肉体を得る喜びと肉体を失う悲しみ
筋肉つけるっていいですよね。現実世界のチャックノリスやセガールやヴァンダムって異世界だとどのくらい強いんでしょうね。
そんな厨二病心を筋トレしながら思い出したので書いてみました。
その時。俺の僧帽筋上部にイナズマの様な衝撃が走った。
振り返ると目の前にはかつての仲間達、戦乙女たるヴァルキュリアとその戦士エインヘリアル達だった。
「邪魔をするな!我が上腕二頭筋の力!!忘れたわけではあるまい」
少し後ずさるエインヘリアル達をよそに戦乙女は一歩も引く様子はなかった。
さすが元我が主人。
「ならば…。仕方ない!」
俺はあらん限りの腓腹筋の力を使い一気に間合いを詰めた。
これは異世界に行ってしばらくした頃の話である。
〜プロローグおわり
◇
彼女に捨てられて始めた筋トレは今日でちょうど一年になる。
始めはヨリを戻すために自分を変えようと決意し、一番分かりやすい方法として外見を変えるため始めたのが筋トレだった。
以降、悲しみを感じれば感じるほど、それをかき消すように、より強度の高い筋トレに励んだ。
彼女を失う代わりに大胸筋を得て、友が去る代わりに腹直筋はシックスパックに割れ会社からリストラを宣告された3ヶ月後にはハムストリングが浮き上がった。
そして今となっては目的と手段が入れ替わり過去の未練は消え逞しく肥大した大胸筋を触るだけで俺の心は満たされらようになった。
そんな俺を友人は筋肉と会話する変態と言うが、言いたければ言えばいい。俺にはこの大胸筋、三角筋、上腕二頭筋、前腕筋、腹直筋、ハムストリングがある。
そう心の中で呟きながら俺は大胸筋を動かし筋肉と会話する。
悲しみとともに筋トレに励んだ過程の中で俺に一つの座右の銘ができた。
「筋肉を持つものは筋肉を持たざるものを助けよ」
そして今の状況はと言うと…。自宅でビッグ3をした後の10キロランニングをしている最中に川で溺れかけている少年を見つけたところだ。
少年は息継ぎとも判然としない声で助けを呼んでいる。
「いま助けに行くぞ!」
服を脱ぎ俺は肢体を晒し川に飛び込んだ。スイミングスクールに通っていた経験を活かせる時が来るとは!
俺は颯爽とクロールの形に入るがその異変にすぐに気づいた。いくらバタ足をしても前に進めないのだ。水をいくら掻いても前に進まず、それどころか水に浮かない!
みるみるうちに俺は水の中に沈んでいく。
苦しい…
息が…。できない。
パニック状況の俺は水の中で空気を取り込もうと不覚にも口を開けて思いっきり水を飲んでしまった。
その後の事は語るべくもない。
次に俺が気が付いた時は溺れた川の少し上空に飛んでいた。
「これ、そこの人間。」
何か聞こえた気がしたがその声を俺は無視し現状把握に努めた。
「俺はきっと死んだんだな。」
「察しがいいではないか。って無視するなー!私の弔辞を聞けー!!」
「死ぬと精神が空を飛んで舞い上がるなんて空想だと思っていたけど本当なんだな」
とズレた事を感心しながら割と冷静に自分の死を受け止められた。
「えー。この度はまだこれからと言う若さの内にお亡くなりになり大変残念…」
しかし死後に空耳が聞こえると言う話は聞いたことないな。
「だから私の話を聞けー!」
川で溺れていた少年はずぶ濡れになった中肉中背の男性と共に岸に上がっていたところだった。
よかったと胸を撫で下ろした。
一つ心残りがあるとすれば。
「俺の鍛えた肉体は持っていけないのか」
今になって体脂肪率が極端に低いボディビルダーは水に浮かないと言うTVで観た内容を思い出した。それでも肉体に対する未練は捨てきれない。
「なんだ肉体を持って行きたいのか?むしろ肉体は持っていくに決まっておろう。私としてもそうでなくては困る」
その時俺は驚き初めてその空耳の方を振り返った。
「な…何よ。」
引きつった顔をした甲冑を着た女がそこにはいた。髪が白い。異国人か?まあ死後に異国もクソも無いだろうが。
「その話!どう言う意味だ!?」
その女は冷静な表情を繕い話し始めた。
「やっと私の話を聞く気になったのね。私は「グラス」命を失ったあなたを迎えに来た乙女よ!あなたはこれから二つの選択が与えられるわ。一つはこのまま魂の状態として天に召され約束された安息の地へ行く。もう一つは再び肉体を与えられ修羅の道へ行くこと。」
グラスと名乗ったその女は一呼吸置いて話を続けた。
「さあ、須田タケシ!あなたは…」
「肉体を選ぶ!!」
俺は即答した!
「さあ!早く蘇らせてくれ!!さあ!はよ!はよ!」
グラスは何故かうつむきながら肩を震わせている。
「なんだ!?トイレか?それならさっさと済ませて肉体を蘇らせてくれ!はよ!はよーー!しかしトイレかぁ。死んでわかる新陳代謝の素晴らしさ!」
「私の決め台詞を取るなーー!」
その罵声と共に目の前が光に包まれた。
まあ魂だから目なんてないんだけどね。
そしてどれだけだったか分からないが再び目を覚ましたのは真っ赤な絨毯の上だった。今度は本物の目だ。
この大胸筋のピクピク!立つとしっかり大地との繋がりをカーフからハムストリングと続き決してブレない軸として体幹が感じる。
そして立ってみて気づいた。真っ赤な絨毯の横にグラスがいる。さらに奥にはもう1人の女さらに奥にはやたらとデカい椅子にさらに負けないデカイ態度の男がいた。まあ見たらわかる明らかに「王様」とかそう言う人だろう。
グラスが言った。
「やっと起きたわね」
呆れた顔で一瞥した後、調子を直して続けた。
「ようこそ首都ヴァールハラへ!須田タケシよ!あなたは私グラスとの契約によりオーデン様を守る戦士として私のエインヘリアルとして使役される運命となりました!」
今回はあらすじみたいなところまで書きました。次回は戦闘と世界観設定に触れて行きたいと思います。
お時間がある時に是非ご一読ください。