第二十八話 京華
「おはようございます!
聖音さんの迎えに来ました」
ハイテンションで現れたこの人、
陽流さんは私のマネージャー。
朝が弱い私には辛い。
っても、11時前なんだけど。
「おはようございます…」
「そんなに暗くちゃダメよ!
新人は元気いっぱいでなきゃ!!」
「はぁい…」
「まぁいいわ。
準備は出来てるの?」
「大丈夫です…」
ひたすらテンション低めの私。
プラマイゼロってところかな。
「井川さんとおっしゃったわね?
娘がお世話になります」
奥から、
音緒ママがやってきて、
陽流さんに頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。
大切なお嬢様をお預かりします」
陽流さんは音緒ママに頭を下げた。
ちょうどその時、
音緒ママのマネージャー、
城野さんもやってきた。
「あ、井川さん!」
「もしかして、城野!?」
「お久しぶりです!!」
そこはそこで知り合いらしい。
なんか盛り上がっていた。
「こんな事してる場合じゃなかったわ。
聖音さん、
行きますよ!
またね、城野」
陽流さんは城野さんに手を振って、
エレベーターに向かった。
「あ、はい!
お疲れ様です!!」
その陽流さんの背中に向かって、
城野さんは声をかける。
「じゃあ音緒ママ、
私も行ってきます」
「行ってらっしゃい。
頑張ってね」
「はぁい」
陽流さんを追って、
私も玄関を出た。
今日の音緒ママは、
確かリサイタルの打ち合わせって言ってたっけ。
―――「新人は挨拶が肝心よ。
元気よく、はっきり、
これを忘れないこと」
「わかりました」
テレビ局に向かうタクシーの中で、
陽流さんは何度も何度も、
新人の心得を繰り返した。
もう聞き飽きたなぁって頃に、
やっとテレビ局に着いた。
初めてのテレビ局。
初めてのお仕事。
新しい世界に、
ドキドキしていた。
「失礼します」
案内された部屋には、
まだ誰もいなかった。
「一番乗りとは、
感心だね」
後ろから声がして、
ぱっと振り返ると、
男の人が立っていた。
「おはようございます!
宜しくお願いします」
勢いよく頭を下げたせいで、
少しだけくらっとした。
「元気もいいね。
僕の見る目は間違いなかったみたいだ」
その人はそう言って、笑った。
「えっ…じゃあ」
「僕はプロデューサーの瀧。
よろしくね、聖音ちゃん」
その人こそ、
私を見初めてくれた、
プロデューサーさんだった。
「覚えて下さってたんですね」
「もちろん。
あの朝日奈夫妻の娘だからね。
いや、違うな。
感じたんだよ。
売れるって直感」
「ありがとうございます!
精一杯頑張ります!」
瀧さんは穏やかな紳士。
だけど、
一切の妥協を許さない。
怒ると怖い人だと、
音緒ママも聖斗パパも言っていた。
そんな方だからこそ、
ヒット作を連発し、
名プロデューサーといわれるんだと思う。
そんな方のドラマに出られるなんて、
本当に嬉しい。
「おはようございます、
出演者の方ですね?」
そこへ、
ADさんがやってきた。
「はい、聖音です。
よろしくお願いします」
「どうぞ、
お名前の札があるところへ掛けてください」
「ありがとうございます」
一礼して、
私の名前の席へついた。
瀧さんはいつの間にか、
いなくなってた。
その後、
続々と出演者が入ってくる。
「おはようございまーす」
何人目かの時、
聞き覚えのある声がした。
「おはようございま…えぇっ!?」
挨拶しながら、
その人を見て、
私は驚いて、立ち上がった。
「あなた、昨日の…」
「ね、だから言ったでしょう?
また会えるよって」
その人はにっこり笑って言った。
そう。
その人こそ、
昨日道案内をしてくれた彼女だった。
他の人は一体何が何だかわからず、
私達を不思議な目で見ていた。
「改めまして。
私は相道京華。
子役からやってるから、
芸歴は13年。
今年高校出たばっかの、19歳。
よろしくね、
聖音ちゃん」
「私の名前…」
「雑誌見たわ。
だからあなたの事知ってたの。
昨日は本当に偶然だったけど」
「そうだったんだ…。
ごめんなさい。
私ずっとタメ口聞いてしまって…」
「気にしないで。
でもよかったら、
友達になってくれる?
役もそうだし」
「もちろんです!
昨日は本当にありがとうございました」
「だからいいってば。
それより、
その言葉変だから、
普通に喋りなよ」
「そんな、大先輩に…」
芸歴13年のベテランにタメ口なんて。
やっぱまずいよね?
新人でもわかる。
「友達、でしょ?」
「相道さん…」
ウインクしながら、
相道さんは言った。
その気さくさが嬉しかった。
「京華って呼んで、
聖音!」
「は…うんっ!」
こうして、
私は芸能界で初めての友達が出来た。
そして、もう一人…。
「京華、また共演ね」
そう言いながら、
京華の肩をポンと叩いたのは、
スタイル抜群の美女。
「かなこ!
どうせ今回もオイシイちょい役でしょお?」
「かなこ言うなっつーの。
てか知らないよ、
マネージャーが取ってきた仕事だもん。
それより、誰?」
私を指差して言った。
「あぁ、紹介するね。
この子は聖音ちゃん。
で、こっちは鍋島花菜子」
京華は半笑いで紹介してくれた。
「ちょっと!
本名言うなってば!!
アタシは遠野花菜。
本業はモデル。
年は京華と一緒の19だよ。
というか、
京華と知り合いだったの?」
花菜は矢継ぎ早に喋る。
うっかりしてたら、
聞き逃しそう。
「昨日知り合ったばかりで…
あ、私は聖音です」
「そうなの?
まぁいいや。
あ、花菜って呼んでね?
友達になろ?」
花菜は半ば強引に、
私と握手した。
「こら、花菜子!
聖音が困ってるじゃん」
「だから、本名言うなって!
聖音ちゃんはちゃんと花菜って呼んでね?」
「あ、はい!
私も聖音って呼んで下さい」
「オッケー、聖音ね?」
花菜はそう言って、
席についた。
京華も席につき、
私も椅子を起こして、
座り直した。
そんな感じで、
長い付き合いになる2人と出会い、
私は芸能界での初仕事に挑む。