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エドワルドの如きめざとい男でなければ完全に見落としてしまいそうな、ただの傷とも見えるそんな記号でした。
いえ、それとも──。
エドワルドの目的は最初からこのたった一文字の記号、であったのでしょうか。
『俺にはあるたった一文字の記号を書き写させてもらえればいい』
そういえばその様な事を言っていました。
ですがこのたった一文字の記号に一体どんな意味が……?
私は──思わず眉を寄せ、
「何ですの、それは?」
問いかけます。
とたん。
エドワルドがパタン、と手帳を閉じました。
「──別に。
あんたには関係ねぇよ」
いかにもそっけなくそんな事を言って、エドワルドは膝に手をつき立ち上がります。
そうして当たり前の様に「じゃ、」と口を開きました。
「俺はこれで退散するぜ。
帰りは一人で帰れるだろ。
じゃーな」
そんな事を言って……そのままひらりと手を振り、私に背を向け立ち去ろうとします。
「あっ、ちょっと!お待ちなさい!」
思わず声を上げますが、
「そうそう。
出る時は俺が蹴破った階段の入口直すの忘れんなよ。
あんた確かそーゆー遺産持ってただろ。
それと、」
言いさして、
「手首、痛むんだったら帰って湿布でも貼っとけよ」
サクッとそんな事を言って、そのまま立ち去ってしまいました。
後に残ったのは私と、白亜の間と、そして微笑む女神像だけ。
「……一体、何なのでしょう」
私に協力し、ここまで登ってきて、そうして本当に見たかったのはあの謎の記号一文字だけ?
まったくもって意味が分かりません。
ですが……。
私は今一度女神像の前に足を踏み出して──その女神像の微笑みに微笑みで返しました。
「どうぞこれからも心ゆくまでゆっくりしていてくださいな」
白は白のまま、多くの人々の好奇の目に晒される事なく──。
最後にこの塔の入り口に置いて対エドワルドに使おうと思っておりましたエ・レステルの遺産『スティック』を白亜の間の扉に立てかけそのスイッチを押して──私はパタン、とその部屋の戸を閉めました。
これからはこのバリケードが白亜の女神像を守ってくれますわ。
この様に“遺産学者“の本分から外れた振る舞い……。
本来なら許されるはずもないのですけれども。
「……まぁ、たまには良いでしょう」
一人、そんな風に呟いて──私は胸の内にまた沸々と湧き上がる情熱を感じました。
この世には、まだまだエ・レステルの残した偉大なる遺産がたくさんあります。
その謎・その研究を行うことは、もはや私のライフ・ワーク!
「よ〜し!
次こそは公表出来る偉大なる大発見をして世界中を驚かせて見せますわ!!
ホーッホッホッホッホッ!」
高く、元気に笑う私に──どこからかふんわりと優しく爽やかな風が流れたのでした──。
──END──