第1章・13 エドの賭け
「おはよう諸君。工場の機械が壊れてしまった。修理が終わるまでの間だけ君等にもう1度仕事をやろう。」
金さえ手に入れば!という思いからか所々で喜びの声が上がったがエドはちっとも笑えなかった。
「わしゃ〜帰る」と、さっきの老人が声を出した。その言葉に背中を押されたのか
「前社長に恩があって来たが今の言葉は人に物を頼む態度とは思えん!」
「俺はクビになったんだぜ?それを今更えらそうに!助けて欲しいなら別の言い方があるだろ!!」
一瞬周囲は固まった。賛同しようと手を叩こうとした物の妻に止められて貧困と言う現実に黙ってしまう者。きっと同じ思いなのか。うつむき拳を握り感情を殺し必死に絶える者。再会の喜びが溢れた広場は一気に重い空気へと変わった。
「みんな聞いておくれ〜!」
沈黙を破るエドの声にみんな顔を上げた。
「社長1つ聞きたい事がある。何で機械は壊れたんだ?」
「それが判ったら苦労しないよ!突然動かなくなったんだ。」
「煙は見えたぜ?」
「動かなくなったって当分の間は煙ぐらい出るさ。」
その言葉にエドは確信した。あの願い事が本当に叶ったんだと。ただ偶然に機械が壊れただけかもしれないがエドは今なら何でも出来る!という自信が体中にみなぎった。
「人手は何人いるんだ?」
「いくらでも必要だ。女も子供も赤ん坊の手も借りたいぐらいだ」
「じゃあ、ここにいる全員必要って事だよね?」
「そうだ。機械が壊れてしまったが明日までに商品を完成させないと」
「させないと?」
「船が到着してしまうんだよ!予約でいっぱいなんだ。遅れたら工場が潰れてしまうんだ!」
その言葉を聞いてエドはヒラメイタ。
「潰れちまうのか?嘘だろ?機械に任せて売り上げは」
「違うんだ!これだけの機械を購入する為にたくさんの資金が必要だったんだ。
だから工場には、まだ借金しか残っていないんだ。作って売らないと工場が潰れて」
「潰れて?」
「俺は俺の家族は暮していけないんだよ!」
広場は重苦しい雰囲気から怒りの空気へと変わった。ただ1人エドを抜いて。全てはエドのシナリオ通りの言葉だった。
「頼む!このとおりだ!」
朝礼台にカーターは土下座をした。その無様な姿を見てエドは次の作戦に出た。
「おう!みんな〜工場が潰れるんだってよ!潰れてしまえばイイって思わねえか?俺たちはクビになったんだぜ?コイツに暮していけなくされたんだぜ?何でコイツの生活を守る為に、オレ達が動かなければならないんだ?
オレ達みたいにコイツも苦しむんだってよ!ざまあみろって言うもんだ!残るやつは残れ!俺はもう1度クビになるなんてよ。あんな思いをするのは真っ平ゴメンだ!残るやつに1つ言っておく。機械が治ったらまたお払い箱だぜ?今日治るかもな〜いや本当は治ってたりして〜」
ギリギリ・ギリギリ
天はエドに見方をしたのか?タイミング良く機械の音がした。エドは土下座をするカーターに背を向けてポケットに手を入れ鳴らない息だけの口笛をシューシュー吹きながら広場から歩き始めた。
「俺もゴメンだ!」
機械音がなければ着いて来なかっただろう。勢い良くルイスがエドの後を追った。エドは何人ぐらい自分の後を追ったのか靴音で確かめていた。そして足を止め次のシナリオに進んだ。
「何人ぐらい残ったのかな〜あの作業をね〜何人でするんだろう?死に物狂いで働きまくってさ〜金をもらう前に工場で死んじゃうのか〜。」
「ちょっと待ってくれ!みんな!」
新社長の慌てふためいた声に振り向いて確認しなくてもシナリオどおり進んでいる事は間違いなかった。
「頼む!じゃあどうしたら良いのだ!」
(まだだ。落ち着けエド・・・。)シューシュー言わせながらエドは自分に言い聞かせた。
「頼む!なあ!頼むよ!」
(まだ後ろだ。ここまで来い!)
「そうだ!少し上げてやろう!」
(みんな止まるなよ。進むんだ)
「頼む!助けてくれ!頼む!」新社長の声が次第に近づいてきた。
「あれ〜?カーター?顔色がお悪い様でお風邪でも?」
「冗談言ってる場合じゃない!なあ頼むよエド!本当に頼む!」エドはこの時を待っていた。
「あの時は悪かった!」
「どの時かな〜あり過ぎて」
「そっその・・ほらクビにした事だ!」
「だけ?」
「それから・・・ほら!みんなの前で馬鹿にした事とか俺もさ〜次期社長はお前にって社長がいつも言ってるからちょっと・・・」
「ちょっと?」
「ちょっとじゃない!いっぱいだ!お前の発明で工場が栄えた恩も忘れて」
「忘れてね〜」
「お前が機械の事も1番良く判ってたのにクビにした事が1番悪かった事だな」エドは思わず立ち止まった。
「それは、俺に悪かった事じゃない」そしてまた歩き始めた。
「おお・・エド!今のは間違いだ!そうだ俺の間違いだ!いや・・・全部俺の間違いだったんだ!!」
まずは、殴ってやりたかったが大きく息を吸い瞼を閉じエドの前で土下座をするカーターを見下ろした。