表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕の日常

作者: 夏冬春秋

僕の日常はベッドから始まる。

 いつからだったか、ベッドから白い天井を眺めていた。

 それが僕の日常で、変わらない毎日だった。

 

 僕には親がいなかった。二人同時に亡くし、親族に引き取られたのだ。

でも僕には友達がいた。

 日が沈み空が赤くなる頃、彼はほぼ毎日現れた。

 彼は僕に今日の出来事を話すのが日課であった。

 いつからだったか、彼は学校が終わるとすぐに帰る準備をして、電車に揺られ、空が赤くなる頃、僕がいる部屋へと足を運ぶ。


 僕の日常は時間すら忘れるほど白い天井を眺め、彼がやってくると彼の話に耳を傾けることだった。

 彼の日常は朝起きて、学校へ行き、学び、遊び、僕のもとへと足を運び話をすることだった。


 日常はその言葉とは矛盾して常に少しづつ変わっていくものだ。

 僕の日常はこうでなかった。僕は前までは彼と同じような毎日を送っていた、

 彼の日常もこうではなかった。学校が終われば友達と遊びに行く、その中には僕もいた。

 朝起きて、ご飯を食べ、学校へ行き、勉強し、友達と喋り、部活をし、遊び、帰宅して、版ご飯を食べ、風呂に入り、寝る。それが繰り返されると思っていた。これこそが不変の日常であると。

 

 彼は今日の出来事を話し終えると、また来ると言って部屋を出た。その顔はとても悲しそうだった。

 彼が帰った後、僕はやることも、考えることもなく、ただ天井を眺めていた。だってそれが僕の日常だから。

 

 いつの間にか寝ていたのだろうか、真っ暗になっていた。

 僕は不思議に思った。部屋には僕一人だけのはずなのに、気配がするのだ。

 視界の端に影のようなものが見えた。

 「やぁ、僕が見えるかい?」

 影はそう言った。

 「あぁそうか、君は喋れないんだったね。頭に言葉を思い浮かべてごらん」

 「え、何を言って…え?」

 僕の考えていたことが、はっきりと声になった。口は動かしていないが、それはいつかの僕の声だった。

 「そうそう、君は喋りたいことを頭の中に思い浮かべるだけでいいんだ。そうすれば会話できるから」

 「すごい…魔法みたいだ。あなたは誰なの?」

 「私かい?そうだね…存在的には神、に近いものかな?神とはいっても司るはタナトスだけどね」

 「あぁ…」

 僕は理解した。影は死神なのだと。そして僕は理解した。もうすぐ死ぬのだと。

 「ごめんよ?悔いはあるだろう。やり残したことはあるだろう。でもね、死は誰にでも訪れ、それは突然であったり、はたまた寿命を全うしたり人それぞれなんだ」

 影は僕を慰めてくれてるようだった。死神に慰められた僕はなんだか可笑しくなった。

 「はは…」

 「ここで笑えるなんて君は大物だよ。でね?君も理解しているだろうが、君はもうすぐ死ぬ。これは変えられない運命だ。」

 影の口調はとても申し訳なさそうだった。

 「でもね、そんな君にも現世に何か思いがあるならば、それを代えることはできる」

 「代える?どういうこと?」

 「君の願いを誰かに代理させ叶えることができるのさ。とりあえず聞くよ?君の現世への思い、願いは何だい?」

 僕は考えた。何がしたい。何をやり残した。

 僕は思った。ただ普通に生きたかったと。

 「普通の、ごくありふれた日常を送りたかった…朝起きて学校へ行き、友達と喋り、遊んで、帰って、寝て、また次の日が来る。そんな日常を…こんな風になった今でも送りたかった!」

