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第三十一話 優司

「生3つでいい?」


「いいよ…

って、私らダメだから!!」


謎のノリツッコミを披露してくれた京華。


「えー、飲みたいー」


素面とか耐えらんないんだけど。


「写真撮られたら、

井川さん悲しむよ?」


そうだった…


芸能人になるって、

そういう事なんだ。


今まで当たり前みたく、

飲んでたけど、

本当はまだダメなんだよね。


ってか、

なんで私のマネージャーの名前知ってるの?


「ねぇ京華、私、

マネージャーの名前教えたっけ?」


「ううん、

だって井川さん、

私の元マネージャーだから」


意外な答えだった。


「そうだったの?

ってか、事務所一緒?」


「今更すぎるよ!

私、一応KVプロの看板だよ?」


「ごめん…

そういうの、疎くて」


だから、

優司さんがモデルってのも知らなかったし。


色々ダメだなぁ、私。


その辺は新人なので、

許してって事で。


「まぁいいわ。

それより…2人は知り合いだったのよね?

なんか訳ありのようだけど」


「……」


言うのを躊躇っていると、

扉をノックして、

店員がやってきた。


「失礼しまーすっ!

生1つと、烏龍2つでっす」


いつの間にか、

優司さんが代わりに注文してくれたらしい。


「ごゆっくりどーぞっ」


無駄にテンション高めの店員が部屋を出ると、

急にシーンとした。


「驚かされたんだから、

責任とってよね」


京華は、

烏龍茶をごくごく飲みながら、

話しなさいと目で訴えてくる。


「……」


「聖音は、

俺の弟の彼女。

で、隣に住んでた」


耐えかねて、

優司さんが話し出した。


「へぇ…」


「元、彼女だよ。

もう別れたから」


「そうなの?」


「でも、受け入れてないだろ?」


「誤解招く言い方しないで。

振ったのは私なんだから」


「でもまだ好きなんだろ?」


「優司さんには関係ないでしょ」


「関係なくはないだろ」


「私の気持ちなんだから、

関係ないじゃん!」


「でも相手は俺の弟だ」


「だから関係ないでしょーが」


「ちょっと落ち着いてよ、

2人共」


なだめに入ってくれた京華に。


「京華は黙ってて!」

「京華ちゃんは黙ってて!」


思わずハモってしまった。


そこでついに、

張りつめていた糸が切れてしまった。


「なんでそんな事言うの!?

そんな当たり前な事言わないでよ!!

誰のせいでこうなったと思ってんの!?

バカにするのもいい加減にしてよ!!

なんでよ……

せっかく前向こうとしてたのに…!」


優司さんに掴みかかって、

泣き崩れる私。


優司さんは何も言わなかった。


ただ顔を反らして、

目を閉じていた。


「聖音…」


あまりの姿に、

京華も声を失った。


「京華ちゃん。

悪いけど…聖音と2人にしてくれないか?」


「え…大丈夫?」


「カウンターにいてくれる?

終わったら呼ぶから」


「…わかった」


京華は個室を出て行った。


すると、優司さんは淡々と話し始めた。


「聖音、最低な事をした俺の話なんか、

聞きたくないと思う。

顔も見たくなかったよな。

わかってて、でも言わせてほしい」


「…何も聞きたくない」


「俺の事は最低だって憎んでいいよ。

憎まれるのわかってて、

それでも…抱かずにはいられなかった。

別れるなんて選択肢は、

ないと勝手に思ってた。

俺の方が、

自分の好きな人を信じてなかったのかもな。

失って、初めてわかった。

俺は…天也に向けられる聖音の笑顔が、

何よりも好きだった。

でも今は、

どんなに思い出そうとしても、

思い出すのはあの時の…

聖音の泣き顔ばかり。

聖音と別れて、

東京へ向かった天也の、

無理矢理作った笑顔が…

頭から離れない……。

虫がよすぎると怒るだろうけど、

俺は2人に幸せになってほしい。

天也はあの日以来、

心を閉ざしてしまった。

アイツは…俺とは違って、

心から聖音を愛してた。

生涯でただ一人の存在を見つけたって…

だから……」


「……もうそれ以上言わないで」


そんなの、知ってるよ。


天也が私をどれほど思ってくれてたか。


だからこそ、

拒み切れなかった自分を、

私は許せなかった。


不可抗力とはいえ、

裏切りに変わりはない。


黙ってればよかった?


でも知られてしまったら、

きっと…。


だから私は別れを選んだ。


なのに……


「…そうだよ。

言うとおりだよ…

天也の事考えない日はない。

今でも愛してる」


「だったら…」


「でもそれは出来ない…。

もう何も知らないで、

幸せでいられた日々は戻らない。

天也はきっと、

受け入れてくれると思う。

でも私がそれに耐えられないの。

騙してるような気になるから…」


ただただ愛して愛されてた頃には戻れない。


優司さんの気持ちを知ってしまった以上。


知らん顔して、

天也の事だけを愛していられる?


優司さんに、

お兄ちゃん以上の感情を持つことは、

絶対にない。


「もう…私の事は忘れて。

天也にもいつか…

また心から笑える日が来るって信じてる。

私はきっと、永遠にないけど」


私は涙でぐちゃぐちゃの顔で、

優司さんに笑顔を見せた。


それは精一杯の強がりで、

笑顔を好きだと言った、

嫌いな人への皮肉。


「…そんな顔させたかったんじゃない。

それだけは…信じてほしい」


「わかってる…

だって優司さんはいつだって優しかった。

その気持ちに応える事はできないし、

絶対にない。

だから…私達は離れるしかなかったの」


なんだかんだ言っても、

天也は優司さんの事信頼してたし、

大事な家族だって思ってる。


そんな兄と女の取り合いなんて、

出来る人じゃない。


かといって、

諦められないのも知ってる。


そういう優しさを持つ兄弟だから。


元凶の私がいなくなれば、

2人がギクシャクする事もない。


そうだよね?


「…最後に一つだけ、

教えてくれる?」


「何?」


「今日会うのが私だって、

わかってた?」


「それは全く知らなかった。

京華ちゃんは、

後輩の可愛い子連れてくとしか、

言わなかったから」


「そう…わかった」


私と知って来たのなら、

もしかしたら殴ってた。


どの面下げて、

私の目の前に現れたんだって。


私は涙を拭いて、

「さよなら…お兄ちゃん」

最後の皮肉を言った。


あなたはあくまで恋愛対象外なんだって、

最終通告。


もう2度と会う事はない。


「聖音……元気で」


個室を出ようとする私を、

止めはしなかった。


きっと、

止めても無駄だって知ってるから。


「ごめん、京華。

また今度ゆっくり話すから、

私は帰るね」


カウンター席にいた京華にそう言って、

私は店を出た。


京華も私の顔を見て、

何かを悟ったのか、

無言で手を振った。


それから後は記憶が曖昧。


なんとかタクシー拾って、

家には辿り着いたらしい。


目が覚めたのは、

翌日の昼過ぎだった。

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