第186話 なんだか肩透かしな会談
宴の場に現れた領主に招待された私は、彼の館へとやってきていた。
「食事は既にしていたようだから茶だけの方が良いかな」
と、領主の言葉に合わせてメイドさんが音もなくお茶をテーブルの上に置く。
うーん、お茶かぁ。って事は汚染した水を沸かして淹れたんだよなぁ。
「安心しなさい。魔法使いに水魔法で用意させた清潔な水を使っている」
私が警戒している事に気付いた領主が飲んでも大丈夫だと自分のカップに口を付ける。
「ぷはっ、まぁまぁだニャ」
更に横に居たニャットもグイッとお茶を飲み干す。
というかネッコ族って猫舌じゃないの!?
でもまぁニャットが飲んだのなら大丈夫かな。私もカップを手に持ちお茶を頂く。
「ほう」
「?」
私がお茶を飲む姿を見て何故か領主が感心したような声をあげる。
「ああ済まない。随分と綺麗に飲むのだと思ってな」
「はぁ」
それはアレだね。侯爵家でお嬢様教育を詰め込まれたお陰だろう。
うーん、あの特訓の日々も意外と役立ってる?
お茶を飲んでまったりしていると、領主がさてと姿勢を正す。
「改めて町を救ってくれて感謝する」
「いえ、成り行きでしたので」
実際成り行きだったんだよなぁ。それ以上でもそれ以下でもない。
「だが我々ではどうしようもなかったのだ。本当に、本当に感謝する……」
震えながら俯く領主の顔から数滴の水が零れ落ちる。
えっと、これもしかして、本当にこの人、無実だったり……する?
「あっ、でも、町の人達は領主様が症状を抑える薬の作り方を教えてくれたって」
「あ、ああ。それは他の領地を治める領主のお抱え魔法使いに教わったのだ」
後ろに控えていた執事さんからハンカチを借りた領主が顔を隠すように拭きながら件の薬について教えてくれる。
「それ、怪しくないですか?」
「確かにな。正体不明の災害の被害を抑える薬を都合よく用意できるなど怪しんでもしょうがない。だが彼等は薬を高値で売るでもなく、症状を抑える薬のレシピを提供してくれたのだ。確かに買う時には高い金を支払う事になったが、薬を開発する為に使った費用だと言われれば納得せざるを得ない。何より、レシピを売ってしまえばそれ以上の利益を得る事は出来なくなる」
あー確かに。その領主か魔法使いが黒幕なら延々と症状を抑える薬を売り続ければ良いだけだもんね。
「それにレシピを用立ててくれた領主の土地も私の町と同じであの不快な空気に覆われていた。それをなんとかする為に開発した産物と言われれば納得するしかあるまい」
んー、怪しい領主の町も被害を受けてるのか。
確かにそいつ等が犯人なら自分達でどうにもならない事をして自滅みたいな事にはならないもんねぇ。
その領主達も事件とは無関係なのかな?
「本当に君達には感謝している。私に出来る事なら何でもしよう。褒美は何が良い? 可能な限り用意するぞ」
今なんでもって言いましたね? というボケは置いておいて、領主のこの喜びようは間違いなく無罪っぽい。何せ顔を拭いたばかりなのにもうボロボロ涙を流し続けているくらいだし。
「そうだ、他の町も救ってくれるなら全力で君に爵位を与えるよう国に要請しよう!」
「爵位ぃ!?」
「何しろ長い間誰にもどうにもできなかった問題を解決してくれたのだ。しかも事態は国のほとんどの地域に広がっている。これを解決したとあれば救国の英雄として男爵、いや他の貴族達と協力して子爵の地位を確約させてみせるとも!」
いやいやいや、子爵は流石に無理でしょ。侯爵家で教わったから知ってるぞ。
平民が上位の貴族になるのはかなり大変だって。
最下級の騎士爵は意外となるチャンスが多いらしいんだけど、男爵以上の貴族になるのはかなり大変だって。
なんでも騎士爵は平民と貴族の中間みたいな感じで貴族達から侮られる事が多いのだとか。
それでも3代経てば一代限りの成り上がりから貴族の末席として認めては貰えるんだって。ただそれでも門番程度の存在として正式に貴族とは認めてくれない人もいるらしい。
だから貴族達の間では男爵からが正式に認めて貰えるハードルの下限なのだとか。
この辺り、ポンポン平民が貴族になって貴族の特別性や貴き血への責任感が薄れる事を危惧してとの事だった。
まぁ私みたいに養子になるって抜け道はあるみたいだけど。
そんな訳で子爵は難しいんじゃないかなぁ。
「うむうむ、それが良い。そなたは器量も良いし有力な貴族家との縁談も選び放題だろう。なんなら私の孫などどうかな? そなたより少々年下だが自慢の孫だぞ」
でたー! 妖怪縁談薦め! しかも孫バカまで兼ねた上級者!!
