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王子のお願いと先輩方の涙と。

 どうやらフェリクス王子は、隣の王妃殿下の部屋から、マリー様がすごい剣幕で()()()立てている声を聞きつけて、仲裁に入ってくれたらしい。


 ―――― 「マリーさんは元気がよろしいのね (意訳 : もっと静かにさせなさい)」 とのたまう、王妃殿下の笑顔が目に見えるようだ……



「君の先輩は体調が悪そうだよ、ええと……」


「男爵家のお嬢様、マリー・ハーンですわぁ、フェリクス様ぁ」


 ちょ、自分のこと 『お嬢様』 とか呼んじゃダメ。

 必死でマリー様を止めようとする私を、目で 『いいから』 と制して、にこやかにうなずくフェリクス王子。


「さて、ハーン男爵令嬢。君の先輩は具合が良くないようだ。

 僕は彼女を医務室に連れて行くから、君は、仕事の続きをできるかな?」


「あたし、そんなのわかんないんですぅ……! 今も、アデーレ様にバカにされまくっててぇ……」


 いや、それ違う。困りすぎて、バカにする余裕なんてありませんでしたとも。


「だからぁ、フェリクス様が助けてくださいますかぁ……?」


 ―――― あのねマリー様、人の話ちゃんと聞こうか?


 そもそもどうして、王太子殿下に 『侍女の仕事を助けて』 なんてリクエストができるわけ?


 それに、フェリクス殿下は今、私を…… あれ?


 もしかして、殿下ご本人が私を医務室まで送ってくださる、ってことに?


 ―――― いや、ありだとは思いますよ?


 私、公爵令嬢だし。

 つまりは、王子殿下のイトコだし。


 けどね、今は一応、侍女という立場上、送っていただいたりすると、色々とややこしいのですよ。

 特にややこしいのは、目の前にいる新人さんだけどね。


「いえ、わたくし、ひとりで参れます……」


「それはいけない。顔が、真っ青だよ。今にも倒れてしまいそうだ」


 言うなり、ふわりと抱きかかえられてしまった。


 あああ…… そんなことしたら……


 マリー様の顔つきが……


 めちゃくちゃ、こわくなっちゃってるのに。


「招待状の指導は、そうだね、別の侍女に頼むといいよ。

 僕からもよろしく、伝えておくから」


「はぁい…… わかりましたぁ……」


 さすがのマリー様も、王子殿下にはギリギリ素直…… 

 ここで 「でもぉ」 とか言われたらどうしよう、と胃がキリキリしていただけに、ほっとする。

 あ、でも、このすさまじい不満顔はまた後で、注意しなきゃ…… 淑女はどんな時にも、にこやかにするものだから。


 ―――― くっ…… 胃が、ますます痛い ……




 医務室で薬をもらって飲み、ベッドに横になると、フェリクス王子は真面目な顔で話しかけてきた。


「すまないね、アデーレ。君を、こんな目に遭わせてしまっていて……」


「お気になさらないで。フェリクス殿下のせいでは、ございませんから」


 そう、原因のほとんどは、婚約者がいながら肉屋の人妻に()れたライオネル殿下のせいだ。


 あとは、お金払って娘を王室に押しつけたハーン男爵と、当の娘であるマリー様と、もってまわった嫌がらせを嬉々としてする先輩方のせいだ。


 それに、自分を優秀だと信じて、言われるままに新人教育を引き受けてしまった、私自身のせいも、もちろんあるだろうし……


 と、それはともかく。



「フェリクス殿下は、全く悪く、ございませんでしょう?」


「いや、兄のこと…… 知っていたのに、止められなかったから……」


 責任を感じているのだろう、しょんぼりとうなだれるフェリクス王子。ちょっと、かわいい。


「ですから、殿下のせいでは…… 「だから」


 なぐさめようとしたセリフを(さえぎ)って、フェリクス王子は私の隣にひざまづいて、ぐいっと顔を寄せてきた。


 大型犬みたいな優しい瞳と目がばっちり合って、(ガラ)にもなくドギマギしてしまう。

 これまで私は、ライオネル殿下の婚約者だったから、ほかの人を意識したことはなかったけれど……


 フェリクス殿下のことだって、嫌いではない。

 というか、むしろ、昔は…… いえいえ。

 そんなことを考えては、はしたない。婚約破棄されたばかりだというのに。


「アデーレ……」


 フェリクス殿下のお顔が、ものすごく真剣になっている。

 そうそう、昔はこのお顔を見る度に、ときめいた…… ではなくて。


 しっかりしなければ、私。


 このシチュエーションはもしかして、求婚(プロポーズ)なのかもしれないのに…… って。


 何を変な期待をしているの、私!


「どうされまして? フェリクス殿下?」


 内心で何を考えていようとも、上辺はニッコリ落ち着いて。


 これが、公爵令嬢スキルだ。


「あの、その……」


 フェリクス殿下は、なぜか非常にモジモジしておられた。


 ―――― これは、やはり、求婚(プロポーズ)……?

 いえ、期待しているわけではないけど!


「……………… 僕を」


「はい」


「僕を…… 思いっきり、ののしってもらえないだろうか……!」


「ええ……… って、あら…… どうしましょう?」


 なんですって!?

 いま 『ののしって』 って、言ったのこの人!?

 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?

 なにそれ!?


