第二十二話 一緒に
「今日は聖音に会えて、
本当に良かったわ」
音緒さんが私を抱きしめながら言った。
「こちらこそ。
ありがとうございました」
音緒さんは私から離れると、
タクシーに乗り込んだ。
「…なぁ、聖音。
聖音さえ良ければ、
俺達と一緒に暮らさないか?」
聖斗さんはタクシーに乗るのを躊躇い、
振り返って言った。
「えっ…」
「今更遅いけど、
ここまで育て上げてくれた、
兄さんや百合さんに悪いけど、
もう一度だけ、
親にならせてもらえないか?
失った時間は…いや、失ってはない。
一緒にいられなかった分を、
今から取り戻したい。
そんなわがままを…聞いてくれないか?」
私は、ただただ驚いた。
言われるとは思ってもみなかったから。
私は玄関扉の前に立つママをそっと見た。
今まで散々迷惑ばっかりかけた、
超親不孝者の私を育ててくれたママ。
私がいなくなれば、
ママは楽になれるかな。
でも私、聖斗さんと音緒さんの事を、
本当にパパママって思えるのかな。
「……少し、考えさせて下さい」
簡単には返事出来ない。
聖斗さんの真剣な気持ちに、
私も真剣に答えたい。
「返事はゆっくりでいい。
そして、無理強いもしない。
聖音の思うようにしてほしい。
…でも、今言った通りだから」
聖斗さんはママに向かってお辞儀して、
タクシーに乗り込んだ。
私が2人に向かってお辞儀すると、
タクシーは静かに走り出した。
見えなくなるまで手を振って、
私はママの所へ駆け寄った。
「ママ…」
「お帰り。
あ、そういえば、
音緒さんがケーキ持ってきてくれたのよ」
ママは少しだけ、作り笑いしてる。
私はそれに、
気付かないふりをして、
明るく振る舞う。
「やったー!!
早く食べよっ」
だけど目を合わせられなくて、
先にリビングに向かった。
ママが出してくれたケーキは、
とても美味しかった。
ちゃんと私の大好きなチョコレートケーキ。
ほろ苦さが、
今の私の気持ちにピッタリだなって思ってた。
今まで通りママと暮らしても、
聖斗さん、音緒さんと暮らすにしても、
どちらを選んでもどちらかがきっと傷つく。
私は…選べない。
そんな私の背中を押してくれたのは、
やっぱりママだった。
ちゃんと私の気持ちを見抜いてる。
「ねぇ、聖音。
聖斗さん達と暮らしてみたら?」
「えっ!?」
「私達は十分、聖音の親を満喫したわ。
それに、聖音ももう16。
どうせ、天也くんと行くはずだったんだし」
胸がズキッとした。
まだ全然、天也を失った傷は癒えてない。
でもママに、
傷を抉るつもりはきっとない。
「そうだね…」
「そしたら、私も心置きなく、
修斗さんの所に行けるし」
そっちか!!
「…冗談よ」
笑えないわっ!!
「…本当は手放したくないのよ。
本当に娘と思って育ててきたんだから。
でも、だからって、
私が本当の親子が絆を深めたいと言ってるのを、
邪魔したくない。
私達の事は考えなくていいよ。
聖音がちゃんと決めなさい」
そう言うと、
お皿を持ってキッチンに消えた。
ママ…
ありがとう。
私とママ達に親子の血の繋がりはなくても、
ちゃんと親子の絆がある。
そしてそれは、離れてもきっと切れない。
だよね?
「いい顔してるじゃない、我が娘」
片付けを終えたママが、
戻ってきて言った。
「ねぇ、ママ。
もし私が戻ってきても、
私の部屋はここにある?」
「当たり前でしょ?
あんな散らかった部屋を、
誰が片付けると思うの。」
うぅっ…
それを言われるとちょっと辛いかな~。
言い方はこれでも、
ちゃん私の居場所はここにあるって事よね?
「まだ早いかな、決断するのは」
「そんな事言ってると、
またコロコロ変わるわよ?」
「だよねー」
さすが、ママ。
やっぱりよくわかってる。
「いつでも、
ダメだったら戻ってこれば?
大丈夫だと思うけど」
「ありがとっ!!」
私はママにハグして、部屋に戻った。
…ごめんね。
本当はちょっとだけ、
この町から離れたいって思ったの。
天也との思い出が溢れてるこの場所から。
この道を一緒に歩いたとか。
このお店で天也がぬいぐるみを買ってくれたとか。
隣の家を見る度に思い出してしまうから。
元気にしてるかなって。
ごめんねって。
一生忘れないけど、
離れたら少しだけ、
この胸の痛みが和らぐかなって。
ごめんね。
私、聖斗さんと音緒さんを逃げ道に使った。
こんな娘でごめんなさい。
でも。
パパママと一緒くらいに、
思ってます。
それだけは本当だから。
―――3日後。
「じゃあ…本当に、
私達と一緒に暮らしてくれるのね?」
「はい。
まだ油断できない状態の、
学校も行ってないダメ娘ですけど…」
「そんなのはどうだっていいの!
生きてさえいてくれれば。
聖音が私達の宝物に、変わりはないわ」
音緒さんはそう言って、
私を抱きしめてくれた。
「百合さん、本当にすいません。
わがままを言って…」
「いいのよ、
これが本来の親子の姿だもの」
聖斗さんはママに無言で頭を下げた。
「聖音、
私達は先に東京に戻って、
あなたを迎える準備をするわね」
「よろしくお願いします」
私はタクシーに乗り込む2人に、
ぺこっと頭を下げた。
私が頭を上げると、タクシーは走り出した。
それから、1週間後。
私は聖斗さんと音緒さんが待つ東京にやってきた。
高級住宅街の中でも、
一際目立つ高層マンションの最上階1フロアが、
まるまる2人の家。
もちろん、セキュリティも万全。
「部屋番教えたけど、
やっぱり迎えに出てきちゃった」
玄関ロビーの前で音緒さんが立っていた。
「今日からお世話になります、音緒ママ!!」
私は音緒ママの元へと駆け寄った。
16の誕生日を控えた、10月の初めの事だった。
かなり久しぶりの更新です。
読んで下さり、ありがとうございました。
まだまだお付き合い下さいませ