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第四十五話 最高のプレゼント

「ねぇ、聖音。

今度の完全オフ、いつ?」


誕生日から、

1週間後のこと。


突然音緒ママは聞いてきた。


「えっと…11月8日?」


「そう…わかったわ」


「え、それだけ?」


「ええ、そうよ。

侑人くんも一緒かしら?」


「確か…でもなんで?」


「何でもないの、

気にしないで」


何でもないようには思えないけど…。


そう言うから、

それ以上は聞かなかった。


変なの…。


そう思いながら、

私はベッドに入った。


明日も朝からドラマの収録だし。


いちいち気にしてられない。


そう思って、

軽く流していた。


…のだけど。


それからも、

この変な会話は時々飛び出した。


決まって、夜。


私が収録を終えて、

家に帰って来た時に。


「聖音、侑人さんと結婚式どうするの?」

「指輪作った?」

「もう新居は決めたの?」

「新婚旅行は行くの?」

「子供の予定は?」


そういえば、

結婚指輪はもらってない。


どころか、

アクセサリーを貰ったことは、

一度もない。


って、そんな話してるんじゃなかった。


結婚式をする予定は今のところないし、

子供もまだ欲しくない。


まだ俳優をしていたいから。


子供が出来たら、

私はお仕事が出来なくなってしまうし、

侑人さんもやっぱり俳優だから、

頼めないし。


そんなところで、

まだ子供は持たないと決めてる。


それに…


私の体では、

望めないかもしれない。


100%再発しないとは、

言いきれないし。


…私、そんな大事なこともまだ、

侑人さんに告白できないでいる。


こんなので本当に結婚していいのかな。


侑人さんのプロポーズを受けてから、

ずっとこんな感じ。


ちょっとした事が、

ものすごく大きな不安になる。


早くもマリッジブルーというヤツに、

私は陥っていた。


だから、

毎日のように、

結婚を匂わせる会話をするのが、

かなり辛かった。


もう結婚やめようかなと思い始めてしまった、

ちょうどその時に、

11月8日を迎えた。


「聖音、今日はオフだよね?」


自分から聞いてきて、

知ってるのに聞く?

と思いながら、

「そうだよ」

と返事した。


「じゃあ行こう!!」


「えっ!?」


音緒ママは、

適当な服を着てる私を、

半ば強引に連れ出した。


マンションを出ると、

止まっていたタクシーに乗り込み、

音緒ママは、

「フロマージュまで」と運転手に告げた。


そこは音緒ママ行きつけのエステ。


「え、音緒ママ、

エステ行くの?」


「そうよ」


「でも音緒ママ、

確か昨日行ってたよね?」


「今日は聖音を磨いてもらうの」


「私!?」


なんで今日?


なんでエステ??


そう思いながら、

タクシーはお店へ向かってるし、

当然予約してるし、

降りられないしで、

私はフロマージュに着いた。


「予約してる朝日奈ですけど」


受付窓口で、

名前を告げる音緒ママ。


「はい、朝日奈様ですね。

こちらへどうぞ」


「じゃあ聖音、

綺麗になっておいで」


音緒ママに手を振られ、

店員さんに案内されるまま、

ついていく私。


考えてみれば、

エステ久しぶりだし、

まぁいっか。


―――「お疲れ様でした」


施術室を出ると、

受付窓口で音緒ママは、

店長さんと談笑してた。


私に気がつくと、

「さぁ次行くわよ」と言って、

店を出た。


外では既にタクシーが待機してて、

それに乗り込むと、

すぐに走り出した。


どうやら行き先は決まっているみたい。


全身ピカピカに磨かれて、

スッキリして、

どこへ向かうんだろう。


こんな格好だし、

大したとこじゃないよね?


―――「さぁ着いたわ」


音緒ママに連れられて、

やって来たのは…

ホテルだった。


「え、ドレスコード…

大丈夫なの?」


こんなカジュアルな服だよ?


安っいブランドの、

黒のチュニックに、

急いで合わせたショーパンだもん。


「平気。

今からちゃんと着替えてもらうから」


音緒ママは今日一番の笑顔でそう言った。


「はい!?」


ロビーで止められるかと思いきや、

すんなり入れて。


向かったのは…謎の控え室。


そして、

そこに用意されていたのは…


なんと純白のウェディングドレス!!


