第三十四話 衝撃
『虹の空に』
私が演じる主人公、
渓未衣里は17歳の女子高生。
スポーツ大好きな活発な女の子だ。
彼女はある日、
部活の最中に突然倒れてしまう。
そして、彼女が告げられたのは、
余命3ヶ月という残酷な運命。
そんな彼女が思いを寄せる、
貴臣さんが演じる、
幼なじみの春川柊。
残された時間を懸命に生きる彼女を、
一番近くで支える柊。
自分の運命を知り、
それでも最後まで悲観的にならず、
明るく振る舞い続けた彼女の物語。
…既にお察しの通り、
これはノンフィクションを元にしたフィクション。
脳腫瘍を患い、
18歳という若さで亡くなった女の子の、
両親が書いた手記を元に作られたそう。
そして、
彼女は告知された直後に、
貴臣さんのデビュー作の映画を見て、
無くしかけていた生きる意欲を、
取り戻したのだとか。
それで貴臣さんの大ファンに。
その縁から、
今回出演を両親が熱望し、
実現したらしい。
さすがに衣里役は無理なので、
幼なじみの柊を演じる。
そして…今日、
1月22日。
『虹の空に』はクランクインを迎えた。
貴臣さんと初めて顔を合わす。
「貴臣さん入りまーす!」
ADさんの声に、
私はドキッとした。
わざと反対を向いて、
貴臣さんに背中を向ける。
「おはようございます、
よろしくお願いします!」
「おはよう、貴臣くん」
「渋沢さん、お久しぶりです。
またお仕事出来て、光栄です」
渋沢さん、というのは、
この映画の監督さん。
「そうだ、貴臣くん。
まだ聖音ちゃんとは会ってなかったね?
聖音ちゃん、こっちに来て」
貴臣さんと話していた渋沢監督が、
私を呼んだ。
そして…その時は来た。
「はい!今行きます」
返事をして、
振り返ると…
渋沢監督の隣で、
今まで出会った誰よりもかっこいい、
男の人がいた。
大人の落ち着きを持っていて、
でも27歳とは思えない少年ぽさもある。
一瞬、心が弾んだ。
でもそれは、ほんの一瞬。
あ、かっこいい…。
そんな風に思っただけ。
「初めまして、貴臣さん。
衣里役の聖音です」
駆け寄って、
勢いよく頭を下げてお辞儀した。
…んだけど。
貴臣さんは黙ったまま。
「あの……?」
初対面なのに、
嫌われてる!?
私、何かした…?
そう思った瞬間だった。
貴臣さんがにやっと笑ったのが見えて、
次の瞬間には、
私は貴臣さんにキスをされていた。
「……!
やだっ!!!」
私はドンッと貴臣さんを突き飛ばして、
平手打ちを食らわした。
「最低…!!」
貴臣さんは左の頬を押さえながら、
ニヤリと笑って言った。
「気に入った。
お前…俺と結婚しろ」
「はぁぁっ!!?」
隣で繰り広げられた光景に、
渋沢監督は呆然。
その場のスタッフも全員が、
開いた口が塞がらないという状態で。
ただ一人。
私のマネージャー、
陽流さんだけは青ざめた顔をしていた。
「責任、取ってもらうから」
私が殴った左の頬をさすりながら、
やっぱりニヤニヤしていた。
……訂正。
この男は…今まで出会った中で、
一番最低な男だ。
強引なキスに、
初対面の命令形のプロポーズ。
私はこんな奴にときめいたりなんかしない。
出会って30秒。
共演者がみんな恋するという、
超イケメン人気俳優、
貴臣侑人が死ぬほど嫌いになった。
恋とか…あり得ないからっ!!
結婚しろだぁ?
ふざけんなっ!!