第六十一話 撮影スタート
「聖音ちゃん、着いたよ」
運転席から陽流さんが言った。
「はーい」
車を降りる前に、
私は頬をパンパンと叩いて気合いを入れた。
私には今日がクランクインだもん。
遅れた分も頑張らなきゃ。
「聖音ちゃん、
メークさんもうすぐ来るから、
ちょっと待っててね」
陽流さんは、
私の荷物を片付けながら言った。
「はい」
「社長に呼ばれてるから、
一旦出るけど、
また戻ってくるから」
「オッケーです」
私の返事を待たず、
陽流さんは楽屋を出ていった。
2週間ぶりだけど、
相変わらず忙しい人だなぁ…。
その陽流さんと入れ替わりで、
京華がやってきた。
「聖音ー!」
京華は入ってくるなり、
後ろから抱きついてきた。
「うぐっ!
首、首!!」
ちょっと首絞まり気味。
死ぬよ!?
「だって、
全然連絡くれないしぃ?
つーか、ちょっと痩せた!?」
「あ、うん…わかんない。
でも練習ハードだったからなぁ」
「簡単に痩せちゃう聖音が、
羨ましいわ…」
京華はそう言いながら、
抱きつく手に力を入れた。
「ぐるじい……」
そんな事言われても、
好きで痩せたんじゃないし…。
「ともかく…良かったね。
スタッフとか、
他の共演者の間では、
主役交代?なんて言われてたし」
京華は私から離れて、
隣に座った。
「うん…まぁ、
天也のおかげで、
降板危機は乗り越えられた」
私も座って、
机の上のクッキーを2個とった。
無言で1つ、
京華の前に置いて、
もう1つを食べる。
その間も、
お喋りは止まらない。
「聖音さ、
次のオフ、いつ?」
クッキーを食べながら、
京華は言った。
「えっと……来週かな。
どうして?」
京華はその問いに、
笑顔で答えた。
「飲みに行くに決まってるじゃない」
ですよね。
愚問だった。
「じゃあさ、
いいお店見つけたんだけど、
どうかな?
飲み屋と言うよりは、
料理屋さんだけど」
「いいじゃん。
てか珍しいね、
聖音が新しいお店見つけてくるなんて」
「まぁね、
連れてって貰ったんだ」
「……天也さん?」
連れてってもらった、
と言っただけで、
あっさり答えを当ててくる京華は、
さすがとしか言いようがない。
「京華には隠し事出来ないね」
「聖音が分かりやすすぎるの!」
「どーせ単純だもんっ」
「でも聖音のそういうとこ、
私は好きよ?」
「そうなの?」
「じゃなきゃ、
友達やってないって」
私達は、
目を見合わせて笑った。
その時ちょうど、
メークさんが来て、
京華は自分の楽屋へ戻っていった。
「お願いします」
メークさんに声をかけて、
私は鏡台の前に座った。
「こちらこそ、
宜しくお願いします」
メークさんは丁寧にお辞儀をした後、
メイク道具を広げて、
準備を始めた。
「聖音さん、
お久しぶりです。
私の事、
覚えてますか?」
全く手を止めることなく、
メークさんは話し始めた。
「えっと……」
突然の話しかけに、
私は驚きながら、
鏡に映るメークさんの顔をよく見た。
……ああっ‼
思い出したっ!!
「初めて出たドラマの時にも、
メイクしてくれましたよね?」
そう。
彼女は、
デビュー作のドラマの時にもお世話になってる。
なんで今まで気付かなかったんだろう。
「覚えてて下さったんですね」
「本当言うと、
声かけてもらうまで忘れてました。
ごめんなさい」
「いえ、
気付いて下さっただけで、
十分です」
「確か……櫛田さん、
でしたよね?」
「はい、
またご一緒させていただきます」
「そうなんですねっ!
