第8話:AIR BELL
5月13日午前1時51分付:行間調整
武内皐月の実力は、既に下位クラスの熟練プレイヤーでは太刀打ちできないレベルにまで成長していた。
短期間、それも1週間弱で中堅ランカーと同じ位の実力になれるのか……ネット住民は疑問を持つ。一体、彼はどのような特訓をしたのか。
【一夜漬けのようなプレイで単純にスキルアップできるかと言われると、疑問が残る部分が多い】
【もしかして、外部ツールか?】
【ブレイクオブサウンドもそうだが、音楽ゲームで外部ツールを使えばスコアがランキングへ記録される事で――即アウトだ】
【それを踏まえれば、人力TASのような存在でもない限り、スコア絡みで疑われる事はないだろう】
疑問を持ちつつも、音楽ゲームで外部ツールを使えば、不正データも運営が目撃する事になり、即座に足が付くようになっている。
その為、武内のスコアが問題視されるような状態にはならない……というのがネット上で多く言われている話だ。
それでも、武内の強さを知ろうとするユーザーはゲームセンターへ足を運ぶ、武内と対戦したプレイヤーの動画を研究する等の行動に出た。
【ゲーセンでマッチングしたというプレイヤーの話は聞けなかった。本人と特定できる要素がないのも原因だが】
【プレイ動画に関しては、特に目新しい物はなかった】
【中には再現動画の様な物がある以上、本物のプレイを目撃する以外に彼のプレイを発見するのは難しいだろう】
そんな話が出ている中、ネット上でアップされた考察が話題となった。
その内容が音楽ゲームの研究だと知った時、周囲の人物が驚いたのは言うまでもない。
何故、彼が音楽ゲームの研究と言う事を行うようになったのかは定かではないが、超有名アイドルのみというCDランキングに違和感を持っている可能性がある。
しかし、それを踏まえても音楽ゲームだけでさまざまなジャンルの音楽を研究できるのか?
【音楽を研究するのであれば、ウィキ等で歴史をひも解くという手もある】
【それこそ、音楽専門チャンネルやネットラジオを利用する事も考えられたはず】
【それなのに、音楽ゲームを研究対象にするとは……到底考えられない】
ネット上のつぶやきでは、武内の行動力は評価しつつも別の手段があったはずと指摘する。何故、彼は音楽ゲームを選んだのか。
【超有名アイドルの楽曲は『売れればよかろう』という曲の為、あまり心に響かない……この考察が音楽ゲームと関連があるのか?】
【他にも超有名アイドル商法に関して欠陥が存在する、一部のアイドルグループファンの暴走が音楽業界のバランス崩壊を招いた?】
【しかし、超有名アイドル楽曲に変わるコンテンツがあると断言できない。仮にあると明言すれば、それが一種の推しアイドル騒動と同じになってしまうからだ…?】
この考察を見たサイト閲覧者は思考が止まる。それ位に、考察内容が飛躍しすぎていたのだ。
最初に書かれていたのは超有名アイドル商法の歴史、その後に投資家ファンが増えた背景、つぶやきサイト等を利用した炎上商法や煽り商法、超有名アイドルが唯一無二のコンテンツである事の否定―。最後の〆には、謎とも言えるメッセージである。これが閲覧者を混乱させている可能性が高い。
『超有名アイドルを抱える芸能事務所は、他のコンテンツが行う煽り商法や炎上商法を利用し、彼らを悪と断言する。その後、自分達の行動を正義と自称している―』
経済ニュースでは深く語られないが、女性週刊誌やスポーツ新聞では一連のクールジャパンが一部投資家ファンの『超有名アイドルマネー』だけで動いていると報道されている。
これに関して、該当する芸能事務所は否定をしているのだが、CDのウィークリーランキング等を見れば火を見るよりも明らかであり、こうしたアイドル市場を株式市場と同類としか見ていない投資家のモラルが指摘されているのが現実だ。
中には『超有名アイドルマネー』専門の投資家が100万人規模になろうとしているという報道もあり、こうした投資家に対して優遇を政府が行うと言う報道も週刊誌で掲載されている位。
当然の反応だが、政府はこのような投資家を優遇している事実はないと否定、更に言えば芸能事務所との癒着等も同時に否定した形だ。
このニュースがどのような意味を持つのか……それにいち早く気づいている人物は誰もいない。そう、ネット住民は思いこんでいた。
実際、こうした考察もいわゆる一つの炎上商法と認識されていたからだ。そして、武内が謎の急成長を遂げている背景を超有名アイドル商法の衰退と強引に共通点を見出そうとした……とも言われている。
「武内か。何処かで聞き覚えのあるような名前だ。何処で聞いていたのか」
パソコンで何かの原稿を打ち込んでいる人物の一人が、武内の名前を見て何かを思い出そうとする。しかし、即座に思いだせるような物ではない。
「1年前の事件、確か……」
うろ覚えで思い出し、検索サイトで『1年前、武内』で検索すると、色々な記事が検索結果で出るのだが、お目当ての記事は見当たらない。
「検索ワードが足りないのか」
結局、この人物は単語が喉まで出かかった。しかし、神の意思か何かによって意図的に記憶を消された……という訳ではない。
『結局、それらしい人物はいなかったようだ。一体、連中は何を考えているのか』
通信の声は瀬川彩菜である。その瀬川と会話をしていた人物、それはシャロ=ホルス。
『シャロ、ARゲームと超有名アイドルの接点は別組織が調べている。お前が首を突っ込んで良い問題では――』
