バベル流星群(ばべるりゅうせいぐん)
あるところに、ちいさな、ちいさな島がありました。その島には、おおきな、おおきな山がありました。その山のふもとには、町がありました。町には、羽が生えた人たちが住んでいました。かれらの羽は冷たく、黒い刃で出来ていました。
ある日、羽が生えた人たちの一人がこういいました。
「聞いた話だけど、海のむこうには別の島があるらしいんだ。行って、たしかめよう」と。
***
羽が生えた人たちがいっせいに島から飛び立ちました。
ぎーん、ぎぎーん、けん、けん、けん、けん……
冷たい喉から発せられる音を聞いた小さな鳥たちが、空の道を空けます。炎を吹きながら飛ぶものは、羽が生えた人たちのするどい刃で切りさかれ、海におとされました。
羽が生えた人たちはこういいました。
「私たちは、このよでいちばん強い生きものなのだ」と。
***
ぎーん、ぎぎーん、けん、けん、けん、けん……
羽が生えた人たちは飛び続けました。「太陽の子」といわれた彼らは疲れをしりません。
どこまでも、どこまでも続く海には、ひとやすみできるような岩ひとつありませんでした。
太陽が去り、星々(ほしぼし)のリズムに合わせ魚たちが遊ぶ頃、羽が生えた人たちは、少しだけ休みたいと言いはじめました。
「命が燃え尽きてしまいそうだ」
羽が生えた人の一人はそう言うと、ぎいーん、とひと啼きして、黒い波のなかへ、ボチャン、と沈んでゆきました。それをみた仲間たちは、旅に出た事を後悔し、怖がりました。
「死にたくない!」
***
ぎーん、ぎぎーん、けん、けん、けん、けん……
羽が生えた人たちの冒険は、ある日おわりを告げたのでした。
「おや、あれは何だろう。見慣れたあの山は、私たちの町ではないか」
羽が生えた人たちは海を一周して、もといたところに帰ってきたのでした。かれらはがっかりしましたが、初めての冒険を終えて、その夜は大宴会をして喜んだのでした。
***
ところで町には一人だけ、羽が生えていない人が住んでいました。彼は羽が生えている人たちの体を直す仕事をしています。彼は羽が生えた人たちから「忘れられたじいさん」と呼ばれていました。どうしてそんな名前で呼ばれているのかというと、大洪水のときに大きな魚にのみこまれ、たったひとり、この町にたどり着いたからでした。
忘れられたじいさんは物語が大好きで、羽が生えた人の修理をしているあいだじゅう、不思議なお話を語りました。それは、こんなお話です。
「あの太陽がある場所を、天という。天には神様が住んでいて、そこに行けば永遠に生きるという。わしはやがて神様のところに行くんだよ。なんといったって、わしは神様の子供だからね。それにしても、親なる神様はおそろしいおかただよ。わしらの町は神様の怒りにふれ、水の底に沈んでしまったんだよ。おお、慈悲深い父よ、二度とお怒りにならないでください」
やがて羽が生えた人たちは、こんな事を言い始めました。
「海の上には、この島いがいには何もない事が分かった。私たちは、天をめざし神の子のようになろう。そうすれば、永遠に生きるのだから」と。
***
羽が生えた人たちは、雲を突きぬける山の頂上にあつまりました。そして、ぎいん、と啼くといっせいに、太陽に向かって飛び立ちました。かれらはどこまでも行けると信じて、飛び続けました。
ぎーん、ぎぎーん、けん、けん、けん、けん……
やがて、一番先に飛んでいた者が、ぶるぶると震え始めました。しんがりにいる者は、前にいる者を追い越そうと、頑張ります。
「ああ、もう少しなのに」
羽が生えた人たちの体が、溶け始めました。かれらはひとり、またひとりと、おちてゆきます。その体は青い炎となり、町に降り注ぎました。町は、燃えました。そして、なんにちも、なんにちも、燃え続けました。その灰は大地にふりそそぎ、島全体をおおいつくしました。
羽が生えた人たちは全て、いなくなりました。
***
――【特別展、奇跡! バベルの遺跡】はこちらです。列に並んでゆっくりお進みください――
たくさんの大人やこどもが、バベルの塔が描かれたパネルを見上げ「おおー」「わあ!」と声を上げています。
「これはなんだろう」
「王様が、天に剣をむけている絵だね。そう書いてある」
子供たちが、遠い昔に描かれた石板を見ています。すぐそばにいる老人が、子供たちに語り始めました。
「それは、バベルの塔といって……」
バベルの塔 (ばべるのとう)
『旧約聖書』「創世記」に記されたれんが造りの高い塔。物語によれば、人類はノアの大洪水ののち、シナル(バビロニア)の地にれんがをもって町と塔を建て、その頂を天にまで届かせようとした。神はこれをみて、それまで一つであった人類の言語を乱し、人間が互いに意志疎通できないようにしたという。
(コトバンク 日本大百科全書「バベルの塔」の解説より抜粋 2022/01/01閲覧)