第四十七話 動き出す
「聖音ちゃん、
スペシャルドラマの話が来てるんだけど、
どうかな?」
クリスマスムードに染まり始めた、
12月の始め。
月9の撮影も終わり、
仕事が一段落ついて、
のんびりと過ごしていた時だった。
突然陽流さんから呼び出され、
私は事務所にやってきた。
「記者会見も控えてるし、
と思って、
しばらくセーブしてたんだけど、
今回は聖音ちゃんご指名なのよ」
ドラマの最終回の次の日。
クリスマスに侑人さんと、
結婚記者会見を開く予定になってる。
でも…
「そうなの?」
役者として、
そう言われて嬉しくないはずはない。
「じゃあ…喜んでお受けします」
私は、
久しぶりのスペシャルドラマのオファーを受けた。
実は陽流さん、
私が倒れてから仕事をあまり取らず、
次の大きな仕事は、
来年の春クランクイン予定の映画。
それまでにあるのは、
『虹の空に』の完成披露試写会が、
1月後半。
全国公開は2月14日のバレンタインデー。
そこでの舞台挨拶が待ってる。
後は、雑誌のインタビューとか。
来年の1月クールのドラマは、
ゲスト出演1本だけだし、
もう体調も万全。
スケジュールにも余裕があるから、
受けても、
ちゃんとやりきれる。
―――だから、
このオファーを受けた。
それがまさか…
私の運命を180度変えてしまう事になるなんて。
「実は、
製作発表がクリスマスイブなのよ。
ドラマのモデルの誕生日が、
クリスマスイブなんだって」
「へぇ~そうなんだ。
なんか面白いね。
というか、
ほぼ確定してたってこと?」
「実はね。
断られたらどうしようって、
心配だった。
でも、
聖音ちゃんは絶対受けると思ったから」
「敏腕マネの陽流さんでも、
結構な博打する時あるんだぁ~」
「博打というよりは、
一緒にやってきた年数に、
自信があったからね」
「そう言ってもらえると、
ますます頑張りたくなっちゃう」
「今やKVプロの2枚看板なんだから、
頑張ってもらわないと。
あ、でも、
過密スケジュールは組まないようにするからね?」
「新婚だし?」
自分で言ってみた。
やばい、
結構恥ずかしい。
「それもあったわね。
あ、いけない。
今から人と会うのよ。
それから…
もうすぐ相道さんが事務所に来るけど、
待ってる?」
「京華が?
待ってる待ってる」
そういえば、
ここ数日京華と連絡を取ってない。
番組の企画で、
海外ロケ行くって言ってたし。
もう帰って来たんだ。
「じゃあ聖音ちゃん。
明後日は昼過ぎに迎えに行くわ」
「はーい、
お疲れ様です」
陽流さんは、
足早に事務所の応接室を出た。
入れ替わりに、
京華がマネージャーと入ってきた。
「聖音!?
久しぶり!!」
「京華こそ!
もう日本に戻ってたんだね」
「ついさっきね。
空港から直行。
この後オフだから、
聖音に会いに行こうと思ってたのに」
「そうだったんだぁ。
私も陽流さんに呼び出されて来たんだけど、
もう帰るとこ。
京華来るって聞いたから、
待ってた」
「ありがとうついでに、
少しだけ待っててくれる?
話終わったら、出ようよ」
「うん。
じゃあロビーで待ってるよ」
私は京華のマネージャーさんにお辞儀して、
応接室を出た。
来た時は気が付かなかったけど、
ロビーに『虹の空に』のポスターが張られていた。
記念すべき初主演作。
やっと少し事務所に貢献出来たのかな。
そういえば陽流さん、
私の事を2枚看板って言ってたよね?
それって、
私もKVプロを代表する所属タレントって事?
だよね??
だったら、凄い嬉しい褒め言葉。
まだまだ京華の足元にも及ばないけど。
…なんて事を考えてたら、
ニヤニヤしてたみたい。
「ちょっと聖音…
気持ち悪い」
「きょっ、京華!」
声も裏返ってますます変人。
「なに、やらしい事考えてたの?
侑人さんとの濃密な日々かなァ?」
「な訳ないでしょ!!
ほら、行くよっ」
会話を強制終了して、
私はロビーを出た。
京華のマネージャーさんが、
既に車を回してくれていて、
私達はそれに乗り込んだ。
「いつもすみません」
「いいえ。
京華さん、今日はどこに」
「いつもの所で」
「わかりました」
車はゆっくり動き出して、
そのまま13分走った所で止まった。
「聖音、降りるよ」
「はぁい、ありがとうございました」
「いいえ。
では僕はこれで失礼します。
京華さん、
お疲れ様です」
「お疲れ様」
私達を降ろし、
言葉を交わした後、
京華のマネージャーさんは走り去った。
「ここの焼き鳥、
すっごく美味しいの。
さ、入るよ」
京華に連れてってもらうお店には、
外れがない。
芸歴18年のベテランなのに、
意外と庶民的なお店をよく知ってる。
そしてどこも美味しい。
「私は一般家庭で育った、
ごく普通の人なの。
中学出るまで、
稼いだお金は全て、
親が管理して、
貰えるのは月5万まで。
残りは全部貯蓄してくれてたみたい。
そんな親だから、
当然高いお店に行くはずもないよね」
「そうなんだ…
でも結構グルメな両親だよね」
「まぁね。
だから、ちょっとだけ、
聖音が羨ましい」
「家だけは一流だからね」
否定はしない。
間違いなく、
私はお金持ちの家で育った。
こんな不良品でも。
「今日は飲むぞ、聖音!」
「しょーがない、
付き合うよ」
それから私達は、
日付が変わるまで色んな事を話して、
いっぱい食べて、
いっぱい飲んで、
楽しい時間を過ごした。
―――「じゃあ聖音、
また今度ね」
「うん」
「あ、聖音。
ドラマやるでしょ?」
「え?
スペシャルドラマ?
もしかして、京華も出る?」
「出るよ。
やっぱり受けたんだ…」
「うん…ほぼ確定してたみたいだし。
やりたいと思ったから」
「そう…
また共演出来て嬉しい。
頑張ろうね」
「うん、お休み」
一瞬、
京華が暗い顔をした気がした。
でも本当に一瞬だったから、
気のせいだ。
深く考えずに、
その日は京華と別れた。
…その表情の答えを知ったのは、
それから2週間後。
クリスマスイブの事だった。