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第七十一話 ふたりの大切な人

結婚するって決めてから、

色々大変だった。


まずは両方の親へ挨拶。


オーストリアまで行くわけにもいかないので、

私のパパママへは、

テレビ電話で。


事情を知ってる2人だから、

幸せになるんだよって背中を押してくれた。


超多忙な天也のお父さん・お母さんも、

この時ばかりは時間を割いてくれて。


政治家とか、

超VIP御用達の高級料亭を用意してくれて。


私達の結婚を物凄く祝福してくれた。


特に天也ママ…蘭子さんは、

念願の娘が出来るって、

大喜び。


本来ならば、

そこに義兄になる優司さんもいるはずだった。


どうしても外せない用事があるとかで、

現れることはなかった。


天也は、

「兄貴の事だから、

今更そんな事しなくても、

もう家族だろ?って言ってるんじゃないの」

って言ってくれた。


けど、

本当の所は優司さんが、

私と会うのを避けてくれたんだと思う。


その心遣いはありがたかった。


今はまだ……顔を合わせたら、

冷静でいられないかもしれない……。


その時は……天也。


お願いだから、

この手をしっかり握っていてね。


それから、

私達は一緒に、

私の所属する事務所、

KVプロに向かった。


もちろん、

事前に結婚すると伝えた。


でもやっぱり、

電話だけってのもどうかと思って、

2人で出向くことにした。


その場で、

結婚会見を開くという話になって、

あっという間に日程まで決まった。


どうやら、

結婚すると電話で伝えた日から、

準備を始めていたみたい。


この一連の流れが、

たった1週間の間の出来事。


私はドラマの収録もあったし、

天也も仕事に練習にと、

大忙し。


だけど……苦痛には感じなかった。


それどころか、

この一歩一歩が、

幸せに繋がってるって思えて、

いつも以上に頑張れた。


何より……

結婚するんだって、

実感が湧いた。


あのマリッジブルーは、

心の奥に隠した気持ちがさせてたのかもしれない。


結婚するって意識を持てなかったのも、

この人じゃないって、

無意識に感じてたからだと思えてならない。


侑人さんにはすごく悪い事をしたって、

今更懺悔してる。


ごめんね。


そして今、

2月5日午前9時。


「朝から押し掛けてごめんね、

颯ちゃん」


「聖音ちゃんなら、

いつでも歓迎するよ」


私は1人で颯ちゃんの元へやってきた。


何故かというと……


「早速だけど、

これお願い」


私は鞄から封筒を取り出して、

それを颯ちゃんへ渡した。


「天也から、

俺は仕事で行けないけど、

頼むって連絡もらったよ」


そう言いながら、

封筒の中から紙を取り出して、

机の上に広げた。


「天也とね、

ここに名前書いてもらうの、

颯ちゃんしかいないって話したの。

私達を繋げてくれた恩人。

ちゃんと見届けてもらおうって」


「そんな事言われると、

緊張するなぁ~」


そう呟きながら、

広げた紙の右側に、

颯ちゃんは名前を書き始めた。


「でもやっぱり、

颯ちゃんに書いてほしい」


「まだ自分のも書いたことないのに……」


「颯ちゃんにも、

その内いい出会いがあるよ、きっと」


緊張すると言いつつ、

すらすらと名前を書き終えて、

印鑑を押した。


「はい。

これでいいよね?」


「うん、ありがとう」


颯ちゃんから、

その紙を受け取って、

私はじっくり眺めた。


「考えてみれば、

天也と聖音ちゃん、

名字一緒だから、

変わらないんだよな」


「うん。

これ書いてる時に、

天也とも笑ったんだけど、

この名字どっちにしますかって、

考えるまでもないよね」


「どっちにしても、

どっちも変わらない」


「そうそう。

これ出すとき、

多分また笑うよ」


「役所の人の顔が浮かぶなぁ」


そう。


私が今、手にしてるのは、

婚姻届。


もちろん、

左側はすでに記入済み。


夫になる人、朝日奈天也。


妻になる人、朝日奈聖音。


同じ名字の私達は、

