公爵令嬢の最強スキルと新たな婚約と。
そして、1時間が経った ――――
私はその間、ずっとフェリクス殿下に向かって、罵声を浴びせ続けていた。
不敬だろうがなんだろうが、知ったことか。
乙女心をコケにする男など、たとえ王子であろうと、万死に値する。
「―――― フェリクス殿下のくせに! 子どもの頃は、わたくしが助けて差し上げないと、何もおできにならなかったくせに!
いつの間に、そのようにわたくしの気持ちも理解なさらずに、勝手に、『お兄様をののしって』 などとおっしゃるようになったのでしょうか!」
なんだか、ののしればののしるほど、フェリクス殿下の表情が、甘いお酒に酔ったみたいにトロンとなってきて、すごく色気があって可愛いのだけれど……
そんなことで、許して差し上げるわけがないのだ。
そばで羨ましそうに成り行きを見守っていたライオネル殿下が
「そろそろ、私のほうも、ののしってはくれまいか……」
と、おっしゃるのを
「お話の途中で、お口を挟まれないでくださいな!? とりあえず、 お だ ま り !」
と、いなして、最後のシャウトを決める。
「わかってらっしゃらないにも、ホドがあります!!!
これが 『僕を思う存分ののしって』 でしたら、まだ許して差し上げましたものを ――――!
つまりは、フェリクス殿下。
あなたさまは、 さ い て い でいらっしゃいましてよ!?
おわかりですね ――――!!?」
あーーーー、すっきりした!
言いたいことを叫びまくるって、確かに、良いね。
…… さて。
スッキリしたら、もうここには用はないな。
「では、お先に失礼させていただきますね。ごめんあそばせ」
私は 「もっと頼む!」 と口々にせがんでこられる王子たちに淑女のお辞儀をしてシェルターから出、晴れ晴れとした気分で侍女の仕事に戻ったのだった。
※※※※
「実は、我が王家の男性にはそうした性癖があるのです、アデーレさん」
王妃殿下がわざわざお時間を作り、内々に事情を説明してくださったのは、数日後のことだった。
「そうした性癖とは、つまり…… 『ののしられたい』 ということでございましょうか」
「ええ……
それも大変に中毒性が強くて、いったん目覚めてしまえば、愛する人から毎日ののしられなければ、政務にも手がつかなくなってしまうのですよ。
逆に、ののしられている限りは、素晴らしい能力を発揮し、国を平和に治められるのです……」
ということはもしや国王陛下も、と思ったけれど、ここはあえてスルー。
あまりつっこんで聞いてしまっては、きっと逃げられなく……
「国王様も同じ性癖をお持ちでいらっしゃいます。
ちなみに、これが王室の最高機密ですのよ、アデーレさん?」
王妃殿下の笑顔は、『逃がすものか』 と、語っていた。
「ライオネルもフェリクスも……
アデーレさんの凛として気品を失わない 『ののしり』 に、心奪われてしまったようです。
…… どちらでも、けっこうですよ」
「あの? わたくし、残念ながらあまり思考力がございませんので 「ライオネルとフェリクス、どちらでも、けっこうですよ」
わざわざ言い直してくださらなくてもいいのです、王妃殿下!
「アデーレさん、あなたが気に入ったほうと、婚約しなおしてくださればよろしいのよ? あなたは、フェリクスなのかしら?」
「あの、ですけれど…… フェリクス殿下は、わたくしにも王太子の位にも、ご興味がないようにお見受けします……」
せっかく婚約がなくなったんだから、私の罵声でなくて、私自身を愛してくださる方と結婚できたら良い…… だなんて、ぜいたくな望みなのかな?
フェリクス殿下のことはもともと好きだったけど…… 罵声でウットリされても微妙。
しかし、王妃殿下の笑顔はさらに強化されている ――――!
「あら。もともと好意を覚えていない方に、いくらののしられても、響きませんことよ?
つまり、フェリクスももともと、あなたのことを想っていたからこそ…… ですのよ。
自信を持ってくださいな、アデーレさん」
王妃殿下がおっしゃるには、フェリクス殿下のあの態度は単に、お兄様のライオネル殿下に遠慮していたのだろう、ということだった。
「それに、ライオネルはともかく、フェリクスはアデーレさんの 『ののしり』 で目覚めたのですから……」
「はい…… 責任取らせて、いただきます」
王妃殿下から直々に、ここまで言われてしまっては、もうどうしようもなかった。
―――― というか、王家の最高機密を聞いてしまった時点で、もはや逃げ道は塞がれてしまったも同然、だったのだ……
こうして、私はフェリクス殿下と婚約し、フェリクス殿下の立太子とライオネル殿下の降格が正式に決まった。
(求婚は私から、やっぱり地下シェルターでののしりながらだった。
フェリクス殿下は感激で涙ぐみながら受けてくれたので、まぁ良しとしよう。)
3ヶ月後 ――――
「フェリクス殿下!