よろしくお願いします」
そういえば、
デビューの時のドラマも、
このMMTテレビだった。
そもそも、
瀧さんに声かけてもらったのが、
この世界に入ったきっかけだし。
瀧さんは、
MMTの社員だし。
今では色んな局から仕事をいただくようになったけど、
最初の頃はやっぱり、
MMTが多かった。
だから、
瀧さんが優遇してくれてたのかなって、
勝手に思ってる。
「聖音さん、
終わりましたよ」
そんな事を考えてる内に、
メイク終了。
鏡の私はもう、
聖音じゃなくて、
主人公“西澤悠”。
「ありがとうございました」
「撮影頑張ってくださいね」
「はいっ!」
櫛田さんが片付けを終えて、
楽屋を出ていった後、
私は用意されていた衣装に着替えた。
今日の撮影シーンは、
悠の寮でのシーンがメイン。
なので、
最初の衣装はラフなルームウェア。
よくあるブラックのスウェット。
これは実際に西園まひろさんが、
家で過ごす姿らしい。
サイズは違うけど、
(だってまひろさん、
身長190近くだもん。
どう考えたって、
まひろさんのサイズが合うわけない。)
同じブランドの物を使うこだわりっぷり。
体格までは似せられないから、
代わりに似せられる所を似せたんだって。
―――収録スタジオに入ると、
瀧さんとディレクターの志田さんが話していた。
「志田さん、瀧さん。
ご迷惑とご心配沢山お掛けしました。
今日から宜しくお願いしますっ!」
2人に深く頭を下げた。
「聖音ちゃんの頑張りは、
天也さんから聞いたよ。
かなりハードだったんだって?」
瀧さんは、
私の肩にポンと手をおきながら言った。
「思い出すのも辛いくらい…
でもおかげで、
上達しました」
「聖音さん、
今日の撮影、
期待してるよ」
「ありがとうございます、志田さん」
私はお礼を言って、
2人にお辞儀して、
その場を離れた。
それから少しして、
ようやく撮影が始まった。
―――「はい、OK!!
お疲れ様」
監督のOKサインが出て、
やっと今日の撮影が終わったのは、
深夜1時だった。
「お疲れ様、聖音ちゃん」
陽流さんから、
お茶を貰って飲んでいると、
瀧さんが労ってくれた。
「あ、瀧さん。
お疲れ様です」
「とても良かったよ。
思っていたより進んだ」
「ありがとうございます!」
「明日もその調子で頑張って」
「はいっ!」
瀧さんはそれだけ言って、
監督の元に向かった。
「じゃあ聖音ちゃん、
とりあえず楽屋に戻りましょうか」
「早く帰って寝たい~っ」
隣で陽流さんは笑ってたけど、
これ本音だからね?
久しぶりの撮影だもん。
体を動かすのとはまた違って、
気疲れとか、
色々あるんだから。
「お疲れー、聖音」
楽屋に戻ると、
なぜか京華が座ってお茶を飲んでた。
「京華!?
待っててくれたの?」
私一人のシーンを撮ってたから、
京華は2時間近く前に上がってる。
私の楽屋にいるのは、
この際気にしない事にしよ。
「うん、
2時間位で終わるって聞いたから、
待ってようかと」
「じゃあさっさと着替えちゃうから、
もうちょい待ってて」
京華にそう言って、
私は衣装を脱いだ。
「ゆっくりでいいよー、
この後予定ないし」
京華がお茶を啜りながら言った。
「どっちかって言うと、
私が早く帰りたい的な?」
「ご飯行かない系?」
「行く予定だったんだ?」
「他に待ってる理由ある?」
「ないっスね」
じゃなきゃ、
2時間も待ってないよね。
「てかさ、
京華、家に泊まってかない?」
「え、いいけど、
いいの?」
「ダメだったら、
最初から言わないって」
「それもそうか…
じゃあマネージャーに、
聖音の家に迎えに来てって言っとく」
そう言って、
京華は鞄からスマホを取り出して、
電話をかけた。
「いや…迎え呼ばなくても、
入り時間一緒なんだから、
一緒に来ようよ」
「え、あ…そっか」
年上のくせに、
どっか抜けてるんだから。
「しっかりしてよね」
「聖音だけには言われたくない!」
「てか、帰るよー」
とっくに帰る準備を終えた私は、
さっさと楽屋を出た。
「ちょっと、
私が待ってたんだけどっ!」
京華は慌てて追ってきて。
私の腕をしっかり掴んで離さなかった。
…そこまでしなくても、
本当に置いてきぼりにはしないのに。
それから私達は、
満足するまでお喋りをして、
太陽が昇り始める頃に眠りについた。