第七十話 もう離さない
「……さて。
聖音さん、真面目に話をしましょうか」
天也が沈黙を破って、
話し始めた。
「はい」
私はなぜか、
ソファーに正座して、
天也の方を向いた。
真面目にというワードのせいかな。
そしたら、
天也も背筋をピーンとして、
私の方を向いた。
「……っても、
何から話せばいいか、
わからないんだよな~」
「じゃあ……
私、質問してもいい?」
「いいよ」
質問してもいいなんて聞いておいて、
私もノープランだった。
何を聞けばいいか、
わからない。
苦し紛れで思い浮かんだ疑問……
「何で実家を離れて、
優司さんと2人で暮らしてたの?」
「え、今更!?」
ですよねぇ。
あの頃は、
一緒にいるだけで良かった。
何にも考えてなかったから。
「……簡単に言えば、
比良先生に教えてもらいたかったから」
「比良先生って……
四葉高校のバスケ部の顧問だった?」
「そう。
実は比良先生って、
NBAのチームでプレイしてた、
凄い人なんだよ。
移籍してすぐに大怪我をして、
引退してしまったんだけど。
そんな人から教わりたいって思って。
何度もお願いして、
1年かかって、
やっと四葉に転校したんだ。
で、その時に、
最初はマンション借りるつもりだったんだけど、
兄貴も同じタイミングで、
あっちに長期間住む話が出て、
親父もたまに仕事であっちに行くから、
って事で、
親父があの家を買ったんだ。
だから今も、
親父が別宅として使ってる」
「そうだったんだ……」
聞いてみれば、
結構単純な事。
もっと早く聞いても良かったかも。
「ついでに……一つ、
謝らないといけない事があるんだ」
「え?」
「初めて話すきっかけになったあれ、
実は偶然じゃなくて、
必然だったんだ」
「あれって……手紙の事?」
「うん。
間違って届いたんじゃなくて、
俺がわざと、
俺宛の手紙を聖音の家のポストに入れたんだ」
「うそ……」
初めて語られる真実に、
私は驚きを隠せなかった。
「中を開けて見られてたらアウトだったよ。
白紙の便箋を折って入れただけの、
手紙ともいえないような手紙だったしな」
「え、じゃあ……」
「そう。
全部、自作自演」
「そんな……」
神様が私達を引き合わせてくれた、
運命の出会いだと思ってたのに。
「どうしてもきっかけを作りたかったんだ。
手段を選んでる場合じゃなかった。
聖音を誰かにとられたくないって。
それ位本気だったから」
「天也……」
その熱い告白で、
さっきのショックはどこかへいった。
そして、
自分の手で運命にする、
という、侑人さんの言葉が重みを増した。
「ごめんな、夢壊して」
「ううん、そんな事ないよ。
凄く嬉しい。
それだけ私を思ってくれたんだって。
ありがとう」
私は天也に抱きついた。
「あの頃と俺の気持ちは何にも変わってない。
これから先も、何があっても。
重たいよな……こんなの言ったら」
「そんな事ないよ。
私だって一緒だもん。
私達は似た者同士なんだから。
ずっとそのままでいてね」
私も何があっても天也を思い続ける。
そんな重たい女だよ。
「今ね……凄く、
生きてて良かったって思ってる」
病気もしたし、
生死の境もさ迷った。
もう死んでもいいなんて思ったけど、
死ななくて良かった。
死んでたら、
この腕の中に戻れなかったもん。
「俺も……
生きて聖音に会えて良かった」
天也の鼓動、
ちゃんと聞こえる。
元気ですって言ってる。
「聖音、俺……」
私は天也が何か言いかけたのを、
制止するようにキスした。
もう言わなくていいよって。
言おうとしてることはもうわかった。
自殺未遂した事を言うんだよね?
そんな後ろ向きな言葉を言わせたくない。
「ずっとこうして抱き締めてあげる。
それで絶対に離さない」
天也はもう何も言わず、
ただ私を抱き締めてくれた。
私にも、
天也に知られたくない事がある。
それを一生言うつもりはない。
だからね、
天也もその秘密は、
言わなくてもいいよ。
知ってるけど、
知らないふりをするから。
「聖音……こっち見て」
「え?」
言うとおりに顔を上げると、
天也はキスしてくれた。
「結婚、しよう」
「え……」
突然のプロポーズに、
私はただ驚いて、
言葉を失った。
だってまだ……
付き合い始めて3日目だよ?
してもらえるなんて、
思ってもみなかった。
「本当はもっと、
ちゃんとしようって考えてたんだ。
ベタだけど、
夜景の見えるレストランで、とか。
でも……
そんな事の為に先延ばしにしたくな……
なんで泣いて……」
「泣いてなんか……」
天也に泣いてるって言われた瞬間、
私の目から涙が零れ落ちた。
強がったけど、
どんどん溢れてくる。
「ごめん……
こんなムードも何もないの、
嫌だよなぁ……
指輪だってないし……」
「違うのっ……!
嬉しくて……
こんな私で本当にいいの?」
「絶対に別れないって言ったの、
聖音だろ?」
「そうだけど……」
「聖音以外に考えられないから。
じゃなきゃ、プロポーズなんてしない。
もう一度言うよ。
俺と結婚してください」
私は次から次へと溢れる涙を、
必死に手で拭って、
「宜しくお願いしますっ」
って言った。
今度こそ、
本当に結婚するんだ。
自分の手で運命を掴んだ瞬間だった。