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第六十九話 強力パパママ

「えぇーっ!?

嘘ぉっ!?」


その衝撃の事実を聞かされたのは、

試写会の翌々日の事だった。


「昨日言おうと思ってたけど、

聖音、

それどころじゃなかっただろ?」


「う……そうだけど……」


昨日はドラマの収録が長引いて、

終わったのは日付が変わってからだった。


予定より2時間オーバー。


簡単に言えば、

私が、

一昨日の試写会での出来事をいじられて、

NG出してしまったから。


こんな事で集中出来なくなるなんて、

本当に私はまだまだだわ。


……あ、脱線してしまった。


話を戻そう。


約束通り、

終わってから天也と会って、

家に帰ってきたんだけど……


あまりにも疲れて(精神的に)、

私は天也の肩に寄りかかったまま、

眠ってしまったらしい。


完全に落ちた私を、

天也はベッドに運んでくれて。


そのまま朝になったの。


で、起きて一番に天也が言った事は


「ちょっと家に行ってくるから。

10分位で戻ってくる」


だった。


「わかった、

待って……え、10分!?」


一瞬聞き流しかけたんだけど、

やっぱり気になった。


「俺の家、

ここから5分もかからないよ」


「えぇーっ!?

嘘ぉっ!?」


そう。


衝撃の事実とは、

天也の家がここから数分の距離にあるってこと。


「なんで今まで教えてくれなかったの?」


「言う必要がなかったから。

それ以外にあるか?」


「うう……そう言われると」


反論出来ない。


確かに一昨日までは、

元恋人っていう、

他人だったもんね。


「つか……実家だし」


「実家!?」


「色々あって、

半強制的に連れ戻されたっつーか……

まぁ別に、

通えない距離でもないし」


「ここから体育館まで30分位だもんね?」


「会社はもう少し先なんだけど、

週3日位しか行かないし」


「そうなんだ……」


改めて、私は天也の事、

何にも知らないのかもしれないって思った。


前に付き合ってた頃も、

あまり話してくれなかったもんね。


「……今日はさ、

お互いに今思ってる事を話そうか」


私の気持ちに気付いてか、

天也はそう言った。


「えっ?」


「つーか、

俺が色々話さなきゃいけないなって。

聖音に話してない事、

沢山あるし」


ドキッとした。


その中には、

自殺未遂の事とかも入ってるの?


だとしたら、

私は上手く振る舞わないと。


「つー事で、

俺ん家に行こう」


「はいっ!?」


どうしてそういう展開になるの。

という謎と。


いきなり実家行くとか、心の準備が……

という緊張と。


実家=親に会う=ちゃんと思ってくれてる

という嬉しさを抱えて。


私は天也と一緒に、

天也の家に向かった。


いつもより入念にメイクして、

普段選ばない、

淡いピンクのワンピ着て、

清楚で可憐なイメージを装う。


「そんなに気合い入れなくても」


「第一印象は大事なの!」


「たかが家に行くだけだろ?」


「たかが……されど、なんだよ」


天也にしてみれば、

ただの帰宅だけど、

私には、

両親と初めて会うっていう、

大仕事なんだから。


「いや……じゃなくて。

まぁいいや。

行けばわかるから」


「何それー、

なんか怖いんだけど」


「ほら、

もう着いたぞ」


「えっ!?」


車に乗って、

本当に5分もかからずに、

天也は着いたと言った。


そこは、

立派な門構えの、

いわゆる豪邸だった。


「ここ……?」


「ここ。

門開けてもらってくるから」


そう言って、

車を降りて、

門の脇にあるインターホンを押して、

また車に戻ってきた。


それと同時に、

門が開いて、

ゆっくりと車が動き出した。


その瞬間、

初めて会った時に天也が言ったことを思い出した。


「なんか、同じニオイがする」


あの時は、

新手のナンパ程度に思って聞き流したけど、

その言葉の意味が今、

やっとわかった。


「ねぇ天也。

天也のご両親って、

どんなお仕事をされてるの?」


答え合わせのつもりで、

私は天也に聞いた。


「……父親は会社の社長。

母親は美容クリニックを経営してる」


門から少し入ったところにあるガレージに、

車を停めながら言った。


そのガレージも、

車を4台停められる広さで、

すでに超高級車が2台停められていた。


「……そういう事、だったんだね」


「何が?」


私の呟きに

天也は首を傾げていた。


「何でもないよ」


私はシートベルトを外しながら、

そう答えた。


――――初めて出会った頃、

私はお嬢様学校に通う、

社長令嬢だった。


……若干道を外れてはいたけど。


天也も社長令息。


同じニオイがする、というのは、

私達が似たような立場にある、

ってことだったんだ。


ちょっと考えてみれば、

確かにおかしな話だったんだ。


大学生の兄と、

高校生の弟の2人だけで、

普通の一軒家に住んでたんだから。


「ただいま」


「お邪魔します」


天也の後に続き、

一声かけてから、

中へと入った。


広い玄関ホールには、

左右に立派な胡蝶蘭の鉢植えが置かれていて、

それが出迎えてくれているようだった。


「あら、天也。

お帰り」


「ただいま。」


胡蝶蘭に目を奪われていると、

奥から声がした。


天也と誰かが話している。


慌てて、

私は天也を追った。


「おはようございますっ!!