 よく人は無くしてから大切なことに気付くと言うがその通りだと思う。僕は周りの多くの人が送っている日常を失い、代わりに多くの人が送らないような非日常を得た。

 こうなるまで僕がどんな日常を送っていたか、ずいぶん昔のような気がして思いだせないでいた。

 非日常は日常として溶け込み、いつしか僕はこれが僕の日常だと諦めていた。


 「そうか…一つ確認するよ?君には親友がいるよね?」

 「…うん」

 「そうか、いや、わかった。君の願い理解したよ。うん、叶えられるよう最善を尽くすよ」

 影はそう言うと、ゆらゆらと大きく揺れた。

 「あぁ、それと最後に。君の命は明後日以降もたない。それだけは言っておくよ、ごめんね」

 それが影の最後の言葉だった。気配は消え、静かな夜へと戻った。

 そうか…終わりか…そう思うと悲しくなってきた。

 その日は寝ることが出来なかった。


 

 翌朝、相変わらずの天井を眺めて始まった。寝ていないからずっと天井を眺めていた。

 看護師や先生が何か色々言っていた気がするけど、もう知っている。僕は死ぬんだ。

 親戚は最初の方は来てくれたけど、今はもう見ない。別に良い。

 僕は今日もジッと天井を見つめて、でも頭の中ではそれまでの人生を一つ一つ丁寧に思いだしていた。だけど、どれだけ思いだそうとしても、普段が思いだせず、頭に浮かんでくるのは特別な出来事だけだった。

 

 いつの間にか日の光が赤に変わっていた。

 今日も彼は来た。でも、いつも以上に悲しそうな顔をしていた。

 今日も彼は学校であったことなど一日の出来事を話してくれた。

 そして話が終わると、いつものように鞄を肩にかけ部屋の扉に手をかけて、そしてそこで止まった。

 「俺さ、お前のことは親友だと思っているから。お前もそう思っていてくれて嬉しかった。じゃあまた明日な!」

 そう言って彼は部屋を出た。

 今日はいつもと違ったことがあった。彼の声は終始震えていて、最後の一言、彼はいつも通り言ったつもりかもしれないが、明らかに泣いていた。

 なぜだろう。先生に僕がもうすぐ死ぬって言われたのかな。まぁ見れば死にそうって感じだけどね。

 彼の言葉を思いだし、反芻しながら、天井を眺め、いつものように、いつの間にか眠っていた。



 ジリリリリリリ

 いつものように朝の七時に目覚まし時計が鳴った。

 僕は気怠い体を起こしながら目覚まし時計を止めて、顔を洗った。

 「あら、珍しい。おはよ。もうすぐ朝ごはんできるからね」

 リビングに行くと母さんが目玉焼きを焼いていた。

 「あーあのさ、今日って何曜日だっけ」

 「は?何言ってんの?月曜日よ。日曜日の次は月曜日よ。あんた今日も日曜気分でいるつもり?ご飯食べたら学校に行きなさいよ」

 「分かってるって…」

 そう、今日は月曜日だ。昨日が日曜日だったから、今日は月曜日で学校だ。

 僕は朝ごはんを食べ、制服に着替え、学校へと向かった。


 「あーそうそう、この景色。そして朝の通勤ラッシュに満員電車…」

 なんで僕はこんなことに感動しているのだろう。思わず首を傾げた。

 はっきり言ってただの人ごみであり、感動する要素など一つもない。

 僕はぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られ、学校最寄りの駅へと向かった。


 僕は学校に着き、自分の教室の扉の前に来た。ふつうに開ければいいだけなのに、なぜか緊張している。手汗が凄い。

 開けようかと逡巡していると後ろから肩を叩かれた。

 「よ、教室の扉の前で何してんの?」

 「え、あ…」

 「あーあれだよな、帰ろうか迷ってたんだよな?月曜は鬱だよなぁ」

 「なるほどねーわかるわぁ」

 「え、いや…」

 そんな風に喋りかけてくるのはクラスメイトの男子三人だ。

 そして友達でもある。

 「てか、お前なんで泣いてんの?」

 「え?」

 言われて頬を撫でると水滴が手に付いた。なぜだろう、なぜだか分からないけど涙が止まらない。

 「ひっ…ぁ…うっ…あ、あぁ…」

 「え、ちょ、大丈夫か?ほ、保健室いくか?」

 「肩貸すぞ」

 慌てた三人は僕を担ごうとする。

 「だ、大丈夫。なぜか無性に泣きたくなっただけだから」

 「ほ、ほんとに大丈夫か?」

 僕は涙をぬぐい出来るだけ笑顔でこう答えた。

 「うん、大丈夫」

 そう、大丈夫。

  

