第四十九話 ごめんなさい
「は…何の冗談だよ」
侑人さんは、
電話の向こうで怒っていた。
当然だよね。
夜中にいきなり、
明日の結婚会見を、
中止にしたいなんて言われたら。
「…冗談じゃない」
「何でなんだよ!!」
「それは…言えない」
「答えになってねーよ!!
今からそっちに行く」
「来ないでっ!!
…ごめんなさい、
でも、今何を言われても、
気持ちは変わらない」
「…結婚出来ないってことか?」
「…そうじゃない。
でも…ごめんなさい」
侑人さんへの気持ちが、
全くなくなった訳じゃない。
拒まれるとわかってても、
天也にもう一度笑って欲しい。
この期に及んで、
私はまだ結婚をやめるとは言えなかった。
ずるい奴って言われても、
そんな中途半端が、
一番傷付けることをわかってても。
どうしても言えなかった。
「……わかった。
明日は中止にしよう。
そんな状態じゃ、
記者の前に立てないだろ」
「ごめんなさい…
ごめんなさい…!!」
電話を切られて、
虚しく機械音が響いた。
私は何度も謝るしかなかった。
またあの時みたいに、
何もかもを失ってしまったら…
そんな恐怖を感じていたのかもしれない。
結局自分の事しか考えてない。
私は最低だ。
それでも…
離した手を、
もう一度掴みたかった。
陽流さんにはLINEを送り、
何度も電話が掛かってきたけど、
全て無視した。
侑人さんとの結婚で、
一番走り回ってくれたからこそ、
陽流さんには直接言いづらかった。
夜中の3時を過ぎた頃、
聖斗パパと音緒ママが帰って来て、
2人にも会見の中止を報告した。
「ちょっと待って、
一体どういう事!?」
音緒ママは、
持っていた荷物を落とすように置いて、
私の肩を掴んだ。
「音緒、
落ち着いて」
聖斗パパは思ったより慌てず、
音緒ママをなだめる。
多分、
音緒ママが先に暴れだしたから、
タイミング逃したのかもしれない。
「これが落ち着いていられる!?」
「…今は何も言えない。
ごめんなさい。
あんなに素敵な式も挙げさせてくれたのに」
「聖音、
言ってることわかってる?
結婚をやめるって言ってるようなものよ?」
そう。
私は無意識に言葉に出していた。
でも、
あの結婚式があったから、
侑人さんにも、
今も、
結婚をやめるとは口に出来なかった。
だけど、
気持ちはもう、決まってる。
昨日までのあの気持ちはもう持てない。
侑人さんと歩く未来が、
今は見えない。
「…ごめんなさい、
ごめんなさい、
ごめんなさいっ」
私は聖斗パパと音緒ママに、
何度も謝り続け、
遂には泣き崩れた。
…泣き疲れて眠るまで。
2人はずっと側にいてくれた。
だけどもう、
何も言わなかった。
何も聞かなかった。
目が覚めた時、
もう昼を過ぎていて、
うっすら積もった雪も、
溶けて消えていた。
聖斗パパと音緒ママの姿もなく、
シーンとした部屋で1人、
うずくまっていた。
何度も鳴る着信音に、
罪の重さを思い知る。
だけどこれは、
私への罰だから。
鳴り止むまで、
耳を塞いで聞き続けた。
やっと鳴り止んだと思ったら、
今度はインターホンが鳴り響いた。
モニターに写る陽流さんの姿を見て、
もう逃げられないと感じ、
家に招き入れた。
顔には出さないけど、
陽流さんはものすごく怒っている。
「ごめんなさい!」
何を言うより先に、
私は陽流さんに頭を下げた。
「…こんなに走り回ったの、
初めてよ。
何人も担当してきたけど」
「ごめんなさい」
「もう謝罪はいいから、
ちゃんと説明してもらうわよ」
「………」
いくら陽流さんでも、
言えない。
私は無言を貫こうと決めていた。
「…なんて言ったって、
聖音ちゃんは絶対に言わないんでしょうね」
「ごめんなさっ…え…?」
やれやれという顔をしながら、
陽流さんは言った。
「言えることなら、
ちゃんと言ってくれるし、
電話に出ないなんて事もしないわよね。
でも一つだけ、聞かせてくれる?」
「何でしょうか?」
ひしひしと伝わる怒りに負けて、
久しぶりに陽流さんに敬語を使ってる。
「貴臣さんとの結婚、
白紙に戻すの?」
「……侑人さんがそれを、
受け入れてくれるかわからない」
「聖音ちゃんの気持ちは、
もう決まってるのね」
「…うん」
陽流さんには隠しきれない。
「わかった。
私はこれ以上、
干渉しないから。
後は2人の問題。
じゃあ事務所に戻るから」
「ごめんなさい、
迷惑ばかりかけて」
「…マネージャーとしてじゃなく、
聖音ちゃんの友人の言葉と思って聞いて。
私は聖音ちゃんが思ったままを、
貫いていいと思う。
それが正しいか間違ってるかは、
誰にもわからない。
ただ、
私はいつでも聖音ちゃんの味方でいるから。
それだけ覚えておいてね」
「陽流さん…」
「じゃあね!」
陽流さんに背中を押されて、
私は心を決めた。
会いたい、今すぐに。
思うのと同時に、
体が動いていた。
「すいません、瀧さん。
教えていただきたい事が……」
電話を切った後、
家を飛び出していた。
天也に会いたい。
今会っても、
何も言えないし、
何も出来ないとわかっていても。
―――だけどやっぱり、
神様は意地悪で。
その日、
天也に会うことは叶わなかった。