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第五十四話 鬼コーチ

迎えた1月3日。


スペシャルドラマ『夢を掴む』は、

撮影の為に借りた体育館でクランクイン。


初日は監督とプロデューサーの年始の挨拶、

出演者によるバスケの試合から始まった。


これは瀧さんの提案で、

新年の仕事初めと、

今の段階でどれ程の技術があるかを知るため。


基本は学生時代に、

授業でやった程度で大差無い。


…なのだけど。


主役で一番上手い選手を演じる私は、

ダントツで下手だった。


なぜなら…

ちゃんとやった事ないんだよね。


見るのが専門だったから。


それに、

中学は行ってないに近いし?


高校中退だし?


…まぁそれは置いて。


もっと出来ると思ってたんだけどな。


監督は頭抱えちゃうし、

瀧さんは見てられないって顔をしてる。


監督の隣で、

試合を見つめる天也の顔は、

怖くて見れなかった。


プロとして活躍する人だよ?


こんなぐだぐだ、

絶対呆れてる。


だから試合終了のブザーが鳴って、

瀧さんと目が合った時、

嫌な予感しかしなかった。


「お疲れ様ー、

とりあえず聖音ちゃん以外は休憩入って」


恐々、瀧さんの元へ。


下手すぎて降板とか!?


あり得る…。


「あのー……」


「聖音ちゃん、バスケ初めてなの?」


「ほぼ、初めてです…」


「ここまで下手とは思ってなかったよ。

聖音ちゃん、

運動神経はいい方だから。

さすがに今のままだと、

バスケのシーンは撮影出来ないから、

天也さんに付きっきりで、

指導してもらうように頼んだんだ。

ちゃんと練習したら、

聖音ちゃんなら絶対出来ると思うから。

とりあえず2週間、

頑張ってくれる?」


「え、それは…」


「それまで撮影は中止。

待ってるから」


瀧さんは最後まで降板の2文字を口にしなかった。


それだけ私に期待してくれてるってこと。


「…必ず結果を出します」


私は瀧さんに深く頭を下げた。


今は愛だの恋だの言ってる場合じゃない。


私は顔を上げて、

頬をパンパンと叩いて、

天也の元に寄った。


「厳しく指導してください。

よろしくお願いします」


私は天也に頭を下げた。


…元カノとしてではなく、

女優聖音として。


「手加減しないからな」


そう言った天也も、

元彼ではなくて、

アスリートの顔だった。


「瀧さんには言ってあるから、

荷物持ってついて来い。

帰りは送るから」


天也は足元に置いていたバッグパックを背負い、

体育館を出た。


私は陽流さんから荷物を受け取り、

今日は帰ってもらう事にした。


「本当に行かなくて大丈夫?」


陽流さんは物凄く不安という顔をした。


体を心配しての事だと思う。


でも…


「平気。

弱音吐いてる場合じゃないもの」


陽流さんに手を振って、

私は天也の後を追った。


体育館を出て、

天也の姿を捜していると、

駐車場からベンツが走ってきた。


そのベンツは私の目の前で止まって、

ようやくそれが天也だとわかった。


「乗って」


運転席の窓から顔を出して、

天也は言った。


私は助手席側に回って、

車に乗り込んだ。


「今から行くのは、

俺が今所属してるチームの練習場。

チームメイトも何人かいるけど、

そこでの方が、

きっと身につくと思うから」


私がシートベルトをすると、

車はゆっくり走り出した。


そこからはずっとお互いに無言。


何を話していいかわからない、

もどかしい距離。


天也…免許取ったんだ。


前よりももっとかっこよくなった。


そんな事すら言えなかった。


きっと、

ドラマの主演女優と、

演技指導のアスリートという距離を、

保ちたかったんだと思う。


プライベートに踏み込まない、

踏み込めない。


拒絶されるよりは、

ずっといい。


―――「着いたよ」


30分ほどの所に、

その体育館はあった。


掛けられた看板には会社の名前。


聞いたことがある気がするのは、

なんでだろう。


「車置いてくるから、

そこで待ってて」


天也は私を降ろして、

駐車場に向かった。


走り慣れた姿が、

時が流れたことを感じさせた。


離れていた分だけ、

お互いに知らない事があるってこと。


嫌ってほど感じた。


「お待たせ。

入るよ」


「うん」


私は天也と共に、

体育館へと入った。


天也は入って直ぐ右にある、

事務室に向かった。


「すいませーん、

さっき電話した件、

大丈夫ですか?」


天也が呼び掛けると、

事務室の窓からおじさんが顔を出した。


「朝日奈さん、

これでよろしいですか?」


そう言って、

一足のシューズを手渡した。


「大丈夫です。

無理言ってすいません」


天也は受け取ってお辞儀した。


そして私の元に戻ってきて、

そのシューズを私に差し出した。


「何?」


「これを使いな」


「え、シューズならあるよ」


ドラマの撮影用に支給されたのを、

ちゃんと持ってきてるよ?