 それから僕は普通に授業を受けた。昼まで授業を受け、昼ご飯を友達と一緒に食べ、午後の授業も受けた。部活はここ最近、諸事情で休んでいたため久々に顔を出したら皆に驚かれた。でも、すぐに久しぶりだなぁと皆から声をかけられた。

 その日僕は本当に久しぶりにたくさん運動し、たくさん汗を流した。

 とても心地が良かった。


 部活が終わると部活仲間とコンビニによってアイスを食べ、電車に揺られ帰宅した。

 帰ると晩御飯が用意されており、お腹いっぱい食べた後はテレビを見て、風呂に入り、宿題をして寝た。


 その夜、僕はベッドに入り、天井を眺めていた。

 何故か分からないけど、普段の生活が輝いて見え、そして今日一日とても楽しかった。

 それはいつも聞かされて、そして、いつかと夢想したような。


 ジリリリリリ

 僕は今日も気怠い体を起こし、朝を迎える。

 今日は火曜日だった。月曜の次だから当たり前かと思うものの、なぜそんなことを考えるのか、自分に疑問を抱いた。

 今日も昨日と同じような日常を過ごした。

 ご飯を食べ、学校に行き、友達と喋り、遊び、勉強をして、部活をし、帰宅して、版ご飯を食べ、テレビを見て、風呂に入り、ベッドへ潜った。

 なぜだか天井を眺めていると落ち着く。

 そして僕は今日も楽しい一日を、日常をを過ごした。


 ジリリリリリ

 今日は水曜日だ。

 今日もそれまでと同じように起きて、ご飯を食べ、学校に行った。

水曜日は部活は休みだ。友達三人とゲームセンターに行く予定を立てた。

学校が終わると、いつもの電車で、いつも降りる二駅手前で降りた。

 そこはショッピングモールだった。

 フードコートの横にはゲームがたくさんあり、僕らはメダルゲームやシューティングゲームに興じた。

 「そういえば、お前このゾンビ打つゲーム得意だよな。前回ラスボス手前まで行って負けたよなー」

 「え、そうだっけ?」

 「そうだよ。あっ今日はリベンジしようぜ!二人プレイできるしさ」

 そう言って片方の銃を取ると筐体に百円を投入した。

 「ほら、お前も」

 「お、おう」

 僕もつられて百円を投入し、反対側の銃を手に取った。

 それは懐かしいようで、いつも触っていたような不思議な感覚だった


 「あー惜しかったな」

 「そうだね…」

 相方曰く、今日の僕はいつもよりキレがなかったとのことだった。

 「まぁ上手いんは上手いんだけどさーいつもよりキレはなかったなー」

 「いや、下手糞なお前が言うな」

 「そうそう。はい、これジュース」

 後ろで見てた二人がそう言いながらジュースを渡してくれた。

 「うるせー」

 「はは、ありがとう」

 楽しい。僕の心には楽しいという感情で溢れていた。


 駅で皆と別れ帰宅した。

 家に帰ると、僕はこの気持ちを残しておきたいと思い部屋にあった新しいノートを一冊開き日記を書いた。

 月曜日からのことを必死に思いだし、どんな些細なことでも詳細に書いた。

 そして今日のことは絶対に忘れないようにという思いで書いた。

 気が付けば40分ほど日記を書いていた。

 書き終わると、まだ三日分しかないが読み返し、そして眠りについた。


 木曜日、金曜日と過ぎていった。

 そして僕は毎日、詳細に日記に書き、寝る前に読み返していた。


 土曜日は午前から部活があり、午後は友達四人で街に出る予定だ。

 僕は土曜日はいつも朝は部活、昼は友達と遊ぶ予定が入っていれば遊び、予定がなければ家に帰ってゴロゴロしていた。していたんだ。

 

 今日も楽しかった。平日とは違った感じがして。でも、それも繰り返してきた日常って気がして。

 よくわからないけど、僕は今、生きているんだって思えた。

 

