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歪んだ想像とガッカリな現実と。

 1ヵ月が経っても、マリー様は相変わらず使えな…… ではなくて、ユニークな仕事っぷりだった。


「マリー様、宰相様に王妃殿下からの言付けはお渡ししまして?」


「へ? 騎士団長様じゃなかったんですかぁ!?」


「思い違いされたようですね、マリー様」


 実は、そうなることを見越して、私のほうで宰相様に言付けを渡している。

 二度手間ではあるけれど、仕方がない。


 育成を考えて仕事は頼むが、こちらにもストレスがかかりすぎないように、あらかじめフォローもしておく。

 ―――― マリー様の実家からの多額の寄付金の手前、追い出すこともままならないのだから、ここは我慢して皆で彼女を育てよう……

 と、先輩方と誓いあった挙げ句の、結論なのだ、これが。


 最近は先輩の皆様も、以前と比べれば優しい。

 マリー様のお陰で親しくなれたのだと思えば、悪いことばかりじゃない…… よね……?


「騎士団長様に、謝りに参りましょう。わたくしも一緒に行きますから」


「えええ!? あたしひとりで、じゅうぶんですよぉ…… いくら婚約破棄されたからってぇ、そんなミエミエな態度でぇ、騎士団長様を追いかけ回したりなんてぇ…… 恥ずかしくないんですかぁ? ぷぷぷっ」


 後半のセリフ、そっくりそのまま返してあげたいんですけど。


 ―――― 確かに、侍女になるのは、下位貴族の令嬢にとっては婚活のため、という側面もある。

 あるけれど…… 皆様、マリー様よりはもうちょい控え目だ。


 王城内の適齢期の男性に誰彼なく懐いていくようなことをするのは、マリー様だけである。


「いいえ、一緒に謝らなければ。わたくしの監督責任もございますもの」


「あーん。せっかくチャンスだと思ったのにぃ」


 あーやっぱりね。そう思ってたんですね。

 …… どうやら、『敢えて失敗させて、そこから学んでもらう』 作戦はあまり効果が無いようです、先輩方。


 ―――― ほんと、どうすればいいのかな。


「気が利かないですねぇ、アデーレ様ったら。そんなだからぁ、婚約破棄なんてされちゃうんですよぉ!?」


「マリー様。そのような話題に触れるのは、礼儀に反しましてよ? お気をつけあそばせ?」


「またっ…… あたしが下位貴族だからって、脅してるんですねぇ……っ」


「お だ ま り な さ い !」


 ひっ、とマリー様が息をのんだ。

 急に発された大声に、びっくりしたらしい。


 ―――― ここ1ヵ月、毎日、腹筋と声帯を鍛え上げた甲斐がありましたね!


 こんな大きな声が出せるようになるなんてね。


 まぁ、公爵令嬢があからさまに男爵令嬢を恫喝(どうかつ)するような真似、するわけにはいかないから、しょっちゅう出せるものではないけれど……


 マリー様の様子を見るに、たまに使うのは有効のもよう。

 基本、貴族令嬢の多くは、たとえマリー様みたいに声がうるさい人でも、怒鳴られた経験はほとんどないからね。

 それは恐かっただろう。


「あら失礼。うっかり大声が出てしまいました。はしたなくて、ごめんあそばせね? おほほほほ」


「はい……」


 ふふふ。

 マリー様、すっかりしおらしくなっちゃって。

 クセになりそう (いけない、いけない) 。


「では、騎士団長様に謝りに参りましょうか?」



「では、その後で、少し時間をいただけるかな?」


 ぴったりタイミングを計って、戸口から声を掛けてくださったのは、フェリクス殿下だった。


 ―――― あの不思議なリクエストから、1ヵ月。

 忘れてくれてたらいいと思ってたけど、フェリクス殿下は全然、忘れてくれてなかった。



 父に泣きついて、やめさせてもらおうとしたら ――――


 最初は 『王妃殿下と内密に話すから』 と言ってくれていたのが、最後は 『うん、まぁ、なんだ、その…… 王家の最高機密(トップ・シークレット)に関わることだそうで…… うん、まぁ、頑張って、ののしってきておくれ。悪いようにはならないから』 に、変わってしまった。なんでだ。



「この後、アデーレを借りることは、母上には既に言ってあるから、心配しなくていい」


「はい……」


 心配なのは、侍女 (兼公爵令嬢)にののしってもらうことウェルカムな王家の方々の頭の中ですけどね!


「ええええ! フェリクス様となにされるんですかぁ!? ずるいですわぁ、アデーレ様!」


 代われるものなら代わって差し上げたいですよ、マリー様……




 騎士団長様への謝罪は、「そうだろうと思った。気にしないで。間違いは誰にでもあることなんだから」 という優しすぎる一言をいただき、簡単に済んでしまった。


 調子に乗って話し込もうとするマリー様をひきずるようにして、やっと戻った…… と思ったら、即、王妃殿下から、にこやかなお声掛け。


「アデーレさん? よろしくね?」


 ―――― ついに、きてしまった。


 私は、マリー様や先輩侍女の皆様の 「どういうこと?」 という視線を一身に浴びながら、しおしおと王妃殿下の前から退()がり、フェリクス殿下の執務室に向かったのだった。






「アデーレ、よく来てくれたね。じゃあ早速…… と、言いたいところだが、ここでは声が聞こえてしまうから…… こっちへ」


 フェリクス殿下が、書棚から本を2冊、引き抜いて入れ替えると、なんと書棚が扉のように開いて、隠し通路が現れた。ハイテク魔道だ。


「ここから、城の最奥のシェルターに繋がっていて…… 入ってしまえば、中の声は絶対に聞こえないんだ」


 ああ、つまりは万が一の際の立てこもり用。

 私も、ライオネル殿下の婚約者だった時に、妃教育の一環としていくつかは教えていただいていたけれど、ここは初めて…… って。あれ。


 そんな機密、知っちゃって、いいのかな?