届けを出す前なのに、

もう夫婦みたい。


颯ちゃんにお願いしたのは、

保証人。


もう一人も、

もう決めてる。


「ゆっくりしたいとこなんだけど、

行かなきゃならないとこがあるから、

もう行くね」


「ああ、今度は旦那と一緒においでよ。

結婚祝いに、

ご馳走するから」


「うん、ありがとう。

楽しみにしてる」


私は婚姻届を封筒に入れて、

颯ちゃんに手を振り、

お店を出た。


「運転手さん、お待たせしてすみません」


お店の前で待ってもらってたタクシーに乗り、

運転手さんに次の目的地を告げた。


今から向かうのは、

もう一人の保証人。


「もう一人は、

聖音に任せるよ」

と、天也に言われて、

最初に浮かんだ人。


「着きましたよ」


「ありがとうございました」


料金の支払いを済ませ、

タクシーを降りて、

私はとあるマンションに向かった。


残酷っていうんだと思う。


最低だってわかってる。


でも……そう決めた。


慣れた手つきで、部屋番を入力して、

インターホンを鳴らす。


「………はい」


「頼みがあるんだけど……いい?」


見えないけど、

きっと困ってると思う。


てか、怒ってるかも?


「……今、開けるから」


少ししてから、

そう言って、

鍵を開けてくれた。


「ありがとう」


そう言って、

私は彼の部屋へ向かった。


「……言いたい事いっぱいあるけど、

とりあえず頼みって何だ?」


不機嫌そうに、

彼……侑人さんは言った。


当然だよね。


別れた彼女、

それも結婚するはずだった相手が、

突然部屋に押し掛けてきたらさ。


でも、そんなの想定内。


「まずはね、報告があって来たの。

私は……天也と結婚します」


「…………」


「侑人さんが最後にくれた言葉……

自分の手で運命を掴んだって、

見せたかったの。

そして、

それを見届けて欲しくて、

今日はここまで来た」


そう言いながら、

私は鞄から封筒を出し、

婚姻届を広げて、ボールペンと一緒に机に置いた。


「頭おかしいって言われるかもしれない……

てか、言われるけど、

ここに侑人さんのサインをもらいにきたの」


空欄の保証人欄を指差して言った。


他にも見届けてもらいたい人はいる。


でも、ここに書いてもらう人は、

この人ほどの適任はいないと思った。


「………ふっ、ははっ!!」


侑人さんは、いきなり吹き出して笑った。


「やっぱり最高の女だな」


「えっ!?

それ褒めてるの?

素直に喜べないんだけど!」


私が思い切り膨れっ面してると、

「褒めてるんだよ」

って言いながら、侑人さんはまた笑った。


「俺が本気で愛した女なんだから、

最高に決まってるんだけどな」


「何よそれ」


「婚姻届け、書くよ」


侑人さんは椅子に座って、

ボールペンを手にすると、

何の躊躇いもなくサインし始めた。


「まさか、保証人の欄に書く事になるなんてな……」


「ごめんね、本当……非常識すぎた」


「聖音の口からそんな言葉が出るとは……」


「それ酷くない?

……って言えないやぁ」


「別れた彼氏に保証人になれなんて、

ぶっ飛びすぎだからね」


「それ言われると反論出来ない……」


「……はい、書いたよ」


受け取った婚姻届けには、

とても丁寧な字で、侑人さんの名前が書かれていた。


そこに一切の恨みはなくて、

ただ私の幸せを心から願ってくれているようだった。


「……ありがとう、

それからごめんなさい」


「本当、最後の最後までいい迷惑だ」


そう言ってるけど、

侑人さんからは怒りを感じなかった。


「もう2度と、

一人で男の部屋にのこのこ遊びに来るような真似すんなよ?」


「わかってるよ。

侑人さんじゃなかったら、

絶対来てないし!

じゃあねっ!」


私は婚姻届けを鞄に戻して、

早々に部屋を出た。


そして、一度だけ。


立ち止まって、

振り返って、

深くお辞儀をした。


沢山のありがとうと、

ごめんなさいを込めて。


そしてまた、歩き出した。


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