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コツコツコツ、と私は慎重に壁に耳を当てながらあたりをそっと叩きます。
何か二階へつながる道があるのなら、はたまた何らかの仕掛けがあるのなら、必ずどこかで音が変わるはず。
壁は四方、幅広く広がっていますが、私は諦めません。
こうした地道な努力が偉大なる大発見を生むのですわ。
見ればエドワルドはまるで何もせず棒立ちしています。
あの腹立たしい、見るもの全てを睨みつける様な目は、ある床の一点を見つめているばかり。
全くあんな床に何があるというのでしょうか。
ふふん、おおかたまだ階段が無くなったショックでも引きずっているのでしょう。
全く肝っ玉の小さな男です。
コツコツコツコツと私は無言のままに壁をそっと叩いてゆきます。
妙な罠などを発動させない様に、慎重に。
しん、とした無音の空間の中。
コツコツコツコツ。
何にも変化のない音が続きます。
エドワルドは相も変わらず、今度は先程の元・階段……今では滑り台、ですが……の上を見上げています。
私はだんだんと腹立たしくなってきて、壁を探る手を止めエドワルドへぐりんっと向き直り講義の声を上げました。
「まったく先程から一体何なんですの!?
先程から私一人に辺りを探らせて、自分は何もせず棒立ちですか!?
少しは何か手がかりを見つける手伝いなり何なりしたらどうですの!?
それともまだ先程ベルトを引っ張った事を根に持ってでもいるのですか?!
なんてねちっこい性格なのでしょう!?」
私が怒りの声を上げる中、エドワルドが「ああ?」とガラの悪い声と共にこちらを睨み据えます。
「誰がねちっこいんだよ。
大体俺は何も言ってねぇだろ」
「態度が言っているのです!」
私が言ってやるとエドワルドがムッとした様にこちらを見返しました。
まるで「そんな態度を取った覚えはないぞ」と言わんばかりですが、先程から私一人にあたりを探らせている以上、文句は言えませんわ。
ふんっと思いきりよく踏ん切りをつけてやるとエドワルドが言い返します。
「そりゃ悪かったな。
そもそもどっかの誰かさんが迂闊に罠のある階段を踏んだりしなけりゃ、もっと事は簡単だったんだけどな」
「〜う゛、」
ぎくり、と私が狼狽えるのをエドワルドが横目でじっと見てきます。
まったく何と嫌な助手でしょうか。
エドワルドがふっと息をつきました。
「ま、いーけどよ。
そこの床、」
言ってエドワルドが床のある一点を指差します。
先程までエドワルドがじーっと見ていた床ですわ。
でも、これがどうしたというのでしょう?
「床が、何ですの?」
「少し、映った光が歪んでんだろ。
それもほんの少しの間だけだ」
言われて見て見ますと、確かに。
美しい白亜の床に落ちるぽつりとしたオレンジ色の灯りが、4センチ四方の、ある一片においてのみ、オレンジの点が歪んで線が伸びている様に映っています。
これは、まるで──……。
私は考えながら、ぽつり声を出します。
「ここだけに、他とは違う素材が使われている?」
「そういうこった。
何でこんな妙な場所に他とは違う素材が使われることになったかというと、」
「そこにそれが必要だったから……」
私がハッとして口にする中、エドワルドが軽くしゃがみ込んで、反射の違う4センチ四方の床をそっと叩きます。
こん、こん。
それまでとはまるで違う、空洞を感じさせるその音に私は思わずエドワルドの顔を見ます。
エドワルドがほらな、と言わんばかりにこちらを見上げてきました。
私はこほんっと一つ咳払いをしてみせました。
「ま、まぁこの様な事だろうとは思っていましたわ。
さ、そこをおどきなさいな」
言いながらエドワルドを払い除け、素材の違う床へそっと手をつきます。
あらあらこの素材、表面こそ大理石の様に見えますが、手触りはまるで違っていますわ。
つるりと滑らかな肌触り、軽く叩いた時のくぐもるような深い音。
これは──……。
「どうやら白木みてぇだな。
うまい事大理石に似せてるけどよ」
エドワルドが言ってきます。
まったく、その様な事、この私にも一瞬で分かっていましたというのに。
どうしてこう私がからるより前に余計な口出しをするのでしょうか。
私はムッとしたまま口を開きます。
「その様な事はわかっています。
それにしても、木の素材だなんて珍しいですわね」
エ・レステル達の作る物は、ほぼ全てと言って良いほど、何をどうやっても壊れる事のない素材が使われています。
今をもって一体どのような素材であるのか解明すら出来ていない様な代物。
この様な所にそれを覆す木の床がある……という事は、ここは壊す為に作られた場所、ということになります。
……けれど。
私はすっくと立ち上がり、重い溜息をつくのをやっとの事で堪えました。
「──遺産を調査の為に勝手に破壊するなど言語道断ですわ。
ここは一旦引いて、学会に相談してみる他ありませんわね……って!?
まさか……!?」
私が恐怖のあまりカッと目を見開いている間に。
エドワルドが ガンッガンッガンッと3度も、靴の踵を木の床へ勢いよく落とします。
初めはメキ、という音くらいでしたが、さすがの床も3度目の踵下ろしには耐えられなかった様で、最後にはドガァッと音を立て、床が崩れ折れてしまいました。
あああっ!!何と恐ろしい!!
このように貴重な遺産を、この男は何の躊躇いもなく蹴破ってしまったのです!!
「あああ……」
私が思わずその場にへたり込むのをよそに。
エドワルドが蹴破った床の穴を覗き込みました。
「おい、レイテル。
下に階段が続いてるぜ」
すっと下を見透かす様にしてエドワルドが言ってきます。
私は堪えきれなくなり、へたり込んだまま声を上げました。
「下に階段があるですって!?
よくも……よくもそのような口を聞けたものですわね!?
今自分が何をしたのか、分かっているんですの!?
あなたが今やった行為は遺産学を学ぶ者や、これから先に研究する人々を愚弄する事ですわ!!
何という恥知らずな……!!
この様に遺産を壊して回るなど学者のする事ではありません!
エ・レステルやクレ・エンテの幽霊がいたとしたらきっとあなたなど呪い殺していましてよ!!」
「その前にあんたに呪い殺されそうな勢いだけどな。
──大丈夫だろ。
ここは“誰かに壊させる為に作った“場所だ。
でなきゃエンテやレステルがこんな弱い造りにする訳がねぇ」
「う゛……っ、そ、それはもちろんその通りですけれど……」
「ついでに言うのなら、今ここで引き下がった所で他の奴に手柄を横取りされるのがオチだぜ」
エドワルドがいかにももっともな言葉を返してきます。
悔しいですけれど、確かにエドワルドの言葉に間違いはないでしょう。
この塔に新たな道が見つかった。
学会へ報告を入れればお偉い方が真っ先に調査をするに決まっていますし、そうでなくともこのまま放っておけば他の誰かがこの壊れた通路を見つけるでしょう。
私の女神像を誰かに横取りされずに自分自身で発見したいのなら……道は一つしかありません。
不服ですけれど。
私は大きく溜息をつき、エドワルドへ向かいます。
「──分かりましたわ。
仕方ありませんわね。そこまで言うのならこのまま進みましょう。
どうせこうなってしまっては床は元には戻りませんもの」
私が言いますと、エドワルドがまたあのニヤリとした嫌な笑みを浮かべます。
まるでそう来ると思ってぜ、と言わんばかりの邪悪な笑みに、私は頭がクラクラするのでした──。