オーバーヘッド外伝~龍のいないアガーラ~
2020年は、歴史において、少なくともこの21世紀においては特異な1年として未来永劫語られるだろう。世界中に蔓延した新型ウイルス。それに伴い、日本国内だけでなく世界中でありとあらゆるスポーツイベントが取りやめとなり、最大の祭典であるオリンピックですら1年の延期を余儀なくされた。日本のサッカー界もリーグ戦開幕がズレにズレ、プロアマ混合の一大トーナメントであり、第100回のメモリアルでもあった天翔杯も、参加チームを大幅に削減。Jリーグカップも年内に決まるはずの王者が、決勝進出チームに罹患者が出たことで延期。今後の状況次第では同点優勝という扱いになる可能性もあるという。
そんな中で行われた2020年のJリーグ。その1部リーグで戦う我らがアガーラ和歌山にとっても、今シーズンはクラブ史に残る1年であると言えた。
昨年のシーズン閉幕後、五輪を弾みに海外でのステップアップを目論んでいた、若き左のサイドアタッカー・緒方達也がドイツ・フランクフルトへ完全移籍。そして、2012年のプロ入り以来、8年にわたってチームのエースに君臨。J1で3度、J2でも2度の得点王を獲得し、両ディビジョンで通算100ゴール以上をマークした稀代の怪物・剣崎龍一も、クラブを再び高みに導くべくイングランドに渡った。前年には竹内俊也という攻撃の要が巣立ったチームにあって、アガーラ和歌山という大木における『幹』である剣崎の移籍は、大げさに言えばチームの存亡にも関わりかねない事態だった。
「あれだけの男、抜けたら単なる得点源の喪失にとどまらない。あのカリスマ性があったからこそチームが持っているところもあったし、いかなる苦境も耐えきれた。監督である僕自身もずいぶん助けられてたし、極論を言えば甘えていた。まあ、いろいろ厳しいシーズンになると思う。主人公の名前がタイトルのアニメで主人公がいなくなったようなものですから。特例で降格がないのは不謹慎だけどホッとしてる自分は確かにいますね」
開幕が延期となり、レギュレーションが発表された折のリモート取材において、松本大成監督はそう語る。特に最後の一文には、普段本音を見せない指揮官の本心がにじみ出ていた。
昨年オフ、剣崎と緒方のほかにも和歌山は退団者が相次いだ。ここ数年の補強の影響と不況により、最終収益こそ黒字を計時したものの、ライセンス制度導入後最少の収益にとどまり、一部の主力を放出することに。センターバックとして日本代表にまで上り詰めたDF外村貴司は浦和へ、左サイドバックのレギュラーだったDF西岡陵眞は川崎へ、春先に得点を量産し、ドリブラーとして評価を高めたFW塚原慎二はJ1復帰を目指す磐田へ、古巣へのUターンとなる河本育人とともにそれぞれ完全移籍で去った。また、武者修行としてFW平井直人がJ2新潟へ、FW守山賢人がJ3の長野へそれぞれ期限付き移籍で旅立つ。
そのほか、いわゆる戦力外としてMF世良樹彦、GK野本淳、DF古木真、DF吉原裕也もチームを去った。古木は若くして現役を退き、和歌山ジュニアユースのコーチに転身する。
一方でいくつか朗報も。まずは年明け早々にこんな会見がアガーラ和歌山のクラブハウスで行われた。
「えー…。ようやく。認められました。今日から僕は日本人です。名前は…『鶴来大成』です」
無数のフラッシュの中、年号が変わった時の官房長官のように色紙を掲げて、ソン・テジョン改め鶴来大成が満面の上身を浮かべた。