瀬川もシャロを心配しているが、彼はそれとは別の理由で調べていたのだ。
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4月8日午前12時、武内皐月は何者かに呼ばれて竹ノ塚のアンテナショップ近辺、ARゲームフィールドにやってきた。呼ばれた理由は謎のメッセージである。
【おめでとう。君には、この鍵を手にする資格がある。地図に記された場所へ向かえるのであれば、そこへ向かって欲しい】
このメッセージが意味する物、武内には何となく分かるような気配がする。しかし、ゲームフィールドに来た段階では全く予測できない。
「このアバターも気になる所ですが、今はシステムに慣れる事でしょうか」
鍵に関しては思い当たる節がないのだが、それによってオープンした要素はブレイクオブサウンドで噂されている『裏システム』だったのだ。
同刻、テレビ局で番組の企画書を作っていた一人の男性がいた。その人物は、秋元と名乗る人物と電話で打ち合わせをしていたのだが、秋元がプロデュースする超有名アイドルが関係する物とは微妙に異なる企画書の表紙を手に取る。
「こちらの番組は誰にも譲れない」
彼が打ち合わせをしている計画、それはアイドルグループがお互いに色々な競技で対決する構図の番組である。いわゆる、大運動会というノリで行われる物だ。
「このプロットを公共の電波に乗せれば、どのような状況になるのか向こうは……」
しかし、彼の手に取った企画、それは一歩間違えると超有名アイドル以外のコンテンツは不必要と言う事を政府が先導していると言われかねない内容である。
「これは、なかなか面白い企画ではないか」
別の企画書、それを手に取ったのは別番組のプロデューサーである。彼は超有名アイドルとは無関係だが、別の情報番組に移動してからは超有名アイドルの番組も作るようになっていた。
「この企画、良ければ詳しい話を……」
そして、これが新たなる波乱を生み出す事になるとは、この地点では誰も予言出来ないでいた。
同日午前12時10分、武内は裏システムの説明をチェックするのだが、ブレイクオブサウンドのチュートリアルよりも解説がメタ過ぎて理解できない箇所があった。
ネット上のまとめウィキを見ても【一部アイテムは課金要素】である事、【裏システムと表システムのスコアは別集計であり共有しない】位しか認識をしていない。
「まとめウィキでも分かりにくいとは……」
ウィキの方をチェックしても内容が伝わりにくいのは、ある意味で宿命と割り切るしかないのだろうか。アンテナショップでも裏システムの類は一切説明なし、それなのに課金要素があるのはおかしな話だ。
「違法なプログラムではないと分かっている以上、指示に従うのも悪くないか」
一方で、厳重なプロテクトがされている事や個人情報が外部に漏れている個所もない為、外部ツールやBOTの類ではないという事も判明している。これに関してはウィキにも記載されている事だ。
午前12時15分、チュートリアルも一通りチェックした武内はコンビニ前まで来ていた。青い看板が特徴なコンビニで、淹れたてホットコーヒーの販売も行われている。
「あの端末に行列が出来ているという事は……」
スタート地点として指定された場所、そこに行列を作っている人々がいる。コンビニ前の端末にタブレットを読みこませ、何かを装着しているように見えた。
【チェック完了しました】
武内の番になり、端末を指定の位置でタッチすると……次の瞬間にアバターとして設定した装備が装着される。
「この装備は、アバターカスタマイズで設定した物と同じ?」
目の前の現実を受け入れられない武内は、もう一度タブレット端末でカスタマイズの詳細を確認し直す。
武内が設定した装備、それはデフォルトではなく、無料でダウンロード可能な装備を使用している。デザインは中世ファンタジーを思わせるような甲冑だが、それをSFテイストに収めている物だ。それに加え、武装は片手剣、小型シールドである。
「しかし、この装備で一体何を……」
武内の疑問も確かだが、そこへ姿を見せたのはスペースヒーローを思わせるヒーロースーツ姿の人物だった。
「これで、音楽ゲームをするのさ」
キザっぽい喋り方で武内に話しかけてきた人物は、裏システムの経験者らしい。ウィキやチュートリアルではさっぱりの為、経験者の声を聞く事にした。
彼の話によると、裏モードとはガンシューティングに音楽ゲームを加えたような物らしい。システムはブレイクオブサウンドと同じで、プレイ感覚が変わる事はないとの事だった。
「向こうと違うのは、チームを組む事も可能という事だ。基本的に音楽ゲームで複数人プレイは、最近の機種では認められていない」
スペースヒーローは他にも色々と話すのだが、武内は話を熱心に聞いていてツッコミをするような余裕はない。
「そう言う事だから、一緒に組まないか? 経験値や資金等が折半される事はないから、グループを組まないという選択は損する割合が高いぞ」
しかし、武内は数秒の思考後に丁寧にお断りをする。初心者と言う事もあって、最初はアドバイスなしで何とかプレイしたいと言う事を説明し、向こうも理解してくれた。
ヒーロースーツの人物は、その後も他のプレイヤーに話しかけ、数人にアタック後、何とかパートナーを獲得できたらしい。
ヒーロースーツの人物が去ってから5分後、武内は手に持っていたロングソードを試しで振る。その勢いはかなりの物で、軽