『星のお話』
これは私が母から幼少期に聞いた星のお話だ。
夜空に輝く星はね、地球に住む人が流した涙なのよ。
お空には、涙を飴細工のようにコーティングしてくれる星宮さんがいて、空を流れる河に沢山浮かべているの。
ほらあそこに浮かぶオリオンの三つ星ベルトも、夏の大三角形も、蠍の真っ赤な心臓も元は誰かが流した涙なのよ。
だから、あなたが涙を流したとしても、夜空を見上げて。
星宮さんが、綺麗にしてくれるから。と。
今日は七夕。トリノが暮らす街では星宮祭が行われる。
星宮祭は涙を星に変えて、空に浮かべてくれる星宮さんが、この日だけ短冊を浮かべてくれると言い伝えられているお祭りで、毎年広場にある大きなカササギ笹に短冊を飾る。今年もカササギ笹は、空に届きそうな大きさで、その青々とした葉を目一杯広げていた。
友人のトネリが向こう側で、家族と今年生まれた妹を連れて、短冊の飾り付けをしていた。
どんな願い事を書いたのだろう。
列に並んで、待っていると自分の番が来た。何を書くかは既に決めていた。
身重の母を案じて願い事を書いた。
僕も来年以降はトネリのように家族みんなで来るのだろう。母の為に屋台で売られているベビーカステラを買った。
田んぼの横の小川を通り、農道の裏をを通ると街の全景が見える丘に着く。
見慣れた街が、ガス灯と色とりどりの飾り付けによっていつもよりも一段と輝いて見えた。
トリノが街を眺めていると、丘に誰かが向かってくる足音が聞こえた。
茂みの中から、現れたのは和風の服装をした人だった。服は白地に艶やかな紋様が施されている。その人が言った。
「トリノさんですよね?」
僕は戸惑った。なんで自分の名前を知っているのか。
「そうです。」と僕は答えた。
「やはり。ずっとあなたを探していました。」人はそう言った。
「なぜですか。」疑問を持って答えると、和風の人は答えた。
「あなたは星宮になる人だからです。」
「え、僕がですか」
トリノは驚いた。子供の頃、母から聞いたお話の存在に僕がなるというのかと思い、もう一度、その人をみた。
「私は星宮です。新しく星宮になる人をずっと探していました。」
この人がお話になっている星宮なのか、トリノはまじまじとその人を見た。確かにこの辺にはいない顔立ちをしていた。真っ白な服に、純白の雪のような肌の色は地球の人ではない異世界から来た人の雰囲気を纏っていた。
「あなたには、任務が与えられています。」星宮としての仕事があるようだ。
「何の仕事ですか。」トリノは聞き返した。
「銀河に涙を流す仕事です。」お話の中に出てくる仕事だった。
「あと、今日この後、牽牛と織女が出会う手伝いをお願いしたいのですが。」トリノは自分がおとぎの国の住人に選ばれた気がして、嬉しかった。
「家に帰らなくてもいいのですか。」星宮が尋ねた。
「大丈夫です。」トリノは星宮になることを決めた。一時の高揚感が彼を包んでいた。
「ではいきましょうか。」星宮が夜空を指差す。
「はい。」トリノは返事した。すっと体が上空に浮く。
数時間後、あの丘にはベビーカステラの袋だけが転がっていた。
星宮祭の夜、満点の夜空に二人の人影が浮かんでいた。それ以降、彼の姿を見たものはいない。