2014年、アガーラ和歌山が初めてJ1を戦ったその年、補強の目玉として和歌山に入団した韓国人DFは、母子家庭で育ち辛酸を舐めながらトップクラスのサッカー選手になりながら、それが元で代表合宿で虐めに遭い、その報復に暴力行為を起こして追放の憂き目にあった過去を持つ。もともと母国の空気がなんとなく肌に合わなかったこと、母親が『もしこの国で生きるのが辛いなら、国を変えてくれてもいい』と後押しがあったこともあって、来日直後から日本語を猛勉強。5年目のシーズンを終えた18年シーズン終了後から申請を出しており、2020年シーズン開幕前にこれが受理された。
名前を日本名に改めるあたって、名前はテジョンの日本読みである「たいせい」とし、苗字は剣崎の「剣」の字を拝借しつつ、その訓読みである「つるぎ」に当てた苗字に代えた。
実は剣崎とソンはともに母子家庭で育ったという共通項があり、来日当初から友好を深め、年に数回は親子を交えて剣崎の実家で交流を深めていた。その恩にあやかり、剣崎から名前を拝借した格好になった。
「剣崎くんは来日したシーズンからずっと声をかけてくれて、母子家庭の苦労を分かち合える最高の…『兄弟』だった。日本人になるときは彼の名前を使いたかった。さすがに「剣」の字を使うのは恐れ多かったので…w」
ちなみに、ソンの帰化を後押しした母親は2年前に病死しており、彼の晴れ姿を見ることはかなわなかった。ソン…いや、鶴来はそれに触れられると涙を流しながら真っすぐに語った。
「天国の…母に、感謝をしたい…。最初の僕を産んでくれて…育ててくれたので…。今は天国から、新しい僕を…見守ってほしい…。僕も、最高の…姿を…届けたい…です…」
詰まりながらも、どもりのない日本語でそう語った鶴来の語学力に、彼の並々ならぬ努力の跡が見えた。これに伴い背番号も心機一転、18に変更する。
また、補強については守備を中心に補強。最大の目玉は鹿島から完全移籍で獲得した小野寺英一だ。リオオリンピックに出場したU-23日本代表のメンバーであり、長らく鹿島の最終ラインを支えた屈指の実力者の加入は、それなりに驚きが持たれた。
「オリンピックでも一緒に戦った選手と、同じユニフォームを日本代表以外で着る日が来るとは思いませんでした。しかし、必要とされていることは間違いないし、松本監督をはじめクラブの首脳陣の皆さんの熱意を感じました。ただ戦力になるだけでなく、鹿島で培ったものを還元したいと思います」
真新しい背番号5のユニフォームを着ながら、誇らしげに決意を語った。
新人戦力としては大学生FW関祥太郎と園原勉、藤井亮の高校生MF2人を獲得。関は関東大学サッカーリーグ得点王の実績を持ち、昨年はガリバ大阪で在学生のまま特別強化指定選手としてプレー。すでにJ1リーグ戦で3試合に出場し、1アシストを記録している。園原と藤井はともに九州出身。園原は熊本・南阿蘇高でボランチ、藤井は鹿児島・薩摩実業でサイドハーフとして1年生のころからレギュラーでプレー、直近の高校サッカー選手権にも出場しており、将来は有望な戦力だ。
そして最たる変化はフロントにあった。これまでは今石博明GMが全ての戦力強化の権限を有していたが、このたび新たに強化部長と言う役職を作り、主に現役選手の引き抜き、あるいは移籍交渉の権限を独立させた。今石GMはトップチームの補強における最終的な決定権を持ちつつ、今後は育成面や新人発掘に重心を置く。
その強化部長に就任するのは、竹内俊也の実父であり、かつてコーチとして在籍した縁もある竹内貴久氏。浦和、大宮、そして近年は名古屋でコーチやフロント業を歴任しており、Jリーグクラブ同士の人脈は広い。和歌山が今後クラブとして躍進するうえで、現役選手獲得のパイプ強化は必須だっただけに、この判断が吉と出るか凶と出るかは興味深いところだ。