朝早くから、

すみません、お邪魔して」


私は姿を見るよりも先に、

挨拶をして、

お辞儀した。


「いいのよ。

あら、あなた……」


「え……」


顔を上げて、

天也と話しているその人を見た。


白いシャツに、

スキニーデニムという、

凄くシンプルな格好なのに、

上品さとか、

色気が漂う女性。


「あ、初めましてよね。

天也の母の、蘭子です」


そう言って、

蘭子さんは会釈してくれた。


「朝日奈聖音で……きゃっ!!」


名前を言って、

頭を下げようとした瞬間、

私は蘭子さんに抱きつかれていた。


「写真で見るよりも、

やっぱり実物よね!!

可愛いわぁ~」


「……母さん、聖音引いてるから」


天也の助けが入って、

蘭子さんはぱっと離れて、

今度は私の手を握った。


「ごめんなさい、つい……

ほら、うちって、

こんなむさ苦しい男しかいないでしょ?

だから、

可愛い子みると……」


「い、いえ……」


「母さん、

行かなくていいのか?

予約入ったんだろ?」


「そうだったわ!

あーもう、何でこんな時に……

聖音ちゃん、

また今度、ゆっくりお話しましょうね」


蘭子さんは、

パタパタと玄関へ走っていった。


「はい!!」


私の返事は届いたかはわからない。


残された私達は、

ぽかーんとしていた。


「……ごめん、

あれが俺の母親」


天也は頭を押さえながら言った。


「とっても素敵な方だね。

上品で、美人で……」


「いいよ、はっきり言って。

騒がしいだろ?

いい年して、

若いっつーか……」


「そんな事……

あ、もしかして、

気合い入れなくてもいいって、

こういう事だったの?」


「あーうん、まぁな。

ああいう人だから、

普段通りでも問題ないし。

前に2人で撮った写真で、

聖音の事見てるしな」


「えっ!?

いつのやつ?」


「色々だよ。

ここに帰ってくる時に、

荷物を段ボール箱に詰めて送ったんだけど、

帰ってきたら、

全部出されて、

セッティングされててさ。

母さんの指示で、

ハウスキーパーさんがやってくれたらしいんだけど、

ご丁寧に、

奥の奥に詰め込んだ写真立てまで引っ張り出して、

飾ってくれてさ。

聖音が俺の部屋に飾れ、

って、くれたやつ全部」


「え、あれ全部!?

マジかぁ……」


昔付き合っていた時、

特に私が白血病になってからは、

よく写真を撮った。


それを百合ママに頼んで、

プリントしてもらって、

ついでに写真立てに入れて、

天也に渡してた。


治るって信じてたけど、

どこかでやっぱり怖かったんだと思う。


形で残したいって思ったのかも。


その中には、

天也とキスしてる写真もあったし、

裸で抱き合ったりなんかしてるのもあって。


……もちろん、

上半身しか写ってないけど。


どこからどうみても、

バカップル丸出しの、

痛い写真が多かったはず。


それを……見られたんだ。


てか、

棄ててなかったの?


私はもう、

棄てたと思ってた。


「イケイケ時代の、

黒歴史が……」


「ごめんな、

棄てられなくて」


「ううん、

持っててくれたことは、

凄く嬉しい。

私も……棄てられなかったもん。

今もあっちの家に置いてあるくらい」


「そんな訳で、

その写真を見て、

母さんは聖音の事気に入ったみたいでさ。

元カノだって言ったんだけどな……」


色々、

納得できた。


さっきの蘭子さんの言葉も、

天也の言った言葉の裏の意味も。


納得した上で、

自然と言葉が出てきた。


「ありがとう」


私は天也にお礼を言った。


「え、なんで?」


天也は不思議そうな顔をした。


「だって、

天也が写真を棄てないでいてくれたから、

私は天也のお母さんに、

顔を覚えてもらえた。

気に入ってもらえたのよね?

じゃあやっぱり、

天也のおかげだよ」


私がそう言うと、

天也はちょっとだけ考えて、

「……そう、なるのか」

と言った。


「そうなるね」


黒歴史を見られたというショックよりも、

彼女として覚えてもらえた喜びの方が強い。


……ん?


