第五十一話 見つけた答え
翌日の昼過ぎ、
退院の手続きを済ませ、
タクシーを待っている時だった。
「聖音っ!!」
誰かが私の名前を叫びながら、
病院に駆け込んで来た。
だけど私に気付かず、
目の前をスルーして。
その姿に、
受付のお姉さんも苦笑い。
いくらニット帽を深く被ってるからって、
それはないでしょ。
「昨日運ばれてきた朝日奈聖音は…」
「聖斗パパ、私はここだよ」
そう。
血相変えて飛び込んできたのは、
聖斗パパだった。
多分、
聖斗パパも音緒ママも、
昨日は留守だったから、
留守電聞いて、
急いで来てくれたんだと思う。
「聖音!?何して…」
聖斗パパは、
驚いて振り返った。
「何してって…
タクシー待ってたんだけど」
「タクシー待ってるって…」
「だからね、
もう退院したの」
「事故に遭ったって…」
「乗ってたタクシーが事故ったの。
でも私はこの通り。
どこも悪くないから」
「なんだ…
心臓止まるかと思った…」
そこでやっと状況把握が出来たらしく、
聖斗パパは落ち着いた。
「ごめんね。
心配かけて」
慌てて来てくれたのが、
ちょっとだけ恥ずかしくて、
すごく嬉しかった。
「ちょうどタクシーも着いたみたい。
一緒に帰ろっ、聖斗パパ」
私は久しぶりに、
聖斗パパと手を繋いで、
タクシーまで歩いた。
こんな所見られたら、
音緒ママにヤキモチやかれちゃうね。
「聖音を1人にするの、
気が引けるな。
一緒にオーストリア行くか?」
聖斗パパは、
タクシーの中でそう言った。
…侑人さんと同じような事言ってる。
そんなに信用ないかな?
まぁ、前歴があるもんね。
でも今回のは私、
絶対に悪くないから。
「やだよ。
パパ達みたいにペラペラ喋れないし。
それに、
2人の邪魔したくないもんね」
「そうだよな…
でも邪魔ではないぞ?」
「ありがとう。
…でも、
やっぱり今は行けない」
侑人さんとの事も中途半端で、
いただいたお仕事も投げ出したくない。
「そんな顔しなくても、
ちゃんとわかってるから。
側にいなくても、
俺達は聖音の事を思っている。
それだけは忘れないでくれよ」
聖斗パパはそう言って、
私の頭を撫でてくれた。
―――「お帰り、聖音」
「ただいま~
…って、京華っ!?」
家に帰ると、
京華が音緒ママと団欒していた。
めっちゃ和んでるし。
違和感なくいるし。
「見たよ、朝刊!
オフだったから、
遊びに来ちゃった」
「朝刊?」
何を言ってんの?と思った私に、
音緒ママは無言で今日の朝刊を渡した。
受け取ってペラペラ捲ると、
小さく昨日の事故の事が書かれていた。
見出しは『聖音さん(21)タクシー事故』。
これじゃあ、
私が事故起こしたみたいじゃん。
ちゃんと読まないと誤解されるって。
「それ見て、
すぐに貴臣さんに連絡したら、
もう退院すると思うって言ってたから、
じゃあ家に行こうと思って」
そう言って、
京華は紅茶を一口啜った。
「俺も病院着いてビックリしたよ」
後ろで聖斗パパが、
靴を脱ぎながら言った。
「だって聖斗ったら、
留守電、
最後まで聞かずに出て行っちゃうんだもの。
ちゃんと言ってたわよ?
軽症ですが、
念のため入院の措置を取らせていただきますって」
音緒ママはカップを置きながら言った。
「それを早く言ってくれよ…」
「聖斗は聖音の事になると、
そそっかしくて、
ちゃんと聞かないんだから」
音緒ママに言われて落ち込む聖斗パパ。
両親ながら、
2人は本当に面白い。
片方が冷静さを欠けば、
片方は物凄く冷静になる。
バランスが取れているというか、
似た者同士というか…。
「そういう音緒だって、
病院からってわかった瞬間、
青ざめてただろ?」
「お互い、
聖音が大事なのは一緒って事よ」
聞いてる方が恥ずかしい言い合いになりそうなので、
私は京華に、
「今の内に部屋へ行こう」
と言って、
リビングを脱出した。
「大丈夫なの?