この過酷な条件下、無事に開幕した2020年のJリーグ。無観客という環境で行われたシーズンは、和歌山にとって難しい戦いを強いられた。開幕戦、湘南のホーム平塚に乗り込んだ和歌山のスタメンは以下の通り。
GK1天野大輔
DF18鶴来大成
DF3上原隆志
DF5小野寺英一
DF19寺橋和樹
MF2猪口太一
MF10小宮榮秦
MF37榎坂学
MF8栗栖将人
FW14関祥太郎
FW33村田一志
エースFWとして期待されているブラジル人ストライカー、リカルド・サントスは前年終盤の故障で復帰のメドがまだついておらず、松本監督は大卒ストライカー関とポストプレーに長ける若手FW村田の2トップで構成した。
しかし、試合は激しいプレッシングを武器とする湘南が主導権を握る。関や榎坂といった若いアタッカーたちはボールを持つとドリブルで強引に打開しようとするが、そのたびに強烈なプレスの網にかかりペースを取り返せない。ただ、かといってピンチを迎えるシーンも多くなかった。
新たにDFリーダーに君臨した小野寺が、天野とともに守備を引き締め、特に上原の動きが一段と見違える。日本でも屈指の強豪・鹿島でユースのころから守備のまとめ役を担い、オリンピック代表でも内海秀人(元湘南、和歌山。現在はドイツ・フォルクスブルグでプレーする現役日本代表)とともに要を担ってきた小野寺は、今の和歌山では一番その判断に長ける。指示を受ける側に徹することができた上原は、その高い身体能力で湘南の攻撃を幾度となく断ち切った。
こうして試合は前半をスコアレスで折り返す。そして後半に入る前、松本監督はさっそく手を打つ。
榎坂に代えて江川を投入して彼をボランチに回し、小宮を右サイドハーフに配置。両サイドに司令塔を添えることで、ボールの預けどころを明確にした。そしてこの二人が味方を落ち着かせ、敵のプレスをいなし始める。これが湘南の選手たちの消耗を促し、次第に主導権が移り始める。
そして期待のルーキーが、この均衡を破った。
「ほう、いい動きじゃねえか」
関の一瞬のアイコンタクトに反応した小宮が、最終ラインの裏にドンピシャのポイントにパスを出し、関がそれに寸分狂わず合わせる。丁寧にゴールに流し込んで先制点を挙げると、そのまま和歌山は逃げ切った。
鮮やかに開幕戦を飾ったものの、続くホーム紀三井寺の開幕試合になった第2節の神戸戦は、日本代表の主力であるFW西谷に2ゴール2アシストの大暴れを許し1-4で敗戦。先制を許した後に栗栖がフリーキックを直接叩き込んで追いついたが、その後は質量ともに圧倒的な神戸の前になすすべなく散った。
その後、敵地での川崎戦、ホームでの鹿島戦、広島戦とここ5年のリーグ王者に1分2敗と苦戦。6試合目に敵地清水で未勝利をストップさせたが、カードに恵まれなかったこともあって開幕10試合は2勝3分け5敗と大きく出遅れた。この苦戦の時期を、キャプテンを託されていたMF猪口太一はこう振り返った。
「全員での守備での意思統一は格段に進んで、最後の詰めの部分は去年より耐えれている感覚があったんですけど、それが結果につながっていなかったのがきつかった。そして前線については僕たち守備陣以上に苦労してたと思います。どうしても剣崎と比べられちゃって、ちょっとでもシュートを外すと『決定力不足』って簡単に騒がれる。言い方はあれですけど、あれは剣崎が異常なのであって、サッカーってそもそも2点3点を簡単に決められるスポーツじゃないですから。新人の関や若い須藤、村田はやりづらかったと思います。それをチームとしてフォローできてなかったのが課題でしたね」
