第四十八話 聖なる夜に
「聖音ちゃん、
またよろしくね」
舞台袖での待機中に、
声を掛けてくれたのは、
プロデューサーの瀧さん。
私のデビュー作でもお世話になった、
恩人的存在。
「こちらこそ。
また瀧さんとお仕事出来て光栄です」
「見違えたよ。
いい女優になったね」
「いえ、
私なんてまだまだです」
「謙遜しなくても、
君には才能があるんだから。
自信持って」
「ありがとうございます。
今回も精一杯頑張ります!!」
「聖音さん、
スタンバイお願いしまーすっ」
瀧さんにお辞儀した時に、
スタッフさんに呼ばれた。
「さぁ行こうか」
「はい!」
瀧さんと共に、
舞台へ上がった。
そして15時ピッタリに、
司会者が話し始めた。
「本日はお忙しい中、
お集まりいただき、
誠にありがとうございます。
只今より来年放送予定のスペシャルドラマ、
『夢を掴む』の製作発表を始めさせて頂きます。
このドラマのプロデューサー、
瀧より皆様にご説明致します」
司会者からバトンタッチを受け、
瀧さんは話し始めた。
「このドラマは、
女子バスケの日本代表、
西園まひろ選手をモデルとしています。
彼女がバスケに出会い、
そして日本代表として活躍する今までを描きます」
そうなんだ。
全然知らなかった。
そういえば私、
内容とか全く聞かされないまま、
オファー受けちゃったもんね。
「………以上になります。
では続けて、
出演者を紹介させていただきます。
主役を演じる聖音さん、
一言どうぞ」
瀧さんからマイクを受け取り、
話し始めた。
これは事前の打ち合わせ通り。
「あ、はい。
バスケにはあまり自信ありませんが、
精一杯彼女を演じたいと思います。
よろしくお願いします」
お辞儀をして、
瀧さんにマイクを返す。
はぁ…良かった。
決めていた言葉も、
噛まずに話せた。
とりあえず一安心。
この調子なら、
明日の会見も大丈夫。
そんな事を考えている間に、
どんどん会見は進んでいて。
「ここで、特別ゲストを紹介したいと思います」
司会者の言葉に私は驚いた。
そんな進行聞いてないよ?
「今回バスケの演技指導と、
主人公の憧れの先輩役をご快諾いただきました、
男子バスケットボール日本代表の、
朝日奈天也選手です!!
お願いします」
その言葉と共に、
舞台袖から現れたのは…
天也だった。
目と目が合ったその瞬間、
体中に衝撃が走った。
ドクンと跳び跳ねる心臓の音が、
聞こえてしまわないか心配なほど。
「天…也……」
変わってない。
だけど、少しだけ。
私が知ってる天也とは違う。
天也は、
突き放すように私に背を向けて。
司会者からマイクを受け取り、
何事もなかったかのように挨拶をした。
平然とする天也に対し、
私はずっとドキドキが止まらなかった。
会見が終わったのにも気付かないほど、
彼だけを見てた。
―――「聖音ちゃん、
ちょっと来て」
舞台裏で、
瀧さんに呼ばれて行くと、
隣には天也がいた。
「改めて紹介するよ。
朝日奈天也さんだ。
天也さん、
主役の聖音ちゃ…」
「よく知ってます」
瀧さんの言葉を遮って、
天也は言った。
でもその言い方は、
酷く冷たかった。
そうされても仕方ない。
それだけの事を、
私は天也にしてしまったから。
「え、君たち知り合いなの!?」
「…はい」
他人同然の態度を貫く天也の手前、
恋人だったとは言えなかった。
「瀧さーん、
こっちいいですかーっ?」
「今行くからーっ!
すいません、少し離れます」
スタッフさんに呼ばれた瀧さんは、
天也にお辞儀をして、
走っていった。
残された私達に、
重い空気がのしかかる。
気まずい…。
何から話せばいいの?
「…元気そうで良かった」
沈黙を破ってくれたのは、
天也だった。
「天也も。
日本代表になったんだね…」
無理矢理作った笑顔は、
きっとひきつってる。
だけど、
笑顔作ってなきゃ。
きっと泣いてしまうから。
「ああ。
今年で3年目」
「凄いね、天也」
「聖音こそ、
大活躍してるだろ」
「天也に比べたら、
私はまだまだだよ。
でも…
こんな形でまた会えるとは思わなかった」
「俺も。
もう2度と会わないと思ってた」
「ねぇ、天也…」
「なんだ?」
「今幸せ?」
私は侑人さんと出会って、
幸せをもらった。
「………教えない」
そう言った天也の表情に、
私の胸がズキッとした。
悲しい瞳で笑ったから。
ううん、
笑ってもいないのかも。
あんなにお日様みたいだったのに、
今の天也は冷たくて深い闇にいるみたいに、
全く笑わない。
優司さんが言った、
“心を閉ざしている”
を目の当たりにして、
確信した。
「…ごめんなさい」
聞いてはいけない事を聞いたと思った。
だって、
こんな表情をする人が、
幸せなはずない。
「聖音は幸せなんだな…」
天也がぽそっと呟いた言葉は、
私には聞こえなかった。
「え、何!?」
「何でもない。
これからよろしくな。
じゃあ俺、戻らないと。
練習抜けてきたんだ」
「待って、天也っ!」
天也は私に背を向けて、
また突き放した。
きっと私に壁を作った。
会見場から去った後も、
家に帰ってからもずっと、
天也の表情が頭から離れなかった。
天也と再会したあの瞬間に、
侑人さんがくれた幸せが、
本当の幸せか、
疑問が生まれた。
このまま、
侑人さんと結婚していいの?
たった一瞬で、
必死で忘れようとした気持ちを、
思い出してしまった。
何度も撫でてくれたあの手に触れたい。
大きくて温かいあの背中に、
抱きつきたい。
抱き締めてほしい。
キスしてほしい。
まだこんなにも、
天也の事を愛してるって、
気付いてしまった。
もう一度…
叶うなら…
そう思ったら、
もう止められなかった。
「……明日の結婚発表を、
中止にして下さい……」
降りだした雨が、
雪へ変わり、
辺りを白く染め始めた頃だった。