 日曜日は家族で出かけるらしい。

 朝から夕方にかけて遠くのアウトレットショップまで車で買い物行った。

 父さんと母さんと僕の三人で買い物をして、夜はレストランで食事をした。

 高校生にもなって親と一緒って…なんて最初は考えたけど、友達といるのとはまた違った良さがあった。

 そしてこれも日常なんだって、毎日、毎週、同じように見えて少しずつ変わっている。それを改めて実感した気分だ。



 その日のことも日記に書き、そして月曜日から今日までの一週間の出来事を一つ一つ丁寧に思いだしながら日記を見ていた。

 ページをめくるにつれて、残りの思い出が少なくなっていくような気がして、めくる手が段々と遅くなっていった。

 また明日から一週間書けばいい、そう思うけれども同時に、もう終わりなんだなという気もしていた。

 僕はベッドに潜り、日付が変わるまで何度も何度も日記を読み返し、読み終わるたびに泣いた。泣いて泣いて泣いた。涙が出る限り泣いた。

 そして目覚まし時計が00:00へと変わる直前、世界は閉じた。

 


 「どううだった?」

 僕の目の前には影と、そして彼がいた。

 「君が送っていた日常は過去だから、それを叶えるのは無理だったから、代わりに彼の日常を代わって叶えたんだけど、期待に副えたかな?」

 「……」

 「あぁ、大丈夫だよ。今この場では肉体はなく魂だけだから。君が喋りたいと念じればその口から言葉は出るよ」

 「あ、そうなんだ。うん、とても…とても楽しかった。これが日常なんだ、これが生きているってことなんだって」

 「そうかい…彼の体に君が憑いてたとはいえ、その感情は間違いなく君だけのものだよ」

 「うん」

 「さ、もうお別れの時間だ。最後に君たち二人で会話をする時間を少しだけあげるよ。それと、君が代わっていた一週間は彼の寿命と引き換えにしたものだから」

 「え?」

 「な、おい!余計な事言うなよ」

 「これが最後なんだよ?最後くらい対等に公平に、が神として私が為すべきことだと思ったんだよ」

 そう言い残し影は消えた。

 残された僕と彼はとても気まずかった。

 「あ、あのさ…その…本当にごめん。僕が日常を送りたいなんて言わなければこんなことには」

 「はぁ…別に良いよ」

 「いや、でも、寿命が…本当にごめん!」

 「だから…いいって。ごめんじゃなくて、感謝してくれよ。そっちのが嬉しいし。それにさ俺の寿命が七日減ったってことは、お前に会える時が七日早まったってことだろ?だから俺は別に気にしてないし、逆に嬉しいよ」

 「……あ、ありがとう…」

 僕は泣きながら満面の笑みを浮かべ感謝した。本当にありがとう。親友でいてくれてありがとう。僕に日常を送らせてくれてありがとう。

 ありがとうが次々に浮かんでくる。

 「ありがとう…ありがとう、本当にありがとう」

 「バカ、泣きながら言うなよ。俺も必ずそっち行くから待っとけよ」

 「うん…うん!」

 二人で泣いた。感情は抑えられず、涙は止まらなかった。でも別れは必ずくるのだ。


 「僕もう行かなきゃ、いつまでも泣いてたら死ねないや。じゃあね、さよなら…」

 「さよならじゃねえよ。またな。七日分早くそっち行くから」

 「うん、またね」

 僕は僕としての日常を終えた。

 そして世界は開き、僕はいなくなり、彼は戻った。


 

 ジリリリリ

 彼は気怠い体を起こし、目覚ましを止めた。

 軽く伸びをしてベッドを出ようとしたら枕元に一冊のノートがあった。

 それは先週からの一週間が詳細に記されていた日記だった。

 彼はページをめくるたびに、ここに書いた僕はこんなにも楽しく毎日を過ごしていたと、痛いくらい理解し泣きたくなった。だが、彼は泣かなかった。楽しい思い出に涙は無粋だと思ったからだ。

 そして最後のページにはこう書いてあった。

 ・この日常を死ぬまで大切にする

 ・失う前に気付くこと

 ・そして毎日をちゃんと生きる

 ・君は君の日常を精一杯生きること

 

「バカやろう…」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