 ―――― あら、いけない。


 私ったら、思い切り動揺してしまったではないの。







「君が、あの新人の子に苦労しているのはわかっているんだ…… それでも、どんな時も声を荒げることなく、頑張って根気よく教え諭しているのも…… 本当に、頑張ってるよね」


「いえ、そのような……」


 落ち着いた後、フェリクス王子が説明しはじめたその言葉に、つい、目頭(めがしら)がじんわりしてしまいそうになる。



 ―――― これまで、お仕えしている王妃殿下や、侍女長のランゲ侯爵夫人からは、ニコニコとしながら


「マリーさんはとっても無邪気で可愛らしいお方ね。ねえそうでしょう? アデーレさん?

(意訳 : 教育係なんだから何とかしてよね)」


 としか、言ってもらえなかった。



 ―――― 先輩侍女の皆様はもっとひどい。

 陰でマリー様に、


「アデーレ様はあなたのことを見下している」


「アデーレ様にとって、下位貴族なんて道端のゴミのようなものだから」


 などと偏見を吹き込んで、より教育をしにくくしているのだ。


 いやゴミにした覚えはないんですよ!?


 舞踏会でもお茶会でも、こちらから話しかけても、彼女たちが勝手に線引きして上っ面な愛想笑いを浮かべながら遠ざかっていっていたではないの。けっこう寂しかったんだけどな、あれ。


 勢い、王家や上位貴族の方々と一緒にいるしかなくなってしまったからといって、下位貴族や平民の皆様を、ゴミ扱いしたことは1回もない。


 わかってもらえてないのは、私が悪いのかもしれないけれど……

 うーん。本当に、そんなつもりなかったのに。



「頑張っている、だなんて。もったいのうございます、フェリクス殿下」


 フェリクス殿下の優しい言葉に、つい出てしまいそうになる愚痴と涙とを、公爵令嬢スキルで抑える。


「わたくしなど、まだまだ未熟なだけで、ございます」


「いや、頑張ってるよ。アデーレは、よくやっている。それでは、ストレスもたまるだろう」


「いえ、そのようなことは」


「顔色がまだ青いよ? 胃がボロボロなんだろう…… つらいね、アデーレ。僕からも、侍女長にそれとなく言っておくから」


「ありがとう存じます……」


 フェリクス殿下って、なんて、欲しい言葉をくれる方なんだろう。


 また泣きそうになって、私はあわててうつむいた。


「だから、ね」


 フェリクス殿下は、私の肩に優しく手を置き、顔をのぞきこんできた。


 はっ…… 距離、近すぎ!


「アデーレ。僕を思いっきり、ののしってほしい。きっと、いいストレス解消になるよ」


「無理です。ご身分をお考えくださいませ」


 王太子殿下を 『思いっきりののしる』 だなんて。

 胃に穴あく、確実に。



「ダメなのか……」


「ええ、いけません」


「…… 僕からの 『お願い』 なのに?」


 いや、それはずるい!

 王太子からの 『お願い』 を断れる立場の人なんて、めったにいないし、私だって微妙なのに!

 (今、侍女だから余計に!)


 こういう時には王妃殿下に泣きつくのが普通だけど、それで公爵家と王家の間が余計にギクシャクしちゃったら、私が侍女になっている意味、ないし。


 ―――― ここは、我慢だ。


「かしこまりました」


「じゃあ、さっそく!」


「……いえ、少しお時間をくださいませ。

 わたくし、人をののしったことも、ののしろうと思ったことも、ございませんので」


 これは本当。

 だって、公爵令嬢だけやってた時は、周囲の人が顔色見て、全部やってくれてたから。

 大きな声出す必要とか、全然なかったんだよね。


 ―――― 昔は甘やかされたお嬢様だったんだな、私……


 そう思えるから、今、侍女やって色んな人に揉まれてるのも、悪くはないかもしれない。

 少なくとも、交渉力はちょっとは身に付いた!

 胃の調子がずっと良くないから、ダイエットにもなってるしね!


「これから、ののしり方を調べて身につけ、口筋と腹筋を鍛え上げて早口の大声が出るようにいたしますので…… 1ヵ月後、ではいかがでしょう?」


 その間に、これらのメニューはこなしつつ、実践のほうはせずに済むように、父に泣きついてなんとかしてもらおう。

(侍女に出された、とはいっても、それは世間に向けてのスタイルで、親子仲が悪いわけじゃない。)


「わかった、楽しみにしているよ!」


 王太子はぱっ、と顔をかがやかせて、私の手を取ったのだった。





 しばらく医務室で休んで戻ってみると、マリー様の姿はどこかに消えて、先輩侍女の皆さんがしくしく泣きながら招待状を清書していた。


 ―――― どうやら私がいない間に、マリー様のことで侍女長のランゲ侯爵夫人に叱られ、皆でマリー様を教育しようとして返り討ちにあった…… というところらしい。


「ごめんなさい、アデーレ様」


「あんな大変な子と思わなかったの!」


「これからは、皆で育てて…… うっ…… いきましょうね、アデーレ様」


「ええっ、わたくしはあの子無理です! もうダメ、実家に帰りたい……」


 ―――― わかってくれたなら、いいです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] マリー嬢、本当にブレませんね。 フェリクス王子は、真面目キャラかと思いきや、 思いっきり、ののしってもらえないだろうかの、 破壊力がすごいです。 ツッコミばかりでアデーレ様の胃に、 穴が開…
2021/09/03 12:47 退会済み
管理
[良い点] 王太子はドMですか!? まさきさんとこの罵倒令嬢を思い出したじゃないですか! にやにや!
[一言] 殿下……ステキな方だけど、くせ者? 間咲先輩が下↓で、熱い握手を交わしていらっしゃいますし(笑)。
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