猪口の言うように、結果にはつながってはいなかったが、実際和歌山の失点数は決して崩壊とされるレベルではなかった。引き分けた試合はすべて1失点に抑えており、神戸戦以外の複数失点は第3節の川崎戦(0-3)だけだった。身体能力に頼る比重が大きかった守備に、小野寺という経験豊富な頭脳を手に入れたアガーラは、絶対的エースの喪失を違う形で懸命にこらえていた。つけたすなら、この間対戦したチームの多くは、前述のようにリーグ王者経験チームばかりで力量差があり、勝利した相手が予算が同規模の湘南、ここ数年残留争いを強いられている清水であることが逆説的に証明していた。
そしてその予感は見事に的中する。11節、ホームに大分を迎えた試合で守備陣が噛み合って完封。攻撃面でも関が10試合ぶりのゴールで先制点を挙げ、2トップを組んだ須藤が2ゴールと活躍し3-0の完勝で遅れていたホーム初白星を挙げる。続く敵地尾道戦、ホーム鳥栖戦はともに1-0で勝利し3連勝を飾る。その勢いを持って敵地浦和に乗り込んだ14節。スタメンは次の通り。
GK1天野大輔
DF18鶴来大成
DF3上原隆志
DF5小野寺英一
DF19寺橋和樹
MF2猪口太一
MF24根島雄介
MF10小宮榮秦
MF8栗栖将人
FW11リカルド・サントス
FW13須藤京一
頼れるブラジル人ストライカー、リカルド・サントスの復帰戦でもあった一戦は、ボール支配率こそ劣ったがシュート数は互角という拮抗した試合に。後半に入り浦和の運動量が落ち始めると試合の流れを取り戻し、リカルド・サントスが自ら獲得したPKを沈めて先制。さらに終盤、パワープレーを仕掛けた浦和のセットプレーを耐え抜いた末のカウンターがハマり、須藤がとどめを刺し、2-0の完勝で4連勝を飾る。手ごたえが結果という形として現れたことで、チーム全体に大きな自信がつき、2020年シーズンの大きな指針となった。その後若干もたついたが、前半戦ラストのホーム札幌戦でリカルド・サントスのハットトリックと、関の途中出場弾で4-1と快勝。出遅れを取り返し、7勝4分け6敗と勝ち越して中断期間に入った。
この期間中、クラブは数人の選手を迎える。
J3で昇格争いを演じていた沼津からDFカイオ・ロドリーゴを獲得(背番号6)。名古屋でくすぶっていた和歌山ユース出身のDF三上宗一(同32)をレンタルで呼び戻し、オーストラリア・ブリスベンFCからは日本でのプレー経験もあるポストプレイヤー、元豪州代表FWケビン・マーカス(同31)も加入。サイドバックの層を強化し、若手だらけの前線に手本となる経験値を与えた。特にマーカスは自身の役割を認識し「自分の経験は必ず若人たちの糧になる。ピッチの中だけでなく、外でも戦力になりたい」と語り、コロナ禍によって設けられる隔離期間を経て合流後は須藤や関、村田と積極的にコミュニケーションをとった。
そして後半戦のスタートはホームに絶好調の川崎を迎える。スタメンは以下の通り。
GK30本田真吾
DF18鶴来大成
DF3上原隆志
DF5小野寺英一
DF6カイオ・ロドリーゴ
MF2猪口太一
MF15園原勉
MF10小宮榮秦
MF8栗栖将人
FW11リカルド・サントス
FW14関祥太郎
天野、須藤が直前の負傷で、根島がコンディション不良でベンチ外という状況で、本田と高卒ルーキー園原、獲得したばかりのカイオ・ロドリーゴを抜擢。関もスタメンに起用するなどフレッシュな面々をそろえて川崎に挑む。終始圧倒されて3得点を奪われて敗れたものの、カイオは随所に対人戦の強さを見せ、園原もルーキーらしからぬ落ち着きを見せてフル出場。そして関が一矢報いるミドルシュートを決めた。この試合で得たものを松本監督はこう振り返っている。
