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第五十五話 特訓開始

―――「はぁはぁ…っ!

もう無理っ!!」


こんなに走ったの、

ほんと久しぶりってくらい。


私は息を切らして、

コートのど真ん中で倒れ込んだ。


床が冷たくて、

今の火照った体を冷ますのにちょうどいい。


「お疲れさん。

これやるから」


そう言って天也は、

冷たいアクエリアスのボトルを私の頬に当てた。


「ひゃっ!!」


あまりの冷たさに飛び上がった。


心臓止まったらどうする気!?


「初日にしては、

上出来」


差し出された天也の手を取って、

私は立ち上がり、

アクエリアスを受け取って飲んだ。


「上出来なんて言ってもさ、

今日は走り回ってただけじゃん」


そう。


何故かコートを全力で往復しただけ。


こんなので、

本当に上手くなれるのかな。


「でも聖音、

俺がストップと言うまで、

立ち止まらなかっただろ?」


「それは…」


天也がそう言ったからだし。


始まったばかりで、

リタイアも出来ないしで…。


「聖音が走ってた時間は、

バスケの試合時間だよ。

1クォーター10分を4セット。

実はそれを2セットやってもらったけど。

それだけの体力があるってわかったから、

ちゃんと収穫はあった」


そう言いながら、

天也は私の頭をぽんぽんした。


懐かしい、天也の癖。


その手に私はドキドキしてた。


「あ、ごめん…」


ふと気付いて、

天也は手を引っ込めた。


「ううん…平気」


そう言いつつ、

ドキドキは治まらなかった。


「まだ時間あるなら、

さっき見れなかったから、

シュートを見せてもらいたいんだけど」


さっきの試合では、

下手くそなドリブルしか出来なくて、

ゴールなんて無理無理。


すぐにボールを奪われてしまったから。


「わかった、

時間はまだまだあるから」


時計は午後7時を指していた。


天也とこの体育館に来て、

もう3時間近く。


練習していた天也のチームメイトもみんな、

既に帰ってしまって。


広い体育館に2人きり。


多分それから。


急に時の流れが速くなったみたい。


もっと居たいって気持ちが、

時を進めてるのかな、なんて。


「ほら、聖音」


天也は足元に転がっていたボールを拾い上げて、

私にパスした。


「わっ!!」


投げられたボールをなんとかキャッチした。


アクエリアス、

キャップ閉めてて良かったぁ。


開いてたら大惨事。


「1回だけシュートやるから、

見てろよ」


天也はそう言って、

もう1つ転がっていたボールを拾い、

素人の私でも綺麗と思うシュートを放った。


3ポイントゾーンよりも後ろから放たれたボールは、

吸い込まれるように、

美しい放物線を描いてスポッとゴールに入った。


「綺麗…」


思わず見とれて、

呟いていた。


私が見ていた頃よりもずっと、

天也は進化してた。


課題といわれていたテクニックを、

身に付けている。


力強いだけのプレーから、

力強くスマートなプレーへと。


「…見とれてくれるのは嬉しいけど、

これを習得して貰うんだからな?」


「う゛っ…」


ちょっと重くて大きいボールを、

あんな軽々とゴールへ、

しかも綺麗になんて、

私に出来るようになるかなぁ…。


「とりあえず、

思ったようにやってみろよ。

最初から出来る奴なんて、

いないんだからさ」


天也に背中を押され、

私はアクエリアスをコート外へ放り投げて、

ゴールの前に立った。


目を閉じて、

さっきの天也の姿を思い浮かべ、

気合いを入れた。


目を開けて、

ゴールを見つめ、

私は思い切りシュートを放った。


手から離れたボールは、

ゴールのネットに当たって落ちた。


「……」


天也は無言だった。


フォームは天也を意識して、

美しくを心掛けた。


真っ直ぐゴールへ入るかと思いきや、

突然失速してネットを掠り、

ゴールの真下でバウンドしたボール。


…一番コメントしづらいよね。


「…うん、まぁ……いいんじゃない」


「はっきり言っていいよ。

下手くそって」


つい自分から言っちゃった。


自覚症状ありだから。


「そこまでじゃあないんだよ。

後は本当に実践あるのみだから」


「…見てるのとやるのって、

やっぱ全然違うね」


「何だってそうだよ。

俺も演技なんて簡単だと思ってたけど、

実際現場とか見学させてもらって、

簡単な事じゃないって思ったし」


「それは私も、

この仕事を始めた時に思った。

軽い気持ちで始めたけど、

本当はとても大変だって。

だから自分の境遇が、

とても恵まれてるって事も気付けた」


「…聖音」


天也は私がそう言うと、

なんだか悲しげな表情を浮かべた。


それを見て、

天也も知ったんだってわかった。


私が朝日奈聖斗と音緒の娘だと。


天也が知っている私の親は百合ママで。


その百合ママが本当の親ではないって。


デビューが音緒ママの娘として、

だったもんね。


知ってて当然。


「そうそう、私ね、

百合ママの本当の娘じゃなくて、

養女だったんだって。

今は本当の両親と暮らしてる。

もうすぐウィーンへ行っちゃうけどね」


私は笑顔で言った。


だって悲しい事でもなんでもないから。


その背景にあるのが、

私への皆の愛だったから。


「聖音、偉いな…

俺だったらそんな風に思えるかわからない」


「偉くなんか…

天也がいたからだよ。

天也が私を愛してくれたから、

本当の愛を知ったから…

だから、

私は皆の愛を素直に喜べた」


私は言い終えて、

とんでもないことを口にしたと思った。


天也に背中を向けて、

「ごめん、今のなしね!」

笑った。


そんなので誤魔化せたとは思えないけど。


あんな酷い別れ方をしといて、

そんな事言うかって話だよね?


「…コーチ、

私に見込みはありますか?」


無理矢理話を終わらせて、

私は“生徒”を演じた。


「…あ、あぁ。

絶対に上手くなる。

今日はこれで終わりにしよう」


天也はそう言って、

転がっているボールの回収を始めた。


私は「はい」と言って、

反対側のボールを拾いに行った。


ボールを拾うと、

「こっちに投げていいぞ」

と言うから、

天也に向かって投げた。


ボールは何度かバウンドして、

転がっていった。


もうちょっと力入れても良かったかも。


そんな反省をしつつ、

私は荷物を取りに行った。


「準備出来たか?」


私がのんびり上着着て、

シューズを脱いでると、

天也がもう既に準備を終えて、

歩いてきた。


「うそ、早っ!!」


「聖音が遅いんだよ。

行くぞー」


「やだ、待ってってば!」


急いで鞄を持って、

天也の後を追って外に出た。


「俺、車回してくるから、

ここで…」


「あ、一緒に行く」


そんな大した距離じゃないし、

こんな暗闇で待ってるのもちょっと嫌じゃん。


「わかった、

鞄持ってやるよ」


そう言って、

私の鞄を引ったくるように持ってくれて、

少し前を歩いて行った。


「…ありがとう」


独り言みたいに呟いて、

天也の後を追った。


彼女じゃないから、

優しくは出来ないって事だと思うけど。


それでも私は十分嬉しかった。


「ごめん、

ちょっと寄り道していいか?」


車に乗ってすぐ、

シートベルトを締めながら天也は言った。


「え…うん、

大丈夫だけど」


私は送ってもらう立場だし、

時間だってあるし、

何より…

まだ一緒にいたいから…


「じゃあ行くぞ」


私がシートベルトを締めると、

車を発進させた。



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