第五十七話 天也の秘密
―――「…っ、聖音っ!」
「うわっ!!
びっくりしたぁ……」
急に話しかけて、私は飛び上がった。
「目ぇ覚ませよ!
着いたから」
「嘘…寝てた!?」
えっと…
天也に迎えに来てもらって…
車に乗ってからの記憶が曖昧。
まさか、寝ちゃってた!?
「よだれ、出てるぞ」
天也が真剣な顔で言うから。
「え、やだっ!!」
私は慌てて口を拭いた。
すると天也はそれを見て。
「ぷっ…ははっ!
嘘だよ、嘘。
よだれは出てないから。
さっさと行くぞ」
大笑いしてくれちゃって。
「もぉ~バカバカっ!!」
「八つ当たりすんなって。
そんな事すると…」
「な、何…」
「今日の練習を、
スーパーハードにするけど?」
天也はニヤリと笑って言った。
目がマジだ…
ヤバい。
「…ごめんなさい」
とりあえず謝っとこう。
「しょーがないな、
でも練習は厳しくやるけど」
「……手加減をお願いしマス」
「気が向いたらな」
車を降りて、
バックパックを背負いながら笑った。
…だけど、
その笑顔が、
痛々しくて。
私はこれから、
上手く笑えるかな…
―――「…本当は、
天也のお兄さんとの約束で、
絶対に口外禁止なんだけど……」
昨日の夜、
そう言いながら、
颯ちゃんは話してくれた。
それでもまだ、
全部じゃないだろうけど。
「天也は…
今でこそ元気で、
日本代表としても活躍してるけど、
東京行ってすぐの頃…
睡眠薬飲んで、
自殺しようとしたらしい」
その一言を聞いた瞬間、
私は持っていた鞄を落とした。
そして、
地面に崩れ落ちた。
天也が自殺?
優司さんはそんな事一言も…
「ちょうどオレ、
東京に来てて。
天也ん所に遊びに行ったんだよ。
そしたら天也、
救急車で運ばれてく所で。
お兄さんに教えてもらって、
オレも病院へ向かったんだ。
天也は見ての通り、
助かったけど、
その時の記憶は無くしてた。
それでお兄さんと、
2人だけの秘密にしようって約束したんだ。
どうして自殺を図ったのか、
オレもお兄さんも本当の理由はわからない。
でも聖音ちゃんと天也が別れたって聞いて、
それが原因だろうなって。
あ、聖音ちゃんを責めてるんじゃないよ。
別れたのは、
それだけの理由があったからだろうし」
「………」
何も言えなかった。
言葉にならない。
私が天也を追い詰めた。
それは事実だから。
「あれ以来、
天也はずっと、
今を生きてないみたいだったんだ。
どこか…
遠い所にいるみたいな。
でも今日の天也は…
今までとちょっと違ってた。
聖音ちゃんも一緒だったし、
ヨリ戻したんだって思ったんだけど…
それは違うんだろ?」
「……うん。
今は、ただのコーチと生徒」
ただの私の片思い。
「…よくわからねぇけど、
オレは、天也は聖音ちゃんの事、
まだ好きだと思うよ」
「…そんな事ないよ。
天也はもう、私なんか…」
好きじゃない。
好きでいてくれるなんて、
そんな都合の良いことない。
「じゃあ一つだけ、
良いこと教えてあげよう」
「良いこと?」
この話の流れで、
良いことなんかある?
「オレ、
聖音ちゃんが出てたドラマ、
見てたんだよ。
たまたま好きな女優が出てたから、
だったけど」
「そこ強調しなくてもいいじゃん」
「まぁ最後まで聞けって。
でな、
天也とそのドラマの話をしたことがあって。
京華ちゃんかわいいよなって言ったら、
聖音が一番だって、
すっげー小さい声で呟いて。
まだ未練あるなって確信した」
後半だけ聞いてれば、
飛び上がっちゃうくらい嬉しいけど…
てゆーか、
まさかの京華ファン?
「…颯ちゃん、
遠回しに私をディスってるよね?」
ちょいちょい挟む要らない情報多すぎ。
「違うって!
聖音ちゃんがかわいいのは、
オレ達四高のバスケ部全員が思ってたんだよ。
あわよくばって思ってる奴もいたし、
聖音ちゃんはモテてたんだ」
「嘘でしょ~?」
だって、
誰も私の事女の子扱いしてなかったよね?
妹ノリでしかなかったし。
「それは天也が、
俺の女に手を出すなって、
すっげー剣幕で言って歩いてたからだよ。
現に…聖音ちゃんにセクハラした奴いただろ?」
「えっと…ふざけてて、
お尻に手が当たったアレ?」
本当に偶然、
ちょっとだけ手が当たっただけで、
あっちもめちゃくちゃ謝ってくれたから、
それで終わりにした…
「あの後…あいつは、
天也に酷い目に遭わされたらしい。
それ以来、
オレ達の間で、
聖音ちゃんへのセクハラは勿論、
好きって言う事すらタブーになったんだ。
だからみんな、
妹として扱おうって結論に至って…
やべ、喋り過ぎだ…オレ」
「…ううん、
色んな事を教えてくれてありがとう」
「今日話したことは全部内緒にしといてくれよ。
じゃあな」
颯ちゃんはそう言って、
電話を切った。
私の知ってる天也は、
ほんの一部なんだって。
そして、
いかに深く、
私を思ってくれてたか。
よく思い知った。
ねぇ天也。
颯ちゃんの言う通り、
まだ私の事…
好きでいてくれてるの?
天也の心に、
もう一度触れてもいい?
―――「聖音っ!!
やる気ねぇのか!?」
天也の怒声で、
私は正気に戻った。
また余計なこと考えてた。
今は何より…
目の前の事に、
練習に集中しなくちゃ。
「ご、ごめんなさいっ!!
もう一度、
お願いしますっ!」
天也のスパルタが炸裂したのは言うまでもない…