「デビュー戦の園原やいきなりカテゴリーが2つ上がったカイオは、ミスもあったけどそれを含めて『自分らしさ』をはっきり出してプレーできていた。ここ数年スタメンとベンチの力量に差が生まれることが多かったけど、この試合はそれを感じなかった。これは大きな希望だと思った。3-1で負けてるってのはあんまりよくはないんだけど、手ごたえと結果が噛み合わないのはシーズン序盤に経験済み。悲観する雰囲気は全くなかったし、この齟齬を全員で悔しがれた。『今年降格があったとしても大丈夫だな』と感じられた今季一番のゲームでしたね」
そしてこのころから、須藤の目の色が明らかに変わった。
話をシーズン序盤に戻す。剣崎が抜けたFW陣は常にその功績との比較にさらされ、心ない非難を受けることも少なくなかった。特に須藤はその矢面に立たされ続けた。
「まあしょうがないと言えばしょうがないんすけどねえ…」
シーズン後、当時を振り返ってもらったときに、須藤はそう苦笑する。
「俺の立場って、どうしても比較されるんすよ。剣さんにガミさん(矢神真也、現・シュツットガルト)、そして俺ってユースの得点王なんすよ。前の二人が日本代表に選ばれたり、海外クラブでプレーしたりしてるからどうしても俺も続けって思われるし、俺自身も続きたいと思ってる。だからこんなとこでくすぶってる場合じゃないんすけどね。でも、成長できてない自分が悪いし、危機感は4持ってるつもりでしたよ。でも、後半戦最初の試合で関がゴール決めたの見て、『ほんとにヤバい』って焦りましたね。でも今までの自分ならここで張り切りすぎて空回ってたんすけどね。ケビンさんがいろいろアドバイスくれたし、気持ちのコントロールを特に意識したんですよ。だから焦りを力に変えれたのかな」
中断期間に獲得した元豪州代表FWのケビン・マーカスは、千葉と大宮、福岡でのプレー経験を持ち、5年間で41得点をマークしている。ただ、日本でのプレーは4年ぶりであり、国内リーグではここ2年間でわずか3得点しか挙げられず解雇されたばかり。年齢も35歳と当時は獲得に懐疑的な反応が多かった。ただ、彼の獲得を主導した竹内貴久強化部長はその意図を語る。
「私が以前いた時もそうなんですが、このチームは『若さ』や『伸びしろ』にあふれている一方で、そこに落とし込む経験というものがなかった。常に年齢層が低いチームなんですよ。剣崎や俊也、小宮といった自分からどんどん吸収出来るタイプは天井知らずに伸びていくけど、どこか受け身の要素があるようなタイプは伸び悩みがちだった。マーカスは僕が大宮でコーチをやっていたときもそうだけど、教え魔とてもいうか、いい意味でおせっかいで、なんで伸び悩んでいるのかという嗅覚が鋭い。須藤にしろ村田にしろ、もうちょっと伸びておかしくない選手に起爆剤にできればなと思って。もちろん、まだ第一線で動けるコンディション、フィジカルをキープしていたからこその獲得ですけどね」
ケビン・マーカス自身は、シーズンの出場は6試合、時間にして33分の出場にとどまり、ノーゴールに終わったが、誰よりも早く練習場に現れて身体を動かし、時間が許される限り入念にクールダウンを行いコンディションを保つプロフェッショナルな姿勢に感銘を受けた若手は多かった。さらに彼が世界で戦う上で培ってきた技術は、可能な限り須藤ら若きアタッカーたちに伝授された。結果、須藤は2020年シーズンにキャリア初の二桁ゴールとなる12得点をマークする。ようやく開花と周囲を喜ばせたが、「せめて背番号(13)に並べたかった…」と最終戦後に肩を落とした姿に、松本監督はむしろ満足げ。
「もっとできたと手ごたえを感じている証拠。来年も期待できるよ」
