当日の概要
ポリポリとクッキーをかじりながら、礼人は赤貫さんが殺害された日の概要を話し始めた。
「まず、さっき紹介した四人がどうしてトマトジュース館にいたのかってことなんだけど、それは赤貫さんが他の三人を呼んだからなんだ。なんでも『すっごいトマトジュースの作成に成功した。それのお披露目を皆にしたい』とのことだそうで、トマトジュース館に集まってもらったんだ。ちなみにその予定滞在期間は二泊三日で、事件自体は初日の深夜に起こったとされています」
「へぇー、つまりすっごいトマトジュースの発明をした人が殺されたわけなんだ。だったら殺した動機はそのすっごいトマトジュースに関することで決まりかな」
「おい礼人、すっごいトマトジュースってなんだ。普通に新作のトマトジュースとかでいいだろ」
「まあまあ、赤貫さんは本当にすっごいトマトジュースを作ったんだよ。新作って言うだけだと何だか味気ないし、彼の気持ちが百パーセント伝えられないでしょ。それと先生、動機に関しては話を全部聞き終わってからまったり考えていただければ。この時点で判断するのは時期尚早ですよ」
そう言うと、礼人は口を湿らせるために、多多岐がさっき用意した麦茶を飲んだ。
二人が余計な準備をしたため、今俺たちの前には小さな丸テーブル(なぜか保健室に存在)が。その上にはクッキーやマドレーヌが納められたお菓子の箱、そして俺と礼人の前には麦茶が入れられたグラス、多多岐の前にはガラス製の高そうなティーポットとティーカップが置かれている。
もはやここが保健室であることを忘れそうだし、実際ここにプリントを渡しに来た別の教師が、顔を引きつらせながらすぐに飛び出していったことから、かなり異様な空間になっていることは間違いないだろう。
そんな異様(奇妙?)な保健室で、礼人は若干頬を赤らめながら、物語を話す。
「それでですね、赤貫さんが殺された、というより死んでいるという通報が入ったのは二日目の早朝――一日目の深夜って言ったほうがいいかな?――で午前零時半頃のことです。通報したのは松岡○造似の羽切紀霊さんです。熱血青年の彼ですが、死体を見たのは初めてということで、警察に通報した際は普段の見る影もないほど怯えた声で話していたと、のちに警察の人が語っています」
後に警察の人が誰にそんなことを語ったのか、不思議ではあるが、いちいち突っ込むと話が長引きそうなのでやめておく。
「しかしです、午前零時半に羽切さんから通報があったのはいいのですが、実際に警察の人が到着したのはその日の午前九時ごろになってしまいます。というのも、ちょうどその日は台風が直撃しておりまして、台風が過ぎるまでトマトジュース館に行くことができなかったのです」
「それはまた随分とご都合主義な展開だな。館ものの殺人事件に嵐はつきものだが、そうそう都合よく嵐が来たりするものか?」
「時として神様は粋な計らいをするものだよ。僕にも何度かそういう経験があってね。かつて僕が高校生のころ、通学路の途中にある曲がり角で食パンの耳をかじりながら走ってくる女の子と……」
「多多岐先生、その話長くなりそうなのでまた今度にしてもらえませんか。で、礼人、通報があってから警察が到着するまでにタイムラグがあったのは分かった。続きを話してくれ」
礼人はマドレーヌを口に頬張り、ゆっくり咀嚼し終わってから話を再開する。
「モグモグ、ゴクリ。えと、そう、警察は午前九時にトマトジュース館に到着すると、さっそく赤貫さんの死体現場を見に行き、彼が本当に死んでいるのを確認しました。そして、この館に泊まっている三美さん、戸田賀さん、羽切さんの三人に事情聴取を始めました」
「ちょっと質問してもいいか」
俺は片手をあげて質問を求める。
「もちろんいいよ」
「今のお前の話を聞いていると、赤貫を殺した犯人はトマトジュース館に集まっていた他の三人の誰かで決定しているようだが、たまたまやってきた通り魔の可能性とかは排除していいのか?」
「ああー、うん。赤貫さんを殺した犯人は、今僕が名前を挙げた人物の中の誰かで間違いないよ。通り魔とか、突然やってきた謎の人物とか言う線は考えなくていい」
「分かった。それともう一つ。台風が来るってことは、当時は夏だったと考えていいのか? もし時期を決めているのなら教えてほしい」
「き、季節ね……。ええと、九月ぐらいってことでいいかな?」
「なぜ疑問形で返す……っと、要するに季節までは考えてなかったってことか。分かった、次に進んでくれていいぞ」
「センちゃん何やかんや言ってもすっごいやる気だねぇ。僕も負けないように本気出しちゃおっかなぁ」
この他に質問は特に出ず、全員がクッキーをサクサク食べる音だけが響く。礼人は麦茶で口の中のクッキーを全て飲み下すと、改めて口を開いた。
「それじゃあ話を続けるけど、これから話すのは、容疑者三人の事情聴取時の証言に関してだ。まずはクレオパトラ似の三美津代子さんから」




