第3話 飴ちゃんの力
☆ ☆ ☆
「ええねん、ええねん。ウチなあ割と満足に生きたから。せやから別に、そういうのいらんねん」
「いえ、でも規定でそうなっているんですよ!! だからお願いですから何か選んでください~っ!!」
中世ヨーロッパの絵画に描かれているようなその美しい女神は、泣きそうな顔で彼女に懇願していた。今にも土下座しそうな勢いで。頭の上に乗っている花の冠も、なんだかしょんぼりとしていて元気がない。
ふんわりとした服は体にゆったりと巻き付いており、出るべきところは出て、くびれるべきところはくびれている。だが、少しだけウエストのくびれが減ったような気がすると、天使たちの中ではもっぱらの噂である。
「そんなん言われてもねえ……」
ヒョウがセンターにズドンと一匹描かれた赤とも紫ともつかない服を着て、きつめのパーマを当てた五十路ほどの女性が溜息を吐く。
「なんでも! なんでもいいんです! なんなら一つと言わず二つとか三つとか……!」
「二つももらえるの? なんやえらいお得やねえ。でもさっき言ってた、なんやった?」
「え、どんな敵でも一撃で屠る聖剣『ムルンバスターソード』ですか? それとも、どんな敵にも必中の『ヨーキ神弓』ですか? 私の名前の武器でしたら『神槍 メルトガズル』。あとは、さっき言ったのの他にも、色々ありますよ? 斧でも、刀でも……あっ、扱いやすさで言えば短剣とかも!! やっと選んでくれる気になりましたか?!」
女神メルトの顔が晴れて、今にもぴょんぴょんと飛び跳ねそうに喜んでいる。
「うーん、ウチそういう物騒なのは嫌なんよ。だから、貰えるにしてもそういうのじゃないのがええわぁ」
「ええ……? でも……。こんなチート武器があれば、無傷でトッププレイヤーになれますよ。エミさんの生まれ変わる体は最強の冒険者仕様になっていますし、美少女ですよ……? 美少女最強冒険者、かっこよくないですか?」
「かっこええというか、目立つのは好きやけどねえ。ウチも、大阪ではわりと美人で鳴らしてたんよ? チート? とかそういうのよく分からんし、物騒じゃない方法で目立ちたいわ」
「……う、うう……ううう……うぅ~」
女神はついにポロポロと大粒の涙をこぼしてしまう。
「物騒な方法でしか償えなくてごめんなさいぃ! わ、私がもっとしっかりしてればエミさんだってまだ生きてたのにぃ…! 私の天使を庇って死んじゃうなんてぇ…!!」
座り込んでびえええ~とみっともなく泣きじゃくる女神。
この女性、エミが大阪のとある場所で助けたのは、天使だった。正確には、助ける必要のないものを助けて死んでしまった、のだ。
天使は普通は人間には見えないのだが、『透明化』がこの天使にかかっておらず、見えてしまっていた。天使は人間界のものは意識しなければなんでもすり抜けるので、いつものようにふわふわと低空に浮きながら道路を渡ろうとしたところ、エミが運悪く助けようとトラックに飛び込んでしまったらしい。
ちなみに天使がそこにいた理由は、この号泣している女神メルトのお使い。大阪のとある激うまスイーツの購入だった。
「あら~、あららぁ……。泣かんといて~。ごめんね、意地悪言ってるわけじゃないんよ。ごめんね……」
おろおろと泣きじゃくるメルトの周りをうろつくエミ。
「こんな時に飴ちゃんあったら……」
いつの間にか態勢を崩して突っ伏して泣いていたメルトが、がばっと顔を上げる。
「飴ちゃん! 飴ちゃんですか!! 飴ちゃんが出てくる袋なんてあったらどうですか!?」
「あら、それええねえ。物騒なこともないし」
「『スキルキャンディバース』の能力です。もしよければ、いつもエミさんが使っていたこの飴の袋を使いますか?」
メルトが、どこから出したのかつぎはぎの巾着袋を差し出す。エミはそれを大事そうに受け取った。
「せやねえ、この袋持っていけるんやったら嬉しいわぁ。この飴ちゃんの袋はね、ウチのおばあちゃんの袋だったんよねぇ。若いころには使ってなかったんやけど、なんか年取ってきたら、すごく好きになってね」
「そうだったんですね……。大丈夫です、これを持って行ってもらえます。この袋に『スキルキャンディバース』の能力を付与します」
女神メルトがエミの持つ巾着袋に手を翳すと掌の前に魔法陣が現れる。
袋がふわりと浮いたと思うと、その魔法陣を吸い込み、一瞬光った。
こうしてあっさりと、このつぎはぎの巾着袋は神の力を授かったアイテムになった。
満足そうに巾着袋を抱えるエミ。
そして、ふと気づいていそいそと袋に手を入れる。エミは不思議そうな顔をしながら袋の中から手を出す。その手に握られていたのは『いちごみるく』だった。
「泣かせてしもてごめんね、お姉ちゃん。はい、ウチが一番好きな『いちごみるく』の飴ちゃん」
それを受け取ったメルトは、すぐさま封を破って口に放り込んだ。
彼女のほっぺたがふにゃふにゃと緩む。
それを、エミはニコニコしながら嬉しそうに見ていた。
「甘くてじんわり口の中が幸せになりますぅ~。この甘みと酸味の絶妙なバランスがいいんですよね~」
「せやろ~」
メルトは『いちごみるく』の飴を舐めながら、閃いた! とばかりに袋に手を翳して追加の魔法を注ぎ込む。
「この『いちごみるく』の味に、チートなやつ一つ注ぎ込んでおきました! 一人一回きりのスペシャルな神のスキルです。エミさん異世界に着いたらすぐに食べて下さいね!」
「飴ちゃんが出るだけで嬉しいし、そんなんええのに~。でも、ありがとうねお姉ちゃん」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「とまあ、こんな感じでね~。そういえばお姉ちゃんにそんなこと言われてたのにウチ食べるの忘れてたわ」
彼女は、袋に手を入れると『いちごみるく』の飴を取り出して舐めた。
すぐさま光の柱が降り注ぎ、「『いちごみるく』の効果により『スキルレベル上限突破』を取得しました」と事務的に声が聞こえる。
「さ、さっき会ったばかりなのに、僕にそんな話をしていいのか?」
このエミという少女は、神の加護を受けた最強の武器をあっさりと放棄して、この飴ちゃんが出せるというアイテムを選んだということだ。いや、このつぎはぎの袋も、確かに神の加護を受けているアイテムには違いないが、それにしても…。
自分がその立場だったら絶対にそんな選択はしないのに。
変わってほしい。
「なんや、お兄ちゃんもしかして悪いやつなん? 綺麗なお姉ちゃんも、この『いちごみるく』の飴ちゃんだけは悪いやつには食べさせたらあかんでって言ってたわ~。でも、ウチ思うんやけど、ほんまに悪い子が、仲間の子に出て行かれてそんな死にそうに悲しい顔はせえへんよねぇ」
「……そう、かな?」
世の中は、思っているより邪悪だ。
なんでもないような顔で僕を裏切ったあいつらも、悲しい顔くらいはするだろう。この少女がこの飴をほいほい色んな人に配るのは、なんとかして阻止しないといけない。
「その飴、『いちごみるく』以外にもあるの?」
「あるよ~。さっきのお姉ちゃんの話なあ、続きがあるねん」