「ええと、そういうのは遠慮します! それにほら、まだ根本の原因をなんとかできていませんし!」
「根本の原因?」
事件が解決していないと言われ、領主の眼が孫バカから為政者のそれに切り替わる。
「えっと、町を覆っていた空気の原因は汚染された水が原因……ってこっちの精霊が言っていました」
ちらりとミズダ子を見る領主。当の本人は暇そうにプカプカ浮いてるけど。
「なので原因を解決しないとまた元に戻るそうです」
「元に戻る!? まことか!?」
町が元に戻ると聞いて、領主だけでなく傍に控える執事やメイドまで顔色を変える。
「はい。元々私達は原因を探して水の流れを遡っていたんです。この精霊の力を借りて」
今度は私がミズダ子を見ると、ミズダ子はなになにー? と私の抱きついてくる。
「……そなたは何者なのだ?」
私を疑っているって感じの視線じゃないね。ホントに何者なの? って感じの声だ。
んー、この人になら言っても良いかな。この国の情報が全然ないし、協力してくれそうだし
「私は旅の商人です。ただ、この国に来るまで幾つも町や村、それに森の中などでこの国で起きている事件に繋がる被害を受けている人達を見て来たんです」
「まさか、あの不快な空気が他の国にも!?」
自分の国だけじゃなかったと聞いて顔色を青くする領主。
よっぽど動揺したのか「も、もしこの事が他国にもれたら、我が国に責任の追及が来るのでは!?」なんて責任問題を危惧する声が漏れる。
「他の国ではこの国から持ち出されたと思しき汚染された水が国境の門を通らずに不正に棄てられていました。私達は目撃者から聞いた情報をもとにこの国にやって来たんです」
「我が国から!? それは、本当に、本当なのか!?」
間違いであってほしいと言いたげな眼差しで領主が聞き返してくる。
「わざわざ汚染水を樽に入れて運んで森に捨てていたので確信犯ですね」
「っっっ!!」
怒りとも悲しみとも言えない顔で眉間を抑えた領主はドンッとテーブルが震える程の力で拳を振り下ろす。
「災害ではないと、我が国の誰かが成した災いだと言うのか!!」
口惜しさと言う言葉では言い足りない程の感情が籠った声が領主の口から洩れる。
「……すまぬ、醜態を見せた」
ふー、と大きく息を吐くと領主は目をつむったまま天井を仰ぐ。
「……娘よ、名を聞きたい」
「マ……コです」
「……そうか、マコか」
あっ、やべ。偽名ってバレたかな。
でも本当に味方になってくれるか分かんない状況で本名を言うと侯爵家の皆にバレたら迷惑かけちゃいそうだったしなー。
「まずは感極まっていたとはいえ名を名乗る事が遅れた非礼を詫びよう。私はカーマイン・トレハロン。不甲斐ない子爵だ」
ここで漸く領主ことカーマイン子爵は自らの名を名乗る。
「さてマコよ。改めてそなたに仕事を頼みたい。用件は二つ。商人として一つは近隣の町を救うための薬を用意して欲しい事。そしてもう一つ」
領主は一拍を置いてもう一つの要件を口にする。
「精霊の力を借りる事が出来る者としてこの国を汚染する原因を取り除くためそなたの力を貸してほしい」
あーうん、そうなりますよねー。