止めなくて」
京華が心配そうに言った。
「大丈夫。
なんだかんだ言って、
仲良しだから」
いつもそう。
これ以上の派手な夫婦喧嘩には発展しない。
言わば、ただのじゃれあい。
多分言いたいこと言い合ってるから、
ずっとラブラブでいる。
―――「…やっと静かになった」
部屋に入って、
ベッドにダイブした。
やっぱり自分のベッドが一番気持ち良くて、
安らげる。
「…大丈夫?」
ベッドの脇に座りながら、
京華は言った。
「何?事故の事?
なら全然平気。
どこも異常なし!」
「そうじゃなくて!
それは見た目でわかるし!
だから…ドラマの事とか、
色々だよ。
ストレートに言わなくちゃ、
わからない?」
その言葉でピンときた。
あの時の表情の意味に。
「そういえば…京華は知ってたんだ?」
天也が特別ゲストとして出演すること。
京華は黙って頷いた。
それから話し始めた。
「スタッフの中で噂になってたのを、
偶然聞いてね。
バスケの選手で、
朝日奈という名前の人を、
私は1人しか知らないから。
だけど推測でしかなかったから、
違えばいいとも思ってた。
でも会見を見て、
それが間違いじゃなかったって知って。
聖音は今どう思ってるのかなって、
気になってたの」
「…そうだったんだ」
驚き、よりも納得の方が強かった。
あの時の表情に隠された気持ちを、
やっと今聞けた。
天也に再会した時に、
もしかしたらと思った事が、
正解だったというだけ。
「しかも、
婚約者と元カレと共演だなんて」
「うん…
って、そうじゃん!!」
今の今まで忘れていた。
侑人さんが出演するって事は、
天也と共演する訳で。
修羅場!?
「うそ、今気付く!?」
「色々ありすぎて、
欠落してた」
「聖音って、ほんと…」
「どうせ、バカですよーだ」
「…とにかく、
大丈夫なの?
結婚発表もしなかったでしょ」
「うん…」
「…貴臣さんと別れる?」
「……」
京華は多分、
お見通しだ。
だから、
嘘を言っても仕方ない。
「私ね…天也の事、
何にも忘れてなかったみたい。
必死で誤魔化してただけだって。
だけど昨日…
侑人さんに言われた事とか、
侑人さんの顔が頭から離れないの。
何でだろう…」
あの瞬間まで、
天也の事ばかり考えてたのに、
あれからずっと、
侑人さんの事ばかり考えてる。
「…それは、
罪悪感じゃないの?」
京華はあっさりと言った。
「そんな簡単に…」
「聖音も本当はわかってるよね。
天也さんの事が好きで。
だけど貴臣さんを傷付けたくない。
でもそれって、
本当に傷付けてないと思う?」
京華の言葉は痛いところをつく。
「……」
「…貴臣さん、言ってたよ。
聖音の事頼むって。
何も詳しい事は言わなかったから、
別れたのかなって思ったけど。
それが違うのなら、
聖音の気持ちが揺らいでるって、
感じてるからだよね。
傷付けたくないなんて綺麗事言ってても、
結局傷付けてるんだよ」
侑人さんがそんな事…。
そうだよね。
突然結婚発表しないって言われて。
私の気持ちに、
迷いがあるって、
わかって当然だし。
傷付けるってわかってて、
それでもまだ、
傷付けたくないなんて。
おかしな話だ。
「…私、
結局侑人さんを利用しただけなのかな…」
「それは違うよ…
だって聖音、
本当に幸せそうだったもん」
京華はそう言って、
その後は一言も話さなかった。
だけどずっと、
夜中まで側にいてくれた。
―――「ありがとう、京華。
遅くまで付き合わせてごめん」
「ううん。
貴臣さんの代わりに、
いつでも話聞くから。
…ちょっと罪滅ぼし入ってるかも。
先に言えば良かったって」
京華は冗談ぽく笑った。
「…私は東京へ来た時点で、
どこかで会うかもしれないと思ってたから。
それを願ってもいたから…」
合わせる顔がないと、
自分から離れたのに、
もう一度会いたいと思った。
もう一度会えたら、
それは運命かもしれないなんて。
「聖音が本当に好きなのは誰か。
もう答えは出てるじゃない。
貴臣さんに悪いと思う心があるから、
余計に考えちゃうんだよ。
それはもう恋じゃない。
じゃあね!」
「え、ちょっと待っ…」
京華は私が止めるのも聞かずに、
帰っていった。
この人を傷付けたくないって思いだけで、
一生懸命好きなんだと思うようにしてた事。
そんな、
自分で自分に掛けた呪縛を簡単に解いて。
侑人さんとは結婚出来ない。
優しさに甘えて、
傷付け続けるのはもう終わりにしよう。