ソフィア&ジェイドの場合
ボールの中のメレンゲに、アーモンドパウダーとココアパウダーを加える。
ゴムべらで軽く混ぜると、彼女はそっと顔を上げる。
今日は二月十三日。明日の為にお菓子作りをしているところだ。
作っているのは当然マカロン。何故か。一番最初にジェイドにあげたら、随分気に入ってしまって、仕方なく、毎回作ることになったわけだ。
まあ、ソフィアも嫌という訳ではないし、そろそろ慣れて来て、綺麗な物が作れるようになっていた。
これで、何度めのバレンタインだろう? ソフィアもジェイドも不老不死な為、何年も、何十年も、何百年も、何千年も繰り返すことになるだろう。
それでも、年に一度のこの日が、これほどまでに嬉しいのは、一体何故? もう、とっくに慣れてしまってもいいはずなのに。
上手くなったのはお菓子作りだけで、渡すときは、いまだに少し恥ずかしかったりする。
それもこれも、全部ジェイドのせいなのだが……。まあ、今は取り敢えず良いだろう。
生地を絞り袋に入れる。今回は、ハート型を作ることにした。綺麗に出来るか少し不安だが……。
次の日。外を見れば、みんな盛り上がっていて。これなら、もしジェイドが忘れていたとしても、嫌でも思い出すことだろう。
ラッピングをした箱は、冷蔵庫の中。いつもそうだ。渡すのは、夜。
「お母様、どうしたのですか?」
「っ?! シナ。どうしたの?」
「いえ。外を眺めているものですから……。えぇと、何かあったのですか?」
「なんとなく、だよ」
シナに其処で待っているように言い、冷蔵庫から桃色の箱を二つと水色の箱を取り出す。
桃色の箱の一つを渡すと、嬉しそうに微笑んだ。
「ニッキ、知らない?」
「あぁ、ニッキなら外へ行きました。……恋人でも、居るんですかねぇ」
「えぇ、そうなのかな? ……、じゃあ、渡すのはあとだね」
まだ十五のシナとニッキ。恋人の一人や二人、居てもおかしくない。
フェリシアは五歳だ。ジェイドに随分懐いているから、今もそっちに居るかも……。なんでかなぁ。
「あ、そういえば、シナは相手、居ないの?」
「ふぇ? 私ですか? え、えと……」
あ、居るの? だとしたら誰? ……まぁ誰でもいいか。シナが変な男に捕まるとも思えない。
と、其処で階段を下りてきた小さなフェリシア。シナに渡したものより小さな桃色の箱を渡す。
「おかぁさま、ありがとう!」
そう言って満面の笑みを浮かべる。本当に可愛いのだから……。
「ジェイド、居るの?」
「ソフィア? 開いてますよ」
ジェイドの部屋に入る。いつもと変わらぬ笑みを浮かべたジェイド。ソフィアの手の中にある、翡翠色の箱を見て、そっと立ち上がった。
ソフィアを軽く抱きしめ、唇を重ねる。二人は笑みを交わすと、ベッドに座る。
「今年もちゃんと、マカロン、作ったよ」
「いつも、ありがとうございます。手間が掛かるものなのでしょう?」
「いいの。開けてみて」
「はい。……え、今年は、凝ったんですね」
ハート形のマカロンを見て、そう呟く。一つを手に取り、口に運ぶ。その綺麗な動作に、思わずドキリとさせられる。
ジェイドの横顔が、とても綺麗で。視線を逸らそうとしたら、グイッと少し、乱暴に抱き寄せられた。
「……なぁに?」
「美味しいです。きっと、ソフィア様も美味しいですよね」
「もう……」
ジェイドはマカロンの入った箱をテーブルに置き、部屋の明かりを消す。
それは、合図の様な物で。ジェイドはソフィアを抱きかかえ、小さく微笑むと、甘いキスをする。
それから、顔を赤く染めたソフィアのローブに手を掛ける。分かっているのに。いつも、恥ずかしくて。慣れない。
「どうして、そんなに可愛い顔を?」
「し、知らないよ。ジェイドのせいだ。全部、全部」
「そうですかね? ソフィア、可愛い」
可愛い、愛してる、をすんなり言ってしまうから。もっと恥ずかしがってくれれば良いのに。
自分だけ恥ずかしがっていると、余計に……。
「あぁ、もう! ジェイドの馬鹿! 愛してる」
「珍しいですね。バレンタインの魔法だったりします?」
「しーらない」
ベッドの中でそっと抱きあう。分かっている。ジェイドは、優しいから。嫌な事は、絶対にしない。偶にからかって来るときはあっても、本当に嫌な事をした事は、多分、今までない。
だからこそ、ソフィアはジェイドの事を信頼しているし、全てを任せても構わないと思っている。
「子供、出来たら、どうするの?」
「もう一人くらい良いじゃないですか。それとも、欲しくないんですか?」
「……良いよ、分かった。まぁ、多分無理だろうし」
「エルフ、出来にくいですしね」
まぁ、あの言い方だと、本当に出来ても良いと思っているんだろう。ソフィアだって、構わなかった。口に出したのは、確認みたいなもので。
そう考えていると、ジェイドがふいに、コツリ、と頭をぶつけてくる。
「え、なに?」
「ソフィア可愛いから、このまま待たされるの嫌なんですが」
「……。分かってるって」
今日はきっと、寝られないだろう。それでも構わない。二人で居られる事、それだけで嬉しいから。