第六十三話 スキャンダル
―――それは、
パパとママがウィーンへ旅立った翌日のこと。
いつになく、
陽流さんが暗い顔をして、
家に来た。
だから、
凄く嫌な予感がした。
良くないことが起きる…
ううん、起きたのかもって。
「……社長が呼んでるから、
先に事務所に向かうよ。
ドラマの現場にも遅れるって言ってあるから」
「うん……わかった」
元ヤンだってバレたのか、
それとも病気だったことがバレたのか…
事務所へ向かう車の中で、
ずっと考えていた。
芸能人にも元ヤンなんていっぱいいるし、
大した事じゃない。
病気だって、
今は完治してるって言えるけど。
そんな言い訳をひたすら思い浮かべていた。
だから事務所に着いて、
社長室に通されて、
それを見せられた瞬間、
真っ白になった。
社長が手にしていた、
週刊紙の1ページ。
『聖音(21)熱愛!!
相手はあの日本代表選手!!』
『その裏で人気俳優Tとも交際!?』
大きく書かれたその見出しに、
私と天也の写真が掲載されている。
それはあの日の…
スカイツリーへ行った時の写真。
天也の顔の部分に、
モザイクがかけられているけど、
すぐにわかる。
「昨日、
S出版から送られてきたの。
明日発売予定の週刊紙。
……どういう事なのか、
ちゃんと説明してちょうだい」
普段は温厚な社長も、
今日は穏やかじゃない。
ちらっと陽流さんを見ると、
同じように渋い顔をしていた。
この写真の日の事を、
陽流さんは全く知らない。
天也との関係も……
『あなたをスキャンダル女優にする気はない』
そう言ってくれた陽流さんを、
私は裏切ってしまった。
「……その場所へ、
バスケ指導をしてくれた天也…さんと、
一緒に行きました。
でも……天也さんと交際はしてません」
行った事は紛れもなく事実。
でもまだ…付き合ってる訳じゃない。
これも嘘じゃない。
「侑人さんとは……
年末に別れました。
それからは……
誰ともお付き合いはしていません」
社長は目を閉じて、
深くため息を吐いた。
「……井川、
あなたはどこまで知っていたの?」
今度は社長の矛先が、
陽流さんへ向いた。
「私は…聖音本人から、
貴臣さんとお別れした事は聞いていました。
それは社長にも申し上げた通りです。
この写真の、
朝日奈選手との仲にも、
やましいことは何もないと思ってます」
陽流さんが私を擁護してくれたのが、
嬉しかった。
こんなに迷惑かけてるのに。
「思ってますでは通らないのよ!!」
その言葉が、
社長の逆鱗に触れた。
声を荒げる社長を見たのは、
初めてだ。
「すみませんでした、
私の監督不行き届きです」
陽流さんは言い訳もせず、
社長に深く頭を下げた。
「そんな……陽流さんは悪くない。
全部私……私が軽率でした」
社長はもう一度、
ため息を吐いて、言った。
「……写真の、
朝日奈選手だっけ?と、
どういう関係で、
何故この場所にいたか、
ちゃんと言いなさい」
ずっと言わないできたけど、
もうこれ以上隠せない。
「天也は……私の元彼です」
その一言に、
社長も陽流さんも驚いていた。
私は天也との事を話した。
付き合っていた事。
再会して、
侑人さんとの結婚を取り止めて、
天也と一緒にいたいと思った事。
バスケ指導を終えて、
ご褒美としてスカイツリーへ行った事。
今も天也が大好きって気持ちも。
話し終えた時、
陽流さんは黙って私を抱き締めてくれた。
社長は開いたままの週刊紙を閉じて、
言った。
「……よくわかったわ。
でもこの記事が出てしまうのは、
もう止められない。
事務所としては、
朝日奈選手との事を、
友人としてコメントさせてもらうけど、
貴臣さんの事は……。
あなたは、
記者に何を言われても、
何を聞かれても無言を貫きなさい。
その上で、
貴臣さんサイドがどういう対応するのか次第ね」
社長は3度目のため息を吐いて、
頭を抱えていた。
「……すみませんでした」
私は社長に頭を下げた。
「……一つだけ言っておくわ。
やましい事がないなら、
胸を張ってなさい。
あなたにはこんな事で、
潰れてもらいたくない。
それは…
あなたが音緒さんの娘だからじゃない。
事務所の経営者としてでもなく、
一人のファンとして、
あなたが好きだからよ」
「社長……」
それは、
今まで社長に貰った中で、
最上級の褒め言葉だった。
目頭が熱くなった。
「全力であなたを守るから、
あなたは精一杯頑張りなさい。
もう行っていいわ」
「ありがとうございます、社長!!」
「井川、
何かあったら、
逐一報告してちょうだい」
「わかりました、
では失礼します」
陽流さんは社長にお辞儀して、
社長室を出た。
私も後に続いて、
社長にお辞儀して部屋を出た。
――――「……ごめんなさい、陽流さん。
私………」
テレビ局へ向かう車の中で、
私は陽流さんに謝った。
一番迷惑かけて、
まだちゃんと謝ってなかったから。
「……自分を責めないで。
聖音ちゃんは、
何も悪い事をしてないでしょ?
タレントだって、
一人の人間だもん、
恋愛だって普通にしたらいい。
…こんな事言ったら、
マネージャーとしてダメなのかもしれないけど」
「でも私、
めちゃくちゃ迷惑かけて……」
「大した事じゃないわよ、
こんなの。
言ってしまえば、
中学生みたいなデートしてるのを、
写真に撮られただけだよね。
ホテル押さえられたとか、
ベッド写真流出とかじゃなきゃ、
問題ないよ」
「陽流さん……」
「でもね、
これからはちゃんと報告してくれる?
何も知らないと、
守れるものも守れない。
事細かにとは言わないから、
せめて、
誰かと会うとか、
それくらいは教えてね?」
「ごめんなさい……
これからはちゃんと言う」
「……私は、
いつでも聖音ちゃんの味方だから。
聖音ちゃんの幸せを願ってる」
嬉しくて、
胸がいっぱいになった。
陽流さんに聞こえないように、
タオルで顔を覆って泣いた。
……明日、
あの週刊紙が発売されたら……
どんな日々が待ってるんだろう。
そんな恐怖も抱えながら、
私はテレビ局に向かった。