さてシーズンの戦いぶりだが、補強がハマり、若手の台頭もあって開幕後の失速を見事に取り返し、意気揚々と後半戦に臨んだ。初っ端、川崎に力負けを喫したが、その後AC東京、鳥栖、尾道に3連勝。優勝戦線に加わるかと周囲の期待を抱かせたが、その尾道戦でセンターバックの小野寺、栗栖が負傷離脱したあたりから潮目が変わる。同時に上原、鶴来が累積で出場停止となった影響で守備の要を欠いて臨んだ広島戦のオーダーは以下の通り。
GK30本田真吾
DF32三上宗一
DF2猪口太一
DF6カイオ・ロドリーゴ
DF19寺橋和樹
MF17近森芳和
MF24根島雄介
MF10小宮榮秦
MF7桐嶋和也
FW14関祥太郎
FW13須藤京一
センターバックの代役はボランチの猪口とサイドバックのカイオをそれぞれスライド。さらに近森、桐嶋を今季初スタメンに起用。しかし、試合はこれまでの快進撃がウソのようにちぐはぐな戦いに終始。特に初スタメンの二人は空回りが目立ち、4-0の完敗を喫する。するとここから負の連鎖反応か、故障者が続出する。小宮、カイオ、関、根島、さらにリカルド・サントス。攻守の要となる選手がことごとく離脱し、秋口までベストメンバーを組めず。3勝2敗でスタートした後半戦だが、広島戦以降の8試合は1勝2分け5敗と失速する。個々の質は高まったが、優勝戦線に挑む上でもう一つ重要な選手層の厚みがまだ十分でないことを露呈した。それを逆説的に裏付けるように、小野寺、リカルド・サントス、カイオ・ロドリーゴらが戻ったラスト4試合は、鹿島、神戸ら強豪を含めながら全勝で閉幕。15勝6分け13敗、勝ち点51の8位で波乱のシーズンを終えた。
チームはここ数年の閉塞感を破ったかのような、順位以上の手ごたえを得たシーズンとなった。前述の須藤だけでなく、同じプレースタイルのマーカスに師事した村田もたくましさを増し、こちらもキャリアハイの7ゴール。さらに武者修行を経て帰還しながら、J1の壁に阻まれてきたユース出身の生え抜き成谷もプロ初ゴールを含め3得点と、若手FW陣の成長が光った。ルーキーの関も8得点と健闘したことも希望を持たせた。他に天野が負傷離脱した期間に本間が代役を全うし急成長。天野復帰後もその座を譲らず、閉幕までゴールマウスを守り続けた。また昨年シーズン途中からのFW起用で攻撃センスを磨いた猪口が、チームでただ一人34試合フルタイム出場。タックル数、インターセプト数はリーグトップを記録しつつ、パスやスルーパスもチーム内で小宮、栗栖をもしのぐ数字を残し、奪って繋ぐボランチの鏡のような成績を残した。
2020年シーズンベストメンバー
GK30本田真吾
DF18鶴来大成
DF3上原隆志
DF5小野寺英一
DF6カイオ・ロドリーゴ
MF2猪口太一
MF24根島雄介
MF10小宮榮秦
MF8栗栖将人
FW13須藤京一
FW14関祥太郎
シーズンを総括し、松本監督はこう締めくくった。
「非常に難しいシーズンでしたけど、それなりに成長を感じられた一年でした。特に攻撃陣。剣崎や竹内の穴を埋めることができたといっていいでしょうねえ。ただ選手が抜けるとまだまだ層が十分じゃないのかなとも。今のうちの戦力を見ると、同じシーズンで複数タイトルをとるのは難しい。ただ今シーズンについては補強も一定の成果を上げられたので、今後への期待も大きく持てるようにはなりました。このオフの動き次第で、来年はもっと上、一番上を狙えると思います」
アガーラ和歌山という大木。その幹を欠き、世界中も混乱の渦中にあったシーズンに、大きなものを得ることができた。これが来年どう花開くのか。チームの改革はなおも続く。