あの時は、どういうおつもりでしたのでしょうか!? わたくしのことをすんなりお兄様に譲ろうとされただなんて――――!!!
わたくし、思い出すたびに、拗ねてしまいましてよ!?」
「アデーレ…… もっと…… お願いしていいだろうか……」
「この、スカポンタァァァァン!!!」
私は今日も、王城の秘密の隠しシェルターで、思い切りフェリクス殿下をののしっている。
最初は、怒ってもいないのに人をののしる申し訳なさと緊張で、胃に穴があきそうになっていたが……
慣れてくるに従い、快感に思えてきたのが、おそろしい。
そして、私の 『ののしり』 にウットリしているフェリクス殿下のそばでは、今はフェリクス殿下の執事をしているライオネル殿下が、やはりウットリとおこぼれにあずかっている。
(フェリクス殿下が嫉妬されるので、ライオネル殿下を直接ののしっては、あげられないのだ。)
これからももっと精進して、『ののしり』 を磨いていかなければ。
なお、私がフェリクス殿下と婚約しなおした上に、なぜかライオネル殿下のお心をも取り戻してしまったことは、すでに周知の事実で ――――
そうすると、現金にも態度を変えた子が、ここにひとり。
フェリクス殿下を思う存分ののしって、持ち場に戻ると大抵、こういわれる。
「お姉さまぁ! ずるいですわぁ!」
「あら、どうなさったの、マリー様」
「男をおとす最強スキル、あたしにも教えてくださいよぅ……」
「男、ではなく 『殿方』 。 『おとす』 は…… 『お近づきになる』 とでも、おっしゃって?」
フェリクス殿下と婚約した時点で侍女はやめたのだけれど、先輩方が泣きつくのでマリー様の教育だけは、まだ私が受け持っているのだ。
「はぁい……」
おお、マリー様が、なんだか素直!
マリー様のマイワールドが過ぎる態度には、これまで散々、陰で泣いてきたけど……
ここにきて初めて、進歩があった気がする!
「もうもう、騎士団長も、魔道師団長も、全然ダメでぇ…… なんでですかねぇ?」
「もう少し、お相手の数をしぼったほうがよろしいのでは……」
「だってだって、エサは多めにまいとかなきゃ! 誰がひっかかるか、わからないじゃないですかぁ!?」
相変わらずなマリー様に、私はこれまで何十回も言ってきたことを、しとやかに復唱した。
「まずは、王宮での秩序と礼儀をお守りなさいませ。
それから、お仕事中はなるべく、お仕事だけに集中なさって……
これが、殿方うんぬんの基本でございます」
「ええええええ! そんなぁ! お姉さまの意地悪ぅ!」
「そのような言い方は、礼儀に反しましてよ? お気をつけになって?」
「はぁい……」
マリー様がきちんとなさるまで…… 道はまだまだ遠いけれど、ないわけではないようだ。
焦らず、育てていこう。
「アデーレ」
「あら、フェリクス殿下。いかがされまして?」
そこへ、顔をのぞかせたのはフェリクス殿下。
さっき、ののしって差し上げたばかりなのに…… 殿下はその実、かなりのほしがりさんなのだ。
こうして、マリー様教育中にもちょくちょく、おねだりをしにこられる。
「アデーレ、頼むよ、ちょっとだけ、ね?」
「フェリクス殿下…… マリー様が見ていらっしゃいます」
「では、いつもどおり、誰にも見られないところで……」
そんなこと言われたら、私にののしられている時のお可愛らしい殿下を思い出してつい、きゅんきゅんしてしまう……
けど、そこは人前。
穏やかで気品のある笑顔と声をキープする。
「お仕事が終わってからでも、よろしくて?」
「……わかったよ。では、僕も仕事を済ませておくことにしよう。そして、後でじっくり……」
悔しそうに見てくるマリー様にも、ほかの皆様にも、気づかれていないと信じたい。
―――― 私の最強スキルが、『ののしり』 だなんて、ことは。