さっきも履いてたし。


「そのシューズは、

もっと履いて慣らしてから。

これはチームのマネージャーから借りたから、

履き慣らされてる。

ハードに動くから、

柔らかい方がいい」


そういう事…。


ちゃんと気遣ってくれるんだ。


「わかった、

じゃあ履く」


天也から受け取って、

そのシューズを履いた。


確かにさっきのシューズより、

履き心地は良かった。


動きやすい。


「どうだ?

少しは動きやすいだろ?」


「うん、バッチ…」


私が返事をしかけた時だった。


「朝日奈くん!!」


体育館内から女の人が出て来て、

天也を呼んだ。


すらっと伸びた手足に、

ボーイッシュなショートカットがよく似合う、

かっこいいお姉さんという感じ。


とても美人。


(あずま)!?

まだいたのか」


「だって朝日奈くんが、

今人気の女優連れてくるって聞いたから…

あ、もしかして聖音さん!?」


天也が東と呼んだその人は、

私に気が付いて駆け寄ってきた。


「お会い出来て光栄です!!

握手してもらってもいいですかっ?」


東さんは半ば強引に私の手を握って、

握手した。


体育館から出てきた瞬間のかっこよさは、

どこかへ消えて。


「あ、ありがとうございます…」


「東、

聖音が困ってるだろ?」


天也の一言にパッと手を離して、

「あ、ごめんなさいっ!!」

と言った。


「あたしは、(あずま )早苗(さなえ)

このチームで、

マネージャーをやってます!」


ぐいぐい来る東さんに、

私はかなり押され気味。


「あ、はい……」


「だから…まぁいいわ。

それより突然悪かったな」


「え、あぁ~全然!

こんな小汚ないので申し訳ないけど」


何の事か、全然わかってなかった私。


そしてやっと気付いた。


「あ!

このシューズ、

東さんの、なのね?」


天也はマネージャーから借りたと言っていた。


そして彼女は今、

スリッパを履いている。


「そうだよ。

東から借りた」


「気にしなくていいからね。

あたしはもう帰るところだし」


「そうなのか?」


「正月に練習三昧とか、

あたしは付き合えないから。

じゃーねーっ!」


東さんはそう言うと、

そそくさと体育館を出ていった。


「ありがとうございましたーっ」


その背中に、

私はお礼を言って、手を振った。


「すまない、

東があんなミーハーだったなんて」


東さんが去った後、

天也は私に言った。


でも…


「ううん、むしろ嬉しかったから」


こんな私でも、

芸能人として扱ってくれる人がいるって事、

凄く嬉しかった。


街中とかでも、

あまり声を掛けられないし。

(あんまり歩かないけどね)


握手してくれなんて、

初めて言われたもんね。


「聖音…にやけすぎ」


天也に言われてはっとした。


そんなに顔に出てた!?


これじゃあダメだっ!


「ごめんなさい、

気合い入れるから」


雑念を振り払うように、

ふるふると顔を振った。


それを見ていた天也は…


「ぷっ…そんなに」


吹き出して笑った。


「当たり前でしょっ?

女優生命かかってるんだから!!」


ここで降板なんて事になったら…


考えただけで怖い。


「やった事がないから出来ないだけだ。

やれば出来るよ。

だってお前は…」


天也は言いかけて口を塞いだ。


だってお前は…何?


その後の言葉は何なの?


だけどそれを聞くことは出来なかった。


「…女優だからな」


天也は誤魔化して、

よくわからない根拠を口にした。


「ではコーチ、

宜しくお願いしますっ」


聞かなかった事にして、

私は会話を強制終了した。


これ以上話したら、

お互いにいらないこと言いそうだったから。


「ああ、

こっからは一切の手加減はなしだ」


天也の目が光った気がした。


「望むところよ」


こうして、長い2週間が始まった。


容赦ない鬼コーチのしごきに、

私は耐え切れるのでしょーか?

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