「え、音緒ママ…

一体何の撮影?」


「ウェディングの撮影よ」


いや…それはわかるよ、さすがに。


そうじゃなくて。


「雑誌の企画?

こんなの聞いてないけど…」


「はぁ…我が娘ながら、

ここまでとはねぇ。

自分が結婚するって、

自覚はある?」


「え………

ええっ!!!?」


それでやっと、

これは雑誌の企画でも、

テレビのよくあるドッキリでもないと気付いた。


じゃあ…前撮り?


「やれやれ。

百合さん、もう出てきてください」


音緒ママは、

半分呆れてそう言った。


え、百合ママ!?


「もう、聖音ったら」


百合ママは、

さっき私達が入ってきた扉から現れた。


「え、なんでここに?」


「なんでって、

決まってるじゃない。

わが娘の結婚式を見に来たのよ」


「ちょっと待って…結婚式!?」


え、前撮りじゃないの??


「そうよ。

今からあなたと、

侑人くんの結婚式。

入籍も発表もまだ先だけど、

今しかないの」


「ちょっと待って…

なんの準備も出来てないよ?

肝心の新郎もいないのに、

どうするって……」


言いかけて、

もしかしてと思った。


最初、

今日は侑人さんもオフだから、

デートしようかと話してた。


だけど昨日の夜になって、

急に大事な仕事が入ったから、

次のオフに会おうねって言って…


「新郎なら、ちゃんといるけど」


百合ママの後ろから現れたのは、

他の誰でもない。


侑人さんだった。


真っ白のタキシードは、

よく似合ってて。


5割増しでかっこよく見えた。


…じゃなくて。


仕事は!?


「うそ…だって」


「そうだよ。

これが大事な仕事。

神様に永遠の愛を誓うっていう」


「もう…バカ…!!」


ついさっきまでのマリッジブルーは、

どこかへ吹っ飛んで。


私はよく分からない感情に包まれた。


驚き?


嬉しい?


幸せ?


ちょっとの怒り?


いろんな思いがぐるぐる。


「先に行ってるから、

早くおいで」


そう言って笑って、

侑人さんは控え室を出ていった。


「まだ泣くのは早いよ」


「そんな事言ったって…」


「新婦様、

そろそろお着替えを…」


ホテルのスタッフさんに急かされ、

私は言われるまま、

式の準備に取りかかった。


鏡に向かって、今更気付いた。


さっきのエステ、

ブライダルエステだ。


「ねぇ音緒ママ。

いつから計画してたの?」


私はドレスを着せてもらいながら、

音緒ママに聞いた。


「聖音の退院祝いをした時に、

みんなで話したの。

…本当は、

こんな所でじゃなくて、

もっとちゃんと話すべき事だけど、

私と聖斗ね、

来年から拠点をウィーンに移すの。

前々から話はあって、

でも聖音と暮らし始めたばっかりで、

離れたくなかったのよ。

でも、

聖音に侑人くんという恋人がいると知って、

その前にプロポーズもされてたわね。

聖音1人にするのは心配だったから、

それでいっそくっつけてしまえと、

4人で話し合って。

まさか聖音達の方から先に、

結婚すると言われるとは、

思ってなかったけどね」


あの日、

夜遅くまでこの相談してた?


ウィーンに拠点を置く?


