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第五十二話 さよなら

翌朝。


私は心を決めて、

リビングに向かった。


「ママ、パパ。

大切な話があるの」


私はそう言いながら、

ソファに座った。


「わかった、聞こう」


聖斗パパは持っていた新聞を置いて、

私の方を向いた。


音緒ママも、

聖斗パパの隣に座った。


「私は…まだ侑人さんには言ってないけど、

正式に結婚を白紙にしたいの」


「……」


2人共、もう驚かなかった。


「百合ママから聞いてるかもしれないけど、

私には東京へ来る前に、

別れた彼がいたの。

嫌いになって別れたんじゃないから、

ずっと忘れられなくて。

それをやっと思い出にして、

前に進ませてくれたのが、

侑人さんだった。

でもその彼と再会して…

やっぱり忘れられないって、

気付いたの。

彼にはもう振り向いてもらえないかもしれない。

許してもらえないかもしれない。

それでも私は、

彼を好きで好きでたまらない。

こんな気持ち抱えて、

侑人さんとは結婚出来ない。

ごめんなさい…」


私は2人に深く頭を下げた。


「顔を上げて、聖音。

こうなる予感はしてたから。

…聖斗、ちょっと2人にしてくれる?」


音緒ママがそう言うと、

聖斗パパは静かに部屋を出た。


パタンと、

ドアが閉まる音がした後、

音緒ママは私の隣に座り直した。


「その彼の事は、

百合さんから聞いてるわ。

結婚するだろうって思うほど、

仲がよかったのに、

突然別れたのよね?

その理由を聞くつもりはないから、

安心してね。

よほどの事があったのだろうから。

…私は本当に好きなら、

追いかけていいと思う。

それでどんな結果になっても、

悔いはないでしょう?

勇気は一瞬、

後悔は一生って、

本当にその通りだと思う」


「ママ…」


「親だったら、

何言ってんの?とかって、

怒るべきなのかもしれないけど、

私にはそれは出来ない。

本当に好きな人と結ばれることが、

一番幸せだと知っているから。

今侑人くんと結婚しても、

聖音は不幸になるでしょ。

だって本当に好きな人じゃないから。

そんな結婚ならしない方がいいに決まってる。

だからね、

謝るのは侑人くんにだけでいいよ」


ぽんぽんと頭を撫でて、

それから音緒ママは、

ぎゅっと抱き締めてくれた。


「私は聖斗と結婚して、

本当によかったと思ってる。

喧嘩もするけど、

別れたいと思った事は一度もないわ。

聖音にも、

そんな幸せな結婚してほしいと思うの」


…ちょっと待って。


なんかさ……


「それ、のろけ…」


絶対入ってるよね。


「のろけじゃないわよ。

幸せ自慢だから」


それをのろけって言うのでは?

と思ったけど口には出さないでおこう。


「ありがとう、ママ。

自分の気持ちに素直になる」


「幸せになるのよ」


ママの言葉にピースサインをして、

私はソファーから立ち上がった。


年が明けたら、

ドラマに向けて、

バスケの練習が始まる。


それはつまり、

天也と過ごすって事。


どんな形でも、

一緒に過ごせることが嬉しい。


だから、その前に。


私は決着を着けなくちゃいけない。


「ママ、出掛けてくるね」


私は部屋に戻って、

着替えてから、

家を出た。


部屋を出る前に呼んだタクシーが、

下に降りて玄関ホールを出ると、

もう来てくれていた。


「世田谷までお願いします」


ドアが閉まって、

タクシーはゆっくり動き出した。


侑人さんは世田谷のマンションに住んでる。


今日はオフだから、

いるはず。


マンションの少し手前で降りて、

侑人さんに電話をした。


出てくれるかな。


ドキドキしながら、

5回目のコールで、

「……はい」

侑人さんは出てくれた。


「私…」


「うん、わかってる」


「部屋に行ってもいい?

話したいの」


「…いいよ」


「今から行くね」


そう言って、電話を切った。


大きく深呼吸して、

私はマンションに向かった。


私は貰って初めて、

合鍵を使って部屋に入った。


…多分これが、

最初で最後。


鍵をポケットに入れて、

靴を脱いで、

部屋に上がった。


リビングの扉を開けた瞬間、

侑人さんは私を抱き締めた。


「いらっしゃい!」


「ビックリした…」


「一回やってみたかったんだよな」


侑人さんはにかっと笑って言った。


「侑人さんてば…」


「コーヒーいれるから、

座ってて」


侑人さんはぱっと離れて、

そう言ってキッチンへいった。


「私が…」


「今日はいいから。

座ってて」


侑人さんはそう言って、

コーヒーメーカーの電源を入れた。


私は言われた通り、

ソファーに座って、

侑人さんが来るのを待った。


「お待たせ」


お揃いのマグカップを持って、

侑人さんは私の隣に座った。


「ありがとう」


私はカップを受け取って、

一口飲んで、

机に置いた。


「侑人さん…

ごめんなさいっ!!

私と…別れて下さい…!」


私は侑人さんに頭を下げた。


「……」


「結婚の事も全て、

無かったことにして下さい。

お願いします…!!」


「……」


「好きな人がいるんです…

だから……

侑人さんとは結婚出来ない…!

ごめんなさい!!」


私は頭を下げたまま、

何度も謝り続けた。


「……もういいから。

顔を上げなよ」


やっと言葉を発した侑人さんに、

私は恐る恐る顔を上げた。


侑人さんは…ただ目を閉じていた。


「侑人さん…」


「…なぁ聖音、

一つだけ聞かせて。

お前は俺の事好きだったか?」


「…愛してた」


あの日誓った愛に、

嘘も偽りもなかった。


この人と一緒にって。


揺るぎない未来を信じていた。


「愛してた…か」


侑人さんは独り言のように呟きながら、

立ち上がった。


そして、

窓から景色を眺めていた。


「侑人さ…」


「…けよ」


「え…」


「行けよ…

全部無かったことにしてやる」


「侑人さん…」


「だからもう…帰ってくれ!」


侑人さんは背中を向けたまま、

冷たく言い放った。


抱き締めたいと伸ばした手を、

ぎゅっと抑えて、

私はポケットから鍵を取り出し、

マグカップの隣に置いた。


そして、

左手の薬指から指輪を外して、

握りしめた。


侑人さんがくれた、

沢山の愛が込められた指輪…


それも机に置いて、

私はソファーから立ち上がった。


「…こんな私を愛してくれて、

ありがとうございました。

私も愛してました。

さよなら…」


私は侑人さんの背中に向かって、

頭を下げて、

部屋を出た。


…私は侑人さんといられて、

幸せでした。


天也を忘れる為に、

誰でも良かったわけじゃない。


それだけは信じてほしい。


私は最低の彼女だけど、

侑人さんは最高の彼氏だったよ。


幸せな時間をありがとう。


そしてさよなら、

愛した人。


涙を堪えて、

私はマンションを出た。


私に泣く資格はないから。

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