第三十三話 時は流れ
―――「聖音ちゃん、目線こっちー!」
「はい!」
「ちょっとセクシーなのくれる?」
私に一番ないものを求める!?
と心で思いながら、
カメラマンの要望に答えてポージング。
「…お疲れ様、聖音ちゃん。
年末の忙しい時に、
無理聞いてもらってありがとう」
やっと撮影が終わり、
一段落ついた所で、
一人のおじさまが話しかけてきた。
「いいえ。
近衛さんには、
朝日奈がお世話になっておりますので」
おじさま…近衛さんは、
修斗パパの会社と、
取引のある会社の社長さん。
そして、
近衛さんの奥様はファッションデザイナーさん。
(サユキ・コノエという、
芸能人のファンも沢山いるデザイナーさん)
そんな繋がりから、
新作の振り袖のイメージが私に合うという事で、
モデルのお仕事を、
修斗パパを通して戴いた。
(相場の半分のギャラで、
しかも勝手に受けたから、
陽流さんにちょっと絞られた)
ちょっと花魁っぽい、
セクシーな振り袖。
童顔の私で大丈夫なのか、
かなり心配だったけど。
化粧で何とでもなると思い知った。
「売れっ子になったから、
こんなわがままを、
聞いてもらえるとは思ってなかったよ」
「そんな…私なんてまだまだです。
こちらこそ、
こんな素敵な振り袖着られて、
嬉しかったです。
二十歳のいい記念になりました。
成人式は行けそうもないので」
元々参加するつもりもなかったけど、
CMの撮影で札幌に行くから、
成人式には行けない。
だから、
今日が私の成人式。
「頑張るねぇ。
じゃあもう一つ記念に、
今日撮った写真をパネルにして贈るよ」
「いいんですか?」
「もちろんだよ!」
近衛さんの後ろで、
陽流さんが手を振って、
私を呼んでいた。
「ありがとうございます!!
あ、すみません。
ちょっと失礼します」
近衛さんに頭を下げて、
陽流さんの元へ走った。
―――天也と別れてから、
気付けばもう3年半。
私は二十歳になった。
(子供の頃は、
二十歳ってかなり大人だと思ってたけど、
実際二十歳になってみたら、
そんなに大人じゃなかった)
デビュー作のドラマが大ヒットし、
おかげで、
その後も切れずお仕事を戴き、
私は女優として認められ始めていた。
女優の才能あるかも、なんて。
…嘘です。
運です、運。
完全に。
恵まれた環境で、
お仕事が出来たから。
…芸能界に入ってから今まで、
何もなかったといえば、
嘘になる。
共演した方から告白された事もあったし、
愛人になれなんて言われた事もあった。
連絡先を教えてと言われるのは、
もう慣れた。
でも一度も、
私の心は動かなかった。
全て断ってきた。
別に、
もう恋なんてしないって、
決めてる訳じゃない。
私も所詮弱い人間だから。
どこかでまた誰かに恋するかもしれないし。
よーするに、
誰にも共演者以上の気持ちが持てなかっただけ。
それに…
そんな事に気を取られてる余裕が、
全くないくらい、
夢中で女優という仕事と向き合ってきたから。
いつまでも、
親のすねかじってる訳にもいかないし。
自立した人になろうと、
一生懸命走ってきた。
お世辞でも売れっ子と言われると、
そんな頑張りを認めてもらえたみたいで嬉しい。
だから今日も頑張る。
―――「お待たせ、陽流さん。
ちょっと延びたけど大丈夫?」
「お疲れ様、聖音ちゃん。
会見は5時からだから、
余裕で間に合うよ」
「わかりました。
着替えてきます」
今日の仕事はこの撮影と、
映画の製作発表記者会見。
映画の仕事は3本目だけど、
今までは全て端役。
今回なんと、初主演!!
主人公を演じさせて頂けることに。
というわけで、
その映画『虹の空に』
の製作発表記者会見に同席する。
「聖音ちゃん、
とっても素敵だったよ」
「本当!?
嬉しいなぁ~♪」
「時代劇のオファー来るかもよ?」
「やるなら…
花魁役とかやってみたいかも」
なかなか普段出来ないことが出来るのが、
演技の楽しいところ。
花魁なんて、
絶対出来ないもんね。
「来るといいね」
「私、童顔だもんな~。
イメージないとか思われそう」
「それはあるかもしれないね」
今まで戴いたお仕事は、
どれも実年齢より下。
一番若い役は中学生だった。
(しかも去年)
『虹の空に』でも、
主人公の中学生時代も演じる。
それが聖音ちゃんの魅力だって、
瀧プロデューサーは言ってくれたけど、
そろそろセーラー服はコスプレに思えてきた。
…でも、戴いたお仕事なので、
ちゃんとやる。
「あ、聖音ちゃん。
さっき電話があって、
相手役の貴臣さんが来られないみたい。
電気系統のトラブルで新幹線止まったらしくて」
「そうなんだ」
「ちょっと残念?」
「ううん、
そんな事ないよ!?」
バカだ私、
動揺しちゃって。
…でもしょうがない。
『虹の空に』で、
主人公の幼なじみを演じる、
貴臣侑人さんは、
今超人気の俳優。
分刻みのスケジュールで動いてるような、
ドラマに映画にバラエティーと、
あちこちに引っ張りだこの超売れっ子。
そして…
彼と共演した人はみんな彼に恋する、
なんて囁かれている。
私は今回、
彼と初共演で、初対面。
私もときめいちゃったりするかも?なんて。
有り得ないな~多分。
「気合い入れていこー!!」
私が突然叫んだもんだから。
車がぐいんっと曲がって、
センターラインを踏んだ。
「こらっ!
いきなり大声出さないっ!!」
左側へと寄りながら、
陽流さんが言った。
「ごめんなさぁい…」
―――まだ知らない。
これから始まる運命の物語を……
突然3年経ちました。よくあることですね(笑)驚かれた方、すみません。これから駆け足で物語は進みます。ちょうど折り返しといった所でしょうか。応援して下さる皆様、最後までお付き合い頂ければ幸いです。