だけで水源を確認しに行った方が話が早いよ」
「成程。そういう事だったのね」
うん、ちゃちゃっと水源を確認してそれが何とかなりそうならこっそり水源を浄化する。
それだけじゃ駄目そうなら手に入れた情報と証拠をカーマイン子爵に押し付けて後のことは任せればいいでしょ!
「んじゃ再び水源目指してゴーッ!」