「え、帰ってこないの?」


「うーん、日本でのリサイタルとか、

仕事が入ったら帰ってくるけど、

数えるくらいしか、

日本にいないと思うわ」


「そう…なんだ」


やっと普通の親子の関係を築けたのに。


また離ればなれになるんだ…。


「聖音と暮らしたこの5年が、

離れても家族でいられると、

そう確信させてくれたから、

私達はウィーンへの移住を決めたのよ。

そして聖音は、

私達の所から巣立つ日が来たの。

幸せになってね」


「音緒ママ…」


「馬子にも衣装…と言いたいけど、

聖音、とてもよく似合ってる」


「百合ママ…」


「じゃあ私達は先に式場に行くから、

涙を拭いて、

もっと素敵になってくるのよ」


「ありがとう…」


音緒ママと百合ママは、

揃って控え室を後にした。


私は涙を拭いて、

「続きお願いします」

とスタッフさんに言った。


それから20分ほどで、

ヘアメイクが終わり、

私はホテル内の式場に向かった。


式場の扉の前に着くと、

聖斗パパと修斗パパが立っていた。


「綺麗だよ、聖音」


「ありがとう、聖斗パパ」


「こんなにも早く、

聖音とヴァージンロードを歩く日が来るとは…」


「情けない事を言ってないで、

シャキっとしろ!!」


「ごめん、兄さん…

やっぱりいてもらってよかったよ」


「厄介な弟だな」


「でも兄さんだって、

聖音と歩きたいだろ?」


「そりゃあ…

少しの間でも、

父親だったんだからな」


聖斗パパと修斗パパは、

いつも通りで。


「ありがとう、2人共。

一緒に歩いてくれるんだね」


私がそう言うと、

2人は照れを誤魔化して咳払いし、

「しょうがないからな」

と言った。


急にツンデレ!?

と笑わせてくれた。


おかげで緊張が解れた。


「皆様、お待たせ致しました。

新婦の入場です!!」


中から司会者の声がしたのと同時に、

スタッフさんが扉を開いた。


私はパパ達にエスコートされて、

侑人さんの元へ向かう。


一歩、また一歩と、

侑人さんに近付く。


そして侑人さんの所まで来ると、

「娘を宜しくお願いします」

とパパ達は言って、

私から離れた。


差し出された侑人さんの手をとり、

私達は、

神父さんの所まで歩く。


「汝、貴臣侑人は、

朝日奈聖音を妻とし、

健やかなる時も、

病める時も、

彼女を愛し、

彼女を慈しみ、

添い遂げることを誓いますか?」


「誓います」


「汝、朝日奈聖音は、

貴臣侑人を夫とし、

健やかなる時も、

病める時も、

彼を愛し、

彼を慈しみ、

添い遂げることを誓いますか?」


「……誓います」


「では、誓いのキスを」


神父さんの言葉を聞き、

侑人さんと私は向かい合った。


そして、侑人さんは、

ゆっくりと私のヴェールを捲って。


私は目を閉じた。


重なる唇から、

侑人さんの緊張が伝わってきた。


多分、

私のそれも、

侑人さんに伝わってる。


人前でのキスは、

演技で何度もしたけど、

本当に好きな人と、

現実の、

しかも結婚式という大舞台だと、

全然違う。


このドキドキが聞こえませんように。


「この瞬間より、

2人は永遠の愛を誓い、

夫婦となりました。

この婚姻に異議のあるものは申し出よ。

なくば永遠に沈黙せよ!」


唇が離れ、

目を開けて侑人さんを見ると、

真っ赤な顔をしてた。


多分私も一緒。


顔が火照っているのがわかるから。


私達は顔を見合わせて笑った。


「では新郎より、新婦へ。

夫婦となって初めての贈り物です」


神父さんがそう言って取り出したのは、

小さな箱。


侑人さんはそれを、

神父さんから受け取った。


「贈り物?」


「聖音、目を瞑って」


私は言われるまま、

目を閉じた。


ぱこっと箱の開く音がして、

侑人さんは私の左手を掴んだ。


薬指に感じた、

微かな感触。


「目を開けていいよ」


もうわかってた。


だけど、

目を開けて、

私は胸がいっぱいになった。


左手の薬指に光る、

エンゲージリング。


「これ…」


サイズはぴったり。


しかも、ティファニーのエンゲージリング。


「結婚式に、

これがなかったら大問題だろ?」


「もう…バカ!」


「素直に嬉しいって言えないかな~」


嬉しいよ。


嬉しすぎて、

もう言葉じゃ表せない。


「改めて。

俺と結婚してくれてありがとう。

これからよろしく」


「…はい、旦那様!」


侑人さんは、

私を抱き上げて、

もう一度キスをした。


「絶対に幸せにするからな」


「…もう十分幸せだよ」


今度は私から侑人さんにキスをした。


その瞬間、

私は紛れもなく幸せで。


2人だけの世界に浸っていた。


もう恥ずかしいとか思わなかった。


そう思うほど、

周りのことは視界に入ってなかったから。


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