 暗く狭い通路を、フェリクス殿下の後ろについてしばらく歩くと、シェルターの扉が見えてきた。がっしりした金属製である。


 中央あたりのくぼみにフェリクス殿下が手を置くと、そこがやわらかく光り出して、扉は静かな音を立てて開いた。やるな、ハイテク魔道。


 さて、フェリクス殿下に続き、一歩中に入った私は ―― 驚きで、固まってしまった。


「やあ…… アデーレ。数ヵ月ぶりだね」



 ―――― そこにいたのは、ライオネル殿下。


 少しばかりやつれてはいるが、そこそこ健康そうである。腹立つな。


「さあ、アデーレ」


 フェリクス殿下が、私の肩にぽん、と手を置いて、微笑んだ。


「兄には色々と思うところもあるだろう…… 存分に、罵倒してあげてほしい」


「あら…… フェリクス殿下では、なかったのですか?」



 ―――― 実は私は、父を納得させてしまった王家の最高機密(トップ・シークレット)とやらが何なのか、アレコレと想像を巡らせた挙げ句に、ひとつの結論にたどり着いていたのだ ―― それ、すなわち。



 『フェリクス殿下、変態説』 である。



 ―――― きっと彼には、ののしられて(よろこ)ぶ性癖でもあるのだろう、と思っていた。


 そして、悩んだ。


 なぜなら、最近、彼のことを意識していた過去を思い出したばかりだったから。


 ―――― つまり、彼のリクエストを私は、


 『ほかならぬ貴女にののしられたい』


 という、歪んだ愛情表現だと勘違いしてしまっていたのだ。


 ―――― 受け入れれば、生涯、変態に付き合わねばならなくなるかも、しれない。


 ―――― 受け入れなければ、彼とは、おそらく、このまま終わってしまう。


 ―――― ならば。


 変態をガマンしても、フェリクス殿下に付き合おう……


 そう、真剣に考えて、この場に臨んだのだ。



 しかしここにきて、フェリクス殿下は、『違う』 とのたまう。

 どういうわけだ。



「いや、それが、実は兄のほうだったんだ…… 黙っていて、済まない。対外的には、追放したことになっているものだから……」


「今さらライオネル殿下をののしったところで、わたくしの怒りは解けませんし、わたくしの名誉も回復いたしませんけれど?」


「…… ああ、すまない。あなたのためももちろん、あるんだが、兄のためでもあるんだよ、アデーレ。協力して、いただけないだろうか」


 フェリクス殿下の説明によると ――――


 ライオネル殿下は、詳細な経緯は省くが、肉屋のおかみ (名前忘れた) の罵声に()れ込んだのだという。


 『真剣に叱ってもらえることが、あんなに素晴らしいとは思わなかった』


 と、フェリクス殿下にも何度も語っていたそうだ。


 しかし、どのような理由があろうと、身勝手な婚約破棄も平民との 『真実の愛』 及び略奪愛も、王室としては当然、許せるものではなく ――――


 ライオネル殿下は、私との婚約を破棄したあと、肉屋のおかみ (名前忘れた) を諦めるまで城の地下シェルターに幽閉されることになったそうだ。



「それで、僕が暫定的に王太子になってるんだけど、正直、(ガラ)じゃなくてね。

 兄上は恋愛的にはポンコツだけれど、政治的には僕よりも優れているから……

 できれば早く、アデーレ、あなたとの婚約破棄を取り消して、王太子位に戻ってほしいんだ」


「…… そのために、わたくしに、ライオネル殿下をののしって、彼の心を取り戻せ、と……?」


 声の震えを、私は隠せなくなっていた。


 感動した…… なんてことは、もちろん、ない。


 呆れ30%、怒り60%、情けなさ10%、といったところだ。


 ―――― フェリクス殿下は、私のことをなんとも、思っていなかった。


 私のストレス解消のことは、考えてくれていたのかもしれないけれど……


 それよりももっと、彼が考えていたのは、お兄様のことのほう。


 それって。


 ―――― 悩んで悩んで、それでも 【変態】 フェリクス殿下を受け入れる決意を固めてきた私が ……


 ただの、バカではないの。


 え? これって、怒っていい?

 怒って、いいよね?

 相手、私に確認もせずに 『彼女も兄と復縁したいに違いない』 とか思い込んで、悪気なく騙しにかかる、無自覚鬼畜だもんね?


 よし、決めた。



 すぅぅぅぅぅ ……



 私は、半眼を閉じて息をお腹いっぱいに吸い込むと、耳をつんざくようなソプラノに、勢いよく変換した。




「この、スカポンタンーーーー!!!」




 ―――― あれ。


 『ののしられたい』 はずのライオネル殿下だけじゃなく。


 なんだか、フェリクス殿下のお顔まで、ウットリしてる ――――!?

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとぉぉーー! そんな事情が! そして! それよりもこの王家大丈夫なんですかぁーー!
[一言] この国ではマサキ・マサキ神教が国教なんですか?
[一言] Σ(゜∀゜ノ)ノキャー!♡これぞ王家の血筋←違
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