元カノって言ったって……


「今度会う時は、

ちゃんと、彼女だって紹介するから。

さっき言うチャンスなかったから」


「うん!!」


どこまでも単純な私は、

天也のそのたった一言で、

モヤモヤが吹っ飛んだ。


「……まぁ言わなくても、

家に連れてきてる時点で、

何となく想像はつくだろうけど」


「……それもそうだね」


そんな会話をしながら、

廊下を進み、

天也が立ち止まったのは、

一番奥の部屋の前。


「ここが、リビング。

今の時間なら、

誰もいないはずだから」


さっきみたいに、

いきなり遭遇、はない。


無言で頷いて、

ちょっとだけ、ほっとした。


……のも束の間だった。


天也がリビングのドアを開けた瞬間。


目の前に、

天也とそっくりな男の人が現れた。


「「うわっ」」


そして同時に驚いていた。


その人は、

天也を老けさせたような顔で、

だけど紳士なおじ様……


すぐに見当がついた。


「父さん!?」


「なんだ、天也か……」


そう言って、

天也のお父さんは笑った。


笑った顔もやっぱり似てる。


「なんでいるんだよ……」


天也がため息をつきながら、

呟いたのを、

お父さんは聞き逃さなかった。


「なんでって……

そりゃあ、自分の家だからな」


「そーゆう事じゃないんだよ。

普段なら、

もう会社だろ?」


「ああ、そっちか。

たまには重役出勤してみようかな、

なんて思っただけさ」


お父さんは、てへっという顔をした。


……リアクションに困る私。


とりあえずノーコメントで。


「父さん……聖音引いてるから」


なんかデジャブ?


さっきも聞いた台詞と、

その呆れ顔。


「まぁそんな硬い事言うなって。

そんなんじゃ老けるぞ☆」


天也のお父さんは……

ダンディーからは程遠い、

おちゃめさんでした。


「面白いです……お父さん」


精一杯笑顔を浮かべて、

なんとかこのノリについていこうとしたけど。


「聖音、顔ひきつってるぞ」


やっぱり無理っぽい。


「ところで……君、

天也の彼女さん?」


いきなり、

真面目顔に戻って、

天也のお父さんはズバッと核心をついてきた。


「あ、はい。

朝日奈聖音と申します」


「そうかそうか……

彼女さんかぁ……」


お父さんはなぜか、

瞳を潤ませていた。


「やっと天也にも春が……」


「余計なお世話だ!

さっさと会社行けよっ!!」


天也はお父さんの後ろに回って、

背中をぐいぐい押して、

リビングを追い出し、

ドアをバタンと閉めた。


「ちょっと、天也!

お父さん可哀想だよ」


多分日常茶飯事の、

親子喧嘩だと思うけど、

さすがにやり過ぎでない?


「いいんだよ、これくらいで!」


そう言った瞬間、

ドアが開いて、

お父さんは戻ってきた。


「聖音ちゃんは、

いい子だよなぁ~。

うちのバカ息子と違って」


そう言いながら、

私の手を両手で握って、

上下にブンブン振った。


「私なんて全然いい子じゃないです。

天也の方がずっといい人だし……」


「彼氏を立てるなんて、

聖音ちゃんは本当にいい子だ。

今日からお父さんって呼んでいいよ」


「あ、はい……」


お父さんの笑顔につられて、

私も笑顔で返したけど。


多分これ、

顔ひきつってるな……。


「父さん、仕事」


諦めたのか、呆れたのか、

天也は穏やかに、

諭すように言った。


「はいはい、

行きますよ」


お父さんはそう言って、

リビングを出た……


と思ったら、

振り返って。


「そうそう天也、さっきのお礼に、

明日は7時に出社な」


思いっきり笑顔で、

しかも手を振りながら言った。


「………嘘だろ!?」


落ち込む天也の隣で、

私は状況整理をして、

やっと気付いた。


「ちょっと待って……

天也のお父さんは社長さんで、

その会社で天也も働いてるって事?」


「そーゆう事。

で、社長の職権乱用して、

普段より1時間以上も早く出社しろってさ。

はぁ……」


天也は大きなため息をついて、

落ち込んでいた。


「ごめん、私のせい……」


そう言ったら、天也は

「そんな訳ねーだろ」

と言って、

私の肩を抱き寄せた。


「ちょっと聖音と過ごす時間が短くなるけど、

仕方ないな」


「平気だよ。

もうずっと会えなくなる訳じゃないもの」


離れていた5年以上の事を思えば、

一緒にいる時間が少し減るくらいなんでもない。


それに……


これから先、

ずっと一緒にいるんだもん。


だよね?


「てか、今日練習……」


「とっくに休みの連絡いれたから。

気にしなくていいよ。

とりあえず座ろう?」


「うん……」


そう言って天也が座ったソファーは、

たしかカッシーナのソファー。


40畳はありそうな、

広々としたリビング。


置かれているもの一つ一つに品があって、

多分どれも高級。


「あ、ごめん。

何か飲む?」


隣に座ると、

天也が思い出したように言った。


「ううん、大丈夫」


そう言って、

私は天也の肩にもたれかかった。


「どうかした?」


「ちょっと充電」


覚悟はして来たけど、

やっぱり好きな人の親と会うのって、

気を遣うし、大変。


「あんな親だから、

疲れて当然だよな」


「んー、

でも……怖ーい人よりかはずっといい。

優しくて、

面白いご両親だよね」


だから、

疲れたというよりは、

圧倒されたって感じ。


「じゃあ俺も……

充電しようかな」


しばらくの間、

私達は目的を忘れ、

静寂の中で甘い時を過ごしていた。

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