第二十五話 デビュー
「いってらっしゃい」
仕事に向かう音緒ママを、
見送る。
「ねぇ聖音。
暇なら一緒に来る?」
「えっ!?」
―――それは誕生日から5日後の事だった。
今日の仕事は、
聖斗パパはリサイタルの打ち合わせ、
音緒ママは雑誌の撮影。
私は相変わらずニートなので。
今日も1日、
だらだらして過ごす予定だった。
だったんだけど…。
「いいの?行っても」
「見学くらい、大丈夫だよ。
私の娘なんだし。
ね、来ない?」
「…うん、行く」
私は非公表の存在。
娘なんて言って、
大丈夫なの?
そう思ったけど。
やっぱり音緒ママの仕事姿に、
興味もあって。
見学くらいなら…大丈夫かな。
結局、
行く事にした。
それが、全ての始まりだったのかも知れない。
「朝日奈音緒さん、入りまーす!」
スタッフさんの声がスタジオ内に響く。
「おはようございます。
よろしくお願いします」
音緒ママはその場のスタッフさん全てに、
挨拶をして、一礼した。
「よろしくね、音緒さん」
その中で一番偉い人が、
音緒ママの側まで来て、
にっこり笑って握手した。
「神楽井さん、ごめんなさい。
今日は娘を見学させてあげたいのだけれど、
いいかしら?」
音緒ママがそう言うと、
その偉い人…神楽井さんは、
私をじっと見た。
「聖音と申します。
決してお邪魔は致しません」
そう言って、頭を下げた。
「音緒さんの娘なら、
喜んでどうぞ」
にっこり笑ってそう言うと、
またスタッフさんの元へと戻っていった。
「神楽井さんに撮ってもらえると、
一流といわれるくらい、
名カメラマンなの」
「そうなんだ~」
「お許しも出た事だし、
ゆっくり見学してて」
「はぁい」
音緒ママはそう言うと、
マネージャーの城野さんと共に、
神楽井さんの元へ向かった。
「これ、使って下さい」
スタッフさんが、
折り畳み式の椅子を用意してくれた。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言って受け取り、
早速座った。
その時だった。
「神楽井さん、大変ですっ!!
一緒に撮影する予定だった子が、
トラブったらしくて。
今日来られないそうですっ」
どこかに電話していた、
女性スタッフさんが、
慌てた様子で叫んだ。
「何だって!?」
「おいおい、どうするんだ」
「他の子手配できるか!?」
スタッフさん全員が、
騒然となった。
「相田、どういう事なんだ?」
神楽井さんは、
女性スタッフさんに詰め寄った。
彼女は相田さんというみたい。
「盲腸で緊急入院だそうです」
「盲腸!?」
「はい。
マネージャーから連絡が。
マスコミにもFAX流してる最中みたいで」
「そうか…困ったな」
相田さんは頭を抱え、
神楽井さんは腕組みして、
目を閉じていた。
そして、目を開いた時、
ちょうど私と目が合った。
その瞬間、
神楽井さんは何か閃いたようだった。
少しだけ、
嫌な予感はした。
背中がゾクッとするような。
「音緒さん」
神楽井さんは音緒ママに目線を送った。
それだけで、
音緒ママは察したみたい。
無言で頷いた後、
私の所にやってきた。
「どうかしたの?」
「本当は今日、
私のファンを公言してくれてる若手モデルの、
品川真凛と対談して、
グラビア撮影の予定だったの」
「品川真凛ってあの?」
品川真凛は、
ファッション雑誌『pipi』の人気ナンバーワンモデル。
最近は女優としても活躍している。
「聞いた通り、彼女が来られないのね。
このままだと、
全部無駄になってしまう。
そこで…聖音。
私と一緒に雑誌に載るの、どう?」
音緒ママはウインクしながら、
お茶目に言った。
「え、えぇーっ!!?」
その瞬間、
スタジオにいる全員の視線が私に向けられた。
「私!?」
「そう。
もうあなたしかいないわ」
「でも私…」
モデルさんみたく、
特別スタイルも良くないし、
特別美人でもないし。
何より、
娘ってバレてしまうんだよ?
「親子初共演となれば、
話題性もバッチリ。
品川真凛との対談の代わりには、
十分でしょ?」
音緒ママは、神楽井さんに言った。
「音緒さんがいいなら、
こちらとしては問題ない。
後は聖音ちゃんだったね?
君の気持ち次第だ」
神楽井さんはそう言いながら、
私を見た。
「本当に…私なんかでいいの?」
「聖音しか、いないの」
音緒ママの強い意思を感じた。
そして、向けられた視線に負けた。
「わかりました…私で良ければ」
遂に私は首を縦に振った。
それからは早かった。
「相田、すぐに聖音ちゃんをメイクルームに」
「は、はいっ!」
神楽井さんの言葉で、
相田さんは私を奥の部屋へ連れていく。
「撮影の準備始めるぞ!!」
神楽井さんの一声で、
全スタッフさんが動き出す。
―――「音緒さん、すまない。
本当に助かった」
「いえ。
私は嬉しかったです。
聖音をもう一度、
世間に公表するチャンスを頂けて」
音緒ママがそう言ったのを、
神楽井さんがこそっと教えてくれた。
―――「神楽井さん、
お待たせしました。
聖音ちゃんの準備が出来ました」
相田さんと共にスタジオに戻った時、
もう世界が一変していた。
超一流のスタイリストと、
ヘアメークアーティストの魔法で。
自分でも別人って思っちゃう位、
変身を遂げた私に、
全員が驚きを隠せなかった。
「まぁ…」
提案した音緒ママもびっくり。
「これは…ダイヤの原石だったか」
神楽井さんも。
「さっきまでの子なのか?」
続々と驚きの声が上がる。
「未熟者ですが、
宜しくお願いしますっ」
私は全員に向かって、
頭を下げた。
「よし、始めよう!」
神楽井さんがそう言ったら、
スタジオ内の雰囲気が、
一気に緊張感を増した。
「聖音は、
いつもの聖音でいいからね」
音緒ママの言葉が、
少しだけ緊張をほぐしてくれた。
おかげで、
初めてにしては上出来だったと、
神楽井さんに褒めてもらえた。
これがきっかけで、
私は芸能界入り。
また様々な事件が巻き起こる。