第185話 隙あらば宴会
男達に連れてこられた町は酷い状態になっていた。
もう町に近づく前からツンとした臭いが漂って来て、ニャットが「これ以上進むのは絶対に嫌だニャー!」って断固拒否の姿勢を見せたほどだ。
仕方ないのでミズダ子に頼んで遠くから解毒ポーションを噴霧して貰う事でなんとか町までたどり着くと、一気に町中に解毒ポーションを振りまくことで臭いを抑える事に成功した。
「あなた方は町の救い主でございます!」
「「「「ありがとうございますっっっっ!!」」」」
町がそんな有り様だった事もあって、私達は諸手を挙げての歓待を受ける事になったのだった。
「ああ、久しぶりに綺麗な空気を吸ってるわ!」
「ウチのガキ共が咳をしないなんて本当に久しぶりだぜ。アンタ達にゃなんて礼を言ったらいいか!」
町の人達が涙ながらに綺麗になった空気のお礼を言いにやって来るもんだから、私達は揉みくちゃにされてしまう。
「とはいえ、まだまだ臭いはするんだけどねぇ」
町の各所に掘られた井戸から汚染された水が溢れているので、この臭いは完全に払拭された訳じゃない。
現にニャットは今もフレーメン反応みたいな顔になってる。
この人達は長い間濃い臭気に晒されていた所為で鼻がバカになっちゃってるんだな。
色んな意味で元に戻ると良いねぇ。
「よーし、町が元に戻った祝いだ! 宴をするぞーっ!!」
「「「「おおーっ!!」」」」
そして始まる突然の宴会。
道端にそこかしこから運ばれたテーブルや椅子が並べられ、更に様々なお店の人達が自慢の料理を並べてゆく。
料亭だけじゃなく食品を扱うお店もチーズなど調理しなくても食べられる食材を並べてゆく。
「今日は特別だ! 店の商品を大放出だ!」
「はははっ、あまりの臭さにコイツ等も腐っちまうんじゃないかと心配してたぜ!」
「ウチの料理も持ってきたよ!」
更にお店だけじゃなくご近所の奥様達も料理を持ち寄って大皿に並べてゆく。
「それじゃあ町が救われた事と我等が救い主への感謝を込めて、乾杯っ!!」
「「「「乾杯っっっ!!」」」」
町長の音頭を受けて皆が盃を掲げて乾杯と叫ぶ。
「がははははっ酒が美味ぇ! ああ、こんなに美味ぇ酒はいつ振りだろうなぁ!」
「飯も美味いぞ!」
町の人達は綺麗になった空気の中で食べる食事や酒の味に感動の涙を流す。
「くぅ~! 母ちゃんの飯がこんなに美味く感じるなんて思いもしなかったぜ!」
「だったら食べるんじゃないよこの宿六!」
「あ痛ぁ! 悪かったよ母ちゃん!」
余計な事を言った人が奥さんにぶっ叩かれて平謝りし、それを見た周りの人達が大笑いする。
そのくらい町の皆は羽目を外してはしゃいでいた。
「これなら寄り道して良かったかもだね」
「飯は不味いけどニャ」
こらニャット、めでたい場でそう言う事言わない!
そんな時だった。
突然人々の喧騒の空気が変わったのである。
「ん?」
今まで喜びの声が響いていた町の一角からドヨドヨと戸惑いの声が流れてくる。
なんだろ、何かあったのかな?
「ニャんか来たニャア」
ニャット達もそれに気づいたのか、食事の手を止める。
「でも悲鳴じゃないから魔物が襲って来たとかじゃなさそうだよね」
だとすると一体何が……?
ざわめきはだんだんこちらに近づいてくる。
「……様だ」
「何でこんな……に?」
どよめきが近づいてくるにつれ、町の人達が慌てて道の端へと寄っていく。
まるでモーセの十戒の光景の様だ。
そして現れる何やら派手な馬車と馬に乗った騎士達の姿。
はい、どう見ても貴族の登場です。
「ヒヒーン」
馬車を引く馬が一鳴きすると馬車は止まり、中から一人の老人が現れる。
もしかしてこの老人が……
「領主様!」
「領主様だ!」
やっぱり、この人がこの町の領主か。
でも領主と言えば、町に漂う汚染された空気によって被害を受けた人達の症状を抑える薬のレシピを何故か知っていた疑惑の人物。
決して油断はできない。
「……」
「……」
すっと自然な動きで私の前に立つニャットとミズダ子。
「そなた達がこの町を覆う不快な空気を払ってくれた旅の者達だな?」
そんな領主の声は、怪しい人物とはとても思えないくらい弱々しく、そして穏やかなものだった。
「ええと、こちらの精霊様のおかげです」
「そうか……」
とりあえず手柄をミズダ子にお任せすると、領主はうむうむと噛みしめるように頷く。
さて、どんな反応が来る?
もしこの領主が犯人なら「都合よく問題を解決するなど怪しい、お前達が町をおかしくした犯人なんじゃないのか?」と容疑をでっちあげてくる危険だってある。
いざという時はすぐに逃げれるようにした方がいいかもだね。
「何の縁もゆかりもない我々の為に尽力して貰い、深く感謝する」
けれど、領主の反応は私の予想とは真逆で、それどころか深々と腰を折って頭を下げてきたのである。
「え?」
まさかの感謝!?
「私では問題を解決する事は出来なかった。本当にありがとう!」
領主はなおも私達に感謝の言葉を続ける。
「ついては町を救ってくれた君達にお礼がしたい。ぜひ我が屋敷に来て欲しい!」
「は、はいーっ!?」
疑惑の領主との出会いは、思わぬ方向に転がっていく事になるのだった。