第五十八話 合格
―――試合終了を告げるブザーが、
激しく鳴り響いた。
「はーい、お疲れさん」
天也が所属するチームのコーチが、
手を叩きながら、
ベンチから立ち上がった。
「皆さん、
ご協力ありがとうございましたっ」
私はコートにいる全員と、
そしてコーチに、
順番に頭を下げた。
天也との特訓も、
明後日で終わる。
今日は特訓の仕上げとして、
練習試合を組んでくれて。
今その試合が終わったとこ。
そして…今から始まるのは、
天也のお説教。
「相変わらずシュートの決定率が低い!」
「はい、ごめんなさいっ」
「ドリブルはもっと低く!
丁寧に!!」
「はいっ」
「周りをもっと見て動け!」
「はいっ」
「まだまだ山程言いたいことはあるが…
とりあえずこの短期間で、
よく頑張ったな」
「はいっ、ごめんなさ…えっ!?」
最後の、
褒めてくれた?
「実は聖音に内緒で、
プレー動画を撮って、
瀧さんへ送ったんだ。
そしたら、
こんな答えが返ってきたよ」
そう言って、
天也はスマホの画面を私に見せてくれた。
『わざわざご報告、
ありがとうございます。
この動きなら、
100点とはいきませんが、
十分合格です。
聖音ちゃんでドラマを続けていけると、
今安心しました。
引き続き、
天也さんにもご協力をお願いします』
それは、
瀧さんから天也へのLINEだった。
「降板は免れた…」
最初に訪れた感情は、
安堵だった。
「良かったな、聖音」
その瞬間、
色んなものが込み上げてきて、
私はぼろぼろ泣いていた。
「え、ちょっ…
泣くなって」
天也は慌てて、
肩にかけていたタオルを、
私に被せた。
「朝日奈くん、
女の子泣かしちゃダメだよ~」
東さんの声が少し離れた所から聞こえた。
「うるせーな!!
俺が泣かした訳じゃ…うわっ!」
私はどさくさに紛れて、
天也の胸に抱きついた。
今だけ…
今だけは許してくれるよね。
瀧さんの期待に応えられた嬉しさと、
受けた仕事を投げ出さずに済む嬉しさと、
もうわからないくらい嬉しいが吹き出した。
言葉では表現しきれない喜びって、
涙になるんだね。
天也は抱きついた私を、
無理矢理引き剥がす事もせず、
ただ黙って、
頭を撫でてくれた。
多分それはコーチとして、
生徒が順調な成長を遂げた嬉しさだ。
わかってる。
でもそれでもいい。
今この胸にすがるのには理由がいる。
…この場には、
私達が元恋人同士だって知ってる人はいない。
ただの芸能人と、
アスリートだって思ってるから、
みんな見てみぬふり。
…颯ちゃんが見たら、
ほらやっぱりって言うんだろうか。
でもそれは違う。
だってこれは…
ただの師弟愛でしょ。
だよね?天也…。
―――「――という訳で、
明日は最終仕上げして、
明後日はご褒美に休みをあげよう」
天也は帰りの車の中でそう言った。
「本当!?」
「嘘なら言わねぇし」
「そうだよね」
「だから、
ゆっくり…」
「じゃあさ、
ご褒美にどっか連れてって?」
私は天也の言葉を遮って、
大胆な事を言ってしまった。
でも…そんな勢いじゃなきゃ、
やっぱり言えない。
「えっと……」
天也は明らかに困ったという顔をした。
でもこれは、
逃せないチャンス。
「颯ちゃんの店でご飯でもいいから。
お願いっ!!」
結局初日しか連れてってくれてない、
颯ちゃんの店。
颯ちゃんが余計な事を話すって、
警戒してるからなんだと思うけど。
「…わかったよ。
行き先考えとくから」
天也は私の強引さに負けてくれて、
首を縦に振った。
「やったぁ!!
明日頑張っちゃうからねっ♪」
「ふっ…まだまだ子供だなぁ、
聖音は」
天也はそう言って笑った。
私に作っていた壁が、
ほんの少しだけ…薄くなった気がした。
だからその日は嬉し過ぎて、
なかなか寝付けなかった。