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第五十九話 2度目の初めて

―――天也が来てくれた。


10時に迎えにいくから、

と言っていた通り、

時間ぴったりに。


本当はどこか、

すっぽかされるかもと思ってた。


だけど、天也はちゃんと来てくれた。


待ちきれなくて、

ロビーで待ってたなんて、

絶対に秘密。


だから、

天也から『着いた』って電話を貰っても、

すぐには外に出なかった。


マンションの最上階から、

という体で私は動く。


「遅くなってごめんねっ!」


って言うと。


「大丈夫、

そんなに待ってないよ」


天也はきっと、

そう言ってくれる。


電話のかかってきた時間から、

5分程おいて、

私は天也の車へと向かった。


ドアを軽くノックしてから開けた。


「ごめんね、

遅くなって」


そう言いながら、

私は助手席に座った。


「たいして待ってないから。

じゃあ行くぞ」


天也はそう言った。


ほら、やっぱり。


「ねぇ、どこへ連れてってくれるの?」


「着いてからのお楽しみ」


昨日からずっと、

そんな感じで教えてくれない。


おかげで、

今日の服、

めちゃくちゃ迷ったんだからね。


ドレスコードのある高いお店?


ファストフードみたいに、

カジュアルなお店?


それとも遊園地?…はないか。


なんて、色々迷って、

結局決めたのはカジュアルめの格好。


Mila Owenのニットドッキングオールインワン。


これなら…大丈夫だよね?


デートだけど、

デートじゃないから、

あんまり気合い入れないようにしたつもり。


「…この2週間、

本当にありがとう。

天也は教えるのも上手いね」


「まぁな。

でも言ってすぐ出来る奴はほとんどいない。

それも聖音の一つの才能ってこと」


「日本代表に言われると、

お世辞でも嬉しい」


ずっと無言も嫌で、

だけど何を言っていいかわからない。


当たり障りのない会話しか出来ない、

もどかしさを感じてた。


「……いな」


天也はぼそっと呟いた。


「え、何?」


聞き返したけど、

天也は「なんでもない」って、

結局言ってくれなくて。


その後はずっと、

無言の重たい空気が流れた。


―――「着いたよ」


そう言って、

天也が車を止めたのは。


「…ここ」


「東京スカイツリー。

初めてだろ?」


東京の新名所、

東京スカイツリーだった。


確かに行ったことない…


「行きたいって言ってたよな?」


「それ…なんで知って……」


「…見てたから?」


「うそ…あれを…?」


そう。


以前、

深夜のバラエティー番組で一度だけ、

今行きたい所を聞かれて、

そういえば行ってないなと、

東京スカイツリーの話をしたことがある。


視聴率もそんなに高くない番組で、

私自身O.A.を見てないのに。


そんなのまで見てくれてたの?


「たまたまだよ。

テレビつけたらやってたってだけで。

それより行くぞ」


「あ、待ってっ」


それ以上聞かれたくないと、

天也は強引に話を終わらせた。


だから、

わかっちゃったよ。


天也が、

偶然なんかじゃなく、

気にして見てくれたこと。


「ありがとう」


そう呟いてから、

天也の背中を追いかけた。


「最初に行きたい所ある?」


「うーん…すみだ水族館」


「わかった。

それからスカイツリー?」


「うん。

てか、よくわかんないから、

天也に任せる」


「はぐれんなよ」


「子供じゃないんだから、

それぐらい…きゃっ!!」


そう言ってるそばから、

私は押し寄せる人波にさらわれそうになった。


「ったく!

世話が焼ける奴だな」


天也は、

迷惑そうに言いながら、

でも優しく私の手を握った。


「これならはぐれないだろ」


「いいの!?」


もう手なんて繋いでもらえないと思ってた。


だから、

今凄く嬉しい。


繋がれた手から伝わる温もりと優しさに、

私はドキドキした。


どうかこのドキドキ、

天也には気付かれませんように…


―――「天也、ほら見て!

オットセイが泳いでるっ」


「ペンギンかわいいっ!」


「サンゴ綺麗…」


私は天也をあっちこっち連れ回して、

ずっと喋ってた。


いつもよりお喋りなのは、

緊張してるから。


それから、

このドキドキを隠すため。


それが、

とうとう天也のツボにはまったらしく。


「ぷっ…ほんと子供だな」


黙って私に付き合ってくれてたのに、

いきなり吹き出して笑い始めた。


「なっ…や…!」


「ちゃんと言葉喋れって…

それ卑怯だろ…ははっ」


「もう、バカっ!!」


一人大笑いしてるから、

なんか腹が立ってきて、

私は思い切り膨れっ面して、

反抗した。


それもまた、

ツボだったのか、

遂にはヒーヒー言いながら、

お腹を抱えて笑ってる。


「何が面白いの…」


私はそんなに面白いこと言ってもないし、

してもないのにと思いながら呆れ、

とりあえず収まるのを待った。


その恥ずかしさから、

逃げ出したくてしょうがなかった。


でも天也が手だけは離してくれなかったから、

私はしゃがみこんで顔を隠してた。


―――「ごめん、聖音っ!

機嫌直してくれよ」


「やだ」


天也はひたすら謝ってくれてるけど、

簡単には許してあげない。


どれだけ恥ずかしい思いしたと思ってるの?


「聖音チャン~?」


「やだ」


そして天也は奥の手を出した。


「姫、

キル フェ ボンのタルトはいかがですか?」


卑怯だ。


ソラマチの美味しいタルトケーキ屋さんまで、

頭に入れてるなんて。


もう許すしかないじゃん。


「…凄く恥ずかしかったんだからね?」


「だからそれはあまりにも聖音が…」


「私が、何?」


「や…その…

聖音がかわいかったから…だよ」


天也は顔を真っ赤に染めて、

すぐに目を反らした。


つられて、

私まで赤くなる。


付き合いたてのカップルじゃあるまいし、

何やってんだか…。


「ストロベリーショートケーキセレナーデ、

追加ね?」


「は?」


さすがの天也もそこまでは知らなかったらしい。


呪文みたいに聞こえたのかも。


「4階にね、

コールド・ストーン・クリーマリーっていう、

アイスクリームのお店があるの。

そこの1番人気なんだよ」


「わかったよ」


「やったぁ♪」


前に出た番組で紹介されてて、

ずっと食べたいなぁって思ってたから。


これがチャンス!!

なんてね。


「じゃあ…そこへ行ってから、

天望デッキまで上がるぞ。

来たからには上まで行って、

景色見たくないか?」


「そーだね。

でも天也は初めてじゃないんでしょ?」


「いや、俺も初めてだし」


「えっ!?」


慣れてる感じだったし、

詳しいし、

絶対に初めてじゃないと思ってた…


「じゃあなんでそんなに…」


「いくら初めてでも、

カッコ悪いとこは見せられないだろ?

行くって決めてこの2日間、

家帰ってから、

手当たり次第にサイト見て…って、

こんな事言ってるのがダッセーな」


天也はそう言って笑った。


でも私にはそれが、

凄く格好いいと思えた。


デートじゃなくても、

ちゃんと考えてくれたんだって。


凄く嬉しくて。


「そんな事ないよ。

今日の天也、

凄く素敵だもん」


それから私達は、

揃って顔を真っ赤にした。


さっきからほんと、

バカみたい。


「聖音、とりあえずその店、

すぐ下の階らしいから、

行くぞ」


「…賛成」


お互いに限界だったんだと思う。


通りすぎて行く人みんなが、

クスクス笑ってるんだから。


私は被ってたニット帽を、

更に深く被り直した。


今はまだ、

私が女優の聖音だと気付かれてないはず。


天也も。


変装してないけど、

堂々としてれば、

案外気付かれない。


芸能人っていうオーラないから?


―――それからも私達は、

特に気付かれる事もなく、

注文通り、

コールド・ストーン・クリーマリーでアイスを食べて、

天望シャトルで天望デッキまで上がり、

更に上の天望回廊へ。


ガラス床はちょっと怖いけど、

果てしなく続く景色がとても綺麗だった。


それからキル フェ ボンでタルト。


一度差し入れで貰ったけど、

やっぱり美味しい。


「ご馳走さまでしたっ!

次は…」


時計を見ると、もう夜の7時。


あっという間に、

美しい夕暮れは終わり、

すっかり夜になっていた。


だから私は、

次はと言いながら、

この楽しい時間も終わりだろうなって思ってた。


「レストラン、

予約してるから」


天也は腕時計を見た後、

そう言って。


エスカレーターへとまっすぐ向かった。


水族館の時に私がしたように、

今度は天也が私を引っ張ってくれる。


エスカレーターを降りて、

そこから暫く歩いて…


次にエレベーターに乗って、

着いたのは31階。


「ここだよ」


天也がそう言って止まったのは、

『ラ ソラシドフード リレーションレストラン』


案内された席は、

一面ガラス張りで、

スカイツリーが目の前にある特等席。


昼間とはまた違う、

ライトアップされたスカイツリーが綺麗。


「いいの?

こんな素敵な所…」


だって、

本気のデートみたいなコースだよ?


ただのご褒美にしては、

贅沢すぎだよ?


私はもう、

彼女じゃないのに。


「嫌か?」


「そんな事ないよっ!

むしろ嬉しい位なんだから…」


そう。


嬉しくて。


私はデートって思ってるくらいだから、

とても嬉しいよ。


でも、

本当にいいのかなって不安になる。


「じゃあ思い切り楽しんで。

また明日から、

撮影なんだろ?」


今思い出したよ。


天也のこういう優しさに、

私は惚れてたんだった。


「……わかった。

じゃあ思いっきり甘えちゃう」


そう言うと、

天也は笑ってくれた。


連れてきてもらったんだから、

楽しまなきゃ、だよね。


それから私達は、

運ばれて来る料理と、

どうでもいいお喋りと、

闇の中に輝くスカイツリーを楽しんだ。


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