第六十五話 見えない心
「聖音ちゃん、
大変な事になった……!!」
陽流さんからの電話で、
目が覚めた。
その慌てように、
また良くない事が起きたとすぐにわかった。
―――週刊紙が発売された翌日。
その日の私のスケジュールは、
映画『虹の空に』の完成披露試写会のみで、
午前中はオフ。
久しぶりに朝寝坊してたんだけど…
「今すぐテレビをつけて。
チャンネルは8」
陽流さんの指示通り、
私はベッドから飛び起きて、
リビングに向かった。
急いでテレビをつけると、
一瞬侑人さんらしき人が映ったように見えた。
その後のニュースは、
新しいCMに、
最近人気急上昇中の若手モデルが起用された話。
「……これがどうかしたの?」
「タイミング悪かった……
あ、1にして」
今度はそう言うから、
チャンネルを1にした。
そこでは……
侑人さんが登場した、
昨日のイベントの様子が放送されていた。
「え、侑人さ……」
「しっ!聞いてて」
陽流さんに喋るのを止められて、
私はそのニュースを聞いた。
『貴臣さん、
今回の写真集のテーマは何ですか?』
『そうですね…
トワ・エ・モワ、
写真集のタイトル通りですね。
フランス語で君と僕という意味です。
前回の写真集よりも、
見てくれるファンと寄り添う風に仕上がってます。
簡単に言えば、
写真を通して、
感謝と愛を伝えてるんです』
写真集を出すというのは、
私も知っていた。
付き合っていた頃に撮影していたから。
本当なら今頃、
私達は結婚すると公にしてて、
独身最後の写真集だって宣伝するはずだった。
『それは、
お噂されている方にも、ですか?』
記者の1人が、
敢えて誰も口にしなかったその事を追及した。
侑人さんはその問いかけに、
笑顔を見せた。
それは、
別に問題じゃない。
答えたくない時の常套手段だから。
でも、
記者の質問がエスカレートして。
『一部では結婚という話も出てますが?』
直球勝負してきた。
それもスルーすると思っていたら…
『それはありません。
彼女とは別れてます』
侑人さんはきっぱり、
そう答えた。
その瞬間、
記者達はざわつき、
顔色を変えた関係者が、
侑人さんを強引に裏へと連れていった。
そこでイベントの映像は終わり、
スタジオの司会者や、
コメンテーター達が次々と話し始めた。
『付き合っていたって認めてましたね』
『もう清々しさすら感じますよ』
『でも別れたって事なら、
やはり彼女の本命は……』
そこで私はテレビを消した。
「……陽流さん」
「貴臣さんの事務所の方針は、
うちと同じで、
答えない、だったみたいなの。
でも貴臣さん、
クギ刺されていたのに、
押し切って……。
社長の耳にも入っていると思うから、
私は今から事務所へ行くわ。
今後の事も含めて相談してくるから」
「わかった…
ごめんなさい、陽流さん」
「これは聖音ちゃんのせいじゃないよ。
また連絡するから」
そう聞こえて、電話は切れた。
私はそのまま、
リビングのソファーに座った。
どうして、
侑人さんはあんなことを……
侑人さんの方が、
私より何倍も実力と人気があるのに。
別れた今、
私との交際を公にするメリットは、
侑人さんにはないよね。
それだけ怒ってるの?
私が芸能界にいられないほど、
叩きのめしたかった?
ううん、
私をあんなに愛してくれた人が、
そんな事思うはずない。
……なんて、
私は甘いのかな。
でも、
一度は愛した人だから、
信じたい。
その時だった。
大好きなメロディーを、
スマホが奏で始めた。
ディスプレイには、
天也の名前。
すぐに通話を押した。
「……もしもし」
「……聖音?」
「そうだよ…
どうしたの?いきなり……」
「……うん、本当は昨日したかったんだけど、
コーチとか監督とかに事情聴取されてて」
「何それ、容疑者みたい(笑)
何か悪さしたの?」
「お前なぁ~っ!!」
「ごめん、冗談っ!
……ごめんね、
天也にも迷惑かけて」
「そんな事ねぇよ。
別に迷惑なんかかかってないし。
それより聖音、
大丈夫か?
色々ニュース見たから……」
天也も私を心配して、
電話してくれたんだ。
自分だって大変なはずなのに。
あの写真、
名前は出てないけど、
天也だってわかる人にはわかるもの。
「私は……大丈夫だよ。
天也、
私は二股なんかしてないよ。
それだけは信じてね」
なんで付き合ってもないのに、
天也にそんな言い訳してるのか、
自分でもわからなかった。
「………」
「…はは……
何言ってるんだろ、私。
今は天也とは、
ただの共演者なのにね」
天也が言うより先に、
私は自分で笑ってみせた。
天也に言われるのが怖くて。
「……辛かったら、
辛いって言えよ。
聖音はギリギリまで自分の中に溜め込んで、
吐き出さないから。
いいよ、
泣いても。
つっても電話越しだけどさ」
「……っ、大丈夫だよ……」
辛いわけじゃない。
頭が混乱してるだけ。
そうだよ。
「……わかった。
愚痴りたくなったら、
いつでも掛けてこいよ」
「……ありがとう。
その言葉だけでも、
私は頑張れるよ」
天也の一言で、
私は頑張れるし、
落ち込みもする。
単純なんだ。
「事務所から連絡入るといけないから、
切るね」
「ああ、
また連絡する」
その言葉を聞いてから、
私は終話を押した。
「もう……惚れ直しちゃうじゃん」
そう呟きながら、
スマホを自分の隣にそっと置いた。
それから1時間くらい経って、
陽流さんが家にきた。
「とりあえず…貴臣さんとの事は、
認めてもいい。
貴臣さんもいるし、
今日の試写会で必ず聞かれると思う。
憶測で書かれるよりずっといいもの」
「わかりました」
「……付き合い始めた頃に、
交際宣言してしまった方が、
良かったのかもしれないね」
少しの沈黙の後、
陽流さんは突然言った。
「……そうしていたら、
私はきっと、
今以上に苦しんでたよ。
何が正解かなんて、
わからない」
「なんか聖音ちゃんのが大人……」
「そりゃあもう21ですから」
ちょっとだけ自慢げに言ったら。
「……もう?
それって喧嘩売ってるのかしら?」
陽流さんがめちゃくちゃ怒った。
笑顔なのに、目が全然笑ってない。
「そ、そんな事ないっ!
私も大人になったって意味で……」
何を言っても地雷な気がして。
それ以上の反論は止めた。
「はぁ……
ごめんね、聖音ちゃん」
深いため息を吐いた後、
陽流さんは私に頭を下げた。
「なんで陽流さんが謝るの?
顔を上げて……」
「今までずっと、
記事を止められたのは、
私の知り合いが編集長をしていたからなの。
その人が担当を外れて…。
今の編集長さんは、
私がよく知らない方で。
止める術がなかったの……」
「……顔を上げて、陽流さん。
陽流さんにはよくしてもらってる。
感謝しかない。
だから……
ありがとう、陽流さん」
そう。
私が芸能界に入ってからずっと、
いつも側に居て、
支えてくれた。
今の女優聖音は、
陽流さんがいなければ存在しなかったかもしれない。
「……陽流さん、
私、覚悟を決めた。
どんな事になるか、
わからないけど……
見捨てないでくれる?」
「え……?」
陽流さんの眉間に皺を寄せて、
顔を傾げていた。