第18話 武器と防具を選んでください
「ここからは分かる! さあ、こっちだ!」
大穴街に出た途端、また元気に先頭を歩き出すティア。
やれやれ……。
『ルクスド武具店』と立て看板が立っている場所、赤く塗られたドアを開けると、ドアについたベルがカララン、と響いた。彼女は店内を気にする風でもなく店に入っていく。ついて入ると、鋼や革そのほかの素材の匂い、そして少し焦げたような匂いがする。
大きな回転砥石が店の奥に置かれ、その近くには研磨や手入れの依頼をされたのであろう武器がいくつか置かれていた。
あの赤い鞘の刀は、もしかして69レベルのダンジョンで取れる、刀身も紅い『茜流し』か……? そして、その隣にあるのは、多分55レベルのダンジョンで取れる双剣『サトナギ』。
教会の蔵書で見たことがある武器がいくつか並んでいる。
大半の冒険者が鋼の武器防具を使っている中で、魔力を含んだ素材『神材』を多く含んでいる武器は、ほぼ全てダンジョン産だ。
神材は、普通の鉱山でもごく稀に出てくることがあるが、少量しか取れない。それに、普通の手順で武器にしたところで、それは魔力を含まないただの合金武器になってしまう。神材を魔力を含んだ状態で打てる鍛冶屋は僅かしかいないし、実用に耐えられる武器は本当に桁を数えると眩暈がするくらい高い。それだけの労力や技術が必要なものなので、値段が下がることはまずないし、出回ることもない。鍛冶屋が作った神材武器は、国王や大きな領土を持つ領主など、一握りが手にすることのできる逸品だ。
神材が使われている武器は、強いが手入れが難しく、手練れの職人でなければ手入れできないものが多い。相当の実力を持った冒険者が、その武器の手入れ先としてこの店を選んでいるというのは、武具屋の指標になる。
なるほど、この店はティアの言うとおり、信頼のできる店のようだ。
それ以外にも店に並んでいる武器や防具を見て回っていると、奥からメガネを掛けた柔和そうな老人が、ひょこりひょこりと足を引きずりながら姿を現した。
「これはこれは、ティア様ではないですか。今日は酔ってらっしゃらないのですね? こちらから入っていらっしゃるとは。どうなされたのですか?」
「じぃ……! ……コホン。ルクスドよ、今日は私のパーティに入ったこの二人に武器と防具を見繕ってやってほしいのだ」
ティアがエミとナナノを指して言う。
……私のパーティとは……。
あと今、最初に《《じい》》って言わなかったか? 言ったよな。
「おやおや、ティア様を酒場から引っ張り出せる勇者が出てくるとは思いませんでした」
ルクスドと呼ばれた老人は、にこにこと僕を見る。
「こ、この勇者だからパーティを組んだのではないぞ、ヴァルードが私を紹介したみたいで……。そ、それだけだからな!」
照れているのか嫌がっているのかよく分からないが、ティアがそう店主に話す。
そして、こちらを振り返り、僕らに店主を紹介してくれた。
「…紹介する。この店主の名はハザル、ハザル・ルクスドだ。装備品の販売だけではなく、手入れもこなせる優秀な商売人で職人だ」
「ご紹介にあずかりました、ハザル・ルクスドと申します。なるほど、ヴァルードの紹介でしたか。それでは、酒場に入り浸るのも終わりにしないといけませんね」
「……ぐっ」
ぐっ、じゃない……。
やはり酒に逃げていたのもあるが、単純に好きなのだろう。別に僕も鬼や悪魔じゃない。ベロベロになるまで呑むのは許可できないが、ダンジョンから帰った後に夕食と一緒に数杯呑む位なら許すつもりだ。
「それにしても、すごいモンスターを連れた猛獣使いがいらっしゃいますね」
気にならないはずはないこの猛獣、テン君。ちょっと見た目は怖いかもしれないけど、慣れると可愛いんですよ? と言いたい。
その店主の言葉に誇らしげに大きな胸を張るティア。
「ああ、そうだろう!! エミの連れているのは、あの伝説のノルカヒョウ。名をテンノウジという」
「テンノウジ……」
「そうやねん、愛称はテン君! 可愛いやろ!」
頭を撫でながら、エミが笑う。うん、可愛い。
あ、いやテン君のことだ。エミはもちろん可愛いけど。
「このモンスターに見合う武器防具となりますと、流石に値が張りますよ……?」
「いや、テン君に関しては今回はなしで。エミとナナノの武器と防具だけお願いしたいんだ」
「承知いたしました。それでは、パーソナルカードを見せていただけますか? 私が職に合う装備をある程度絞って持って参りますので」
「昨日作ったやつやね」
エミとナナノができたてほやほやのパーソナルカードを店主に差し出す。
なるほど、この店は自分で選ぶのではなく店主が武器や防具を選んでくれるのか。これは助かる。猛獣使いも忍者も、僕には未知の職種だったし。
ハザルはそのカードをじっと見て、店内にある武器と防具をいくつか持ってきてくれた。しかし、それを置いたと思うと彼女たちに試着させるでもなく、僕の方に近付いてくる。
「貴方がこのパーティのリーダーですよね?」
「うん、そうだけど……」
「二人ともダンジョンスキルを持っていないのに記載されている、この『+』は、なにか特別なものですよね? もしよろしければ詳細を教えていただけますか? 武器や防具は、身を守るための物。私の見立てで、なにか不具合があってはいけませんから」
「これは『いちごみるく』の飴ちゃんによって得た、『スキルレベル上限突破』というスキルの表記なんだ」
「……なるほど」
店主は神妙な顔で頷いた。
えっ、分かるの!? こんな冗談みたいな説明で!?
熟練の職人は、すごいのだな……。僕は生唾をごくりと飲み込む。
僕ももう少し詳しく話せればいいのだが、自分もこのスキルの事をよく知っているわけではないから、詳細もなにも語れないので仕方ない。
「い、今の説明で分かるのか?」
「あ、いえ正直『いちごみるく』うんぬんは、私にもちょっと意味が解りかねます」
やっぱり。
「しかし、この『+』がスキルレベル上限の突破の表記であるとするならばSMになっているスキルでなければ、恐らくは発動しないのだろうと思いました。そうであれば、今の彼女たちの装備に関しては、特に問題はないと判断しただけです」
「そういうことか…」
「ただ、そうなりますと、貴方とティア様は…武器防具を新調された方が良いのでは? お二人はいくつかのスキルはSMでしょうし、この表記がされているのですよね?」
その言葉に、僕はぎくりとした。
僕もティアも、レベルに見合ったそれなりの装備を着けている。店主はその武器や防具を見て、僕がダンジョンには何度も潜っていると分かったのだろう。ティアはもちろん、元々知り合いのようだし。
ティアがむっとした表情を見せる。
「あ、いや…その…。僕には付いているんだけど…」
「私の! カードには!! そんな表記は!!! ないっ!!!!」
怒気を孕んだ声で、ティアは恐らく僕に向かって言う。
うう……仕方ないだろう、こればっかりは。
「こいつは、私をパーティにスカウトしにきておきながら、仲間外れにする酷い奴なのよぉ!! 何が仲間よぉ! 私の事を本当に仲間だと認めてないくせにぃ! 『いちごみるく』の飴ちゃん、私にもちょうだいよぉ!」
僕を指差しながらキーキーと喚き散らすティア。
「ユウ君…」
エミとナナノが心配そうにこちらを見ている。一方的に喚かれても困る。こちらにも言い分というものがあるのだから。
「……この際だから、はっきり言う」
「何よぉ!」
「僕がパーティに誘う前、普段からティアはずっと酒場にいたよな」
「そっ、それが……?」
「酒場に行く度にずっと飲んだくれている姿を僕は見ている。ほんとうに! いつ行っても君はいて! 酔い潰れてた!!」
「……だ、だからそれが……なんだって言うのよ」
「ティアの力も能力も、パーティになった今なら僕にはわかる。戦えるだけの力を持っていながら、どのパーティにも所属しないで酒場の端っこでぐだぐだと酔い潰れていた人間に、信用なんてどこにもないだろう! 違うか!?」
「………」
「エミの『いちごみるく』の飴ちゃんは、ほんっとうにレアなスキルを付与する飴ちゃんなんだ。そしてもう残り一つしか、そのスキル付きの飴ちゃんはない。その一つはこれからも僕らとずっと冒険してくれる信用できる人間にしか渡せない」
「わ、私が……なんであんな風に飲んだくれてたかも知らないで、好き勝手言わないでよぉ!! あんたみたいなのがリーダーのこんなパーティなんか、出て行ってやるぅぅう!!」
「一度はダンジョぶぉぐぅ!!」
強烈なボディブローを入れられて、僕はその場に倒れ込んだ。いい拳してるじゃねえか……本当に魔法使いか?
「は……話は最後まで……、聞け……」
ティアはそのまま僕の言葉の途中で、ルクスド武具店から走って出て行ってしまった。
「ユウ君……今のはアカンで」
「ユウマさん……、自分の正論をぶつければいいってものじゃないですよ……?」
二人は困った顔で僕を見下ろしている。
「げほっ、別にティアに『いちごみるく』を渡さないとかじゃない。僕は……ただティアの力をちゃんと見てからにしたいだけで」
「分かってる。言い方の問題や……。あれはないわ」
「あんな責めるような言い方ってないですよ……」
「勇者の方たちはその特性上、女性の扱い方を分かっていない方が大変多いですからね」
店主がしれっと混じって、僕にきつい言葉を投げかけてくる。どうせ僕は女性の扱い方なんか分かってないよ、チクショウ。
「さっきの言い方じゃ、ティアさんが言ってたことを肯定しただけですよ。あんな風に言われたら、誰だって怒ります……」
飲んだくれているティアは、客観的に見て信用できるとは言い難かったんだから仕方ないだろう。それを伝えることの何が悪いのか……。話を最期まできかないティアが悪いのでは?
「はあ……。しゃあないなあ、ウチがちょっと行ってくるわ。あの子、なんか隠してるけど無理してるの分かるし……、ウチ気になって気になって……。テン君、ちょっとユウ君と一緒におってくれる?」
「テン君を置いて行く? なんで?」
エミはテン君の頭を愛おしそうに撫でる。
「テン君の位置をウチが分かるように、テン君にもウチの位置がわかるみたい。多分これ猛獣使いの特性やわ。見つけたらテン君を呼ぶから、見つからんようにして来て」
なるほど、そういうことか。
「分かった……」
エミが出て行き、僕はハザルとナナノとテン君とその場に残される。
ナナノが、ハザルに問いかけた。
「ねえ、ハザルさん……ティアさんはなんでずっと酒浸りだったんですか? それは、一体いつからだったんですか? ハザルさんは知っているんですよね?」
「はい、存じております。しかし、あの方が言いたくないことを私がしゃべるのは気が引けます」
それもそうだ……。
「そうですね……。エミさん、聞き出せるのかな」
あとは、エミに賭けるしかない。




