零の門⑤ 五の鍵
「私のことは2番目でいいから!風切さんのことを引きずったままでもいいからっ!前みたいに…笑ってよ…」
その日俺は、1番大切だった人の隣で、2番目に大切だった人を一生愛すると誓った。
「うーん、背が少し伸びて、髭も伸ばした。優しいしわが出来た。上手く言えないけど、成長したって感じがするね」
幼馴染。
小さいころから家族と同じくらい、いやそれ以上に日々を過ごしてきた相手。
だから、ただ褒められるだけでも恥ずかしくて、素直な思いを口にすることも出来ない。久しぶりの再会だというのに、感動の涙を流すことも出来ない。
そんな大人らしく振舞おうとする大人げない姿が滑稽なためか、悪戯っぽく微笑む少女。
…少女。幼馴染と年が離れるというのも可笑しな感覚だ。当時と同じあどけない姿だからこそ余計にそう思う。
「そっちは…変わらないな」
「………どの私と?」
息が詰まる。
真っ白で無機質な病室。窓際にポツンと存在する純白のベッド。
その上に確かに存在した、存在することだけを許された少女。その在り方は、人間というものを模倣した人形のようだった。
首元で1つに結び、肩から垂らすようにした髪が、風になびいているだけで生気を感じた。以前は風を切るように駆けていた少女の変わり果てた姿を前に、そんな些細な事を喜びにするしかなかった。
「…冗談。そんな真剣に受け止めないでよ」
「…わ、悪い冗談だな。大人をからかうもんじゃないぞ」
「ふふ、その言葉、女子高生に誘惑されている中年男性みたい。いくら年が離れたって言っても、そこまで更けるような年じゃないでしょ」
「当たり前だろ。それに誘惑だ何だって、そんな魅力の欠片もない服装をしている奴には言われたくないな」
少女の服装は青白い病衣。亡くなった時の服装がそのまま模倣されているのだろうが、生気が十分の状態では何ともあべこべだ。
特に、この服装で寝たきり以外の状態を見れなかった彼女だからこそ。
「そう…だね。この後はまず服を買いに行かないと…。要望を出したのはそっちなんだから、ちゃんと付いてきてよ、タッちゃん」
「そ、その呼び方はやめてくれよ。大人になると、色々と気恥ずかしいものがある」
「だから呼ぶんじゃない。タッちゃんは分かってないな~」
ようやく掴み掛けた懐かしい雰囲気に、お互いの笑みがこぼれる。
片や昨日のことでも、こちらからしたら10年前のことだ。いくら当時は毎日のことであったとしても、長い年月がその記憶に小さな虚を生んでいた。
それを感じ取ったからこそ、逸希も露骨に悪戯な態度を取るのだろう。
「ねえ達之、織部葉月さん、元気?」
でもこれは、悪戯じゃない。出来れば、ようやく思い出を取り戻しかけた時は避けて欲しかった。
「あ、ああ。…葉月な。今は東堂葉月だな。一児の母で幸せに暮らしているぞ」
「ふーん。…私と違っておっぱい大きかったしな~」
「あ、あのな逸希…」
「冗談」
「え?」
「だから冗談だよ」
本当に悪い冗談だ。ほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあ頑張ろうね、東堂達之さん」
それを見透かしたかのように腕を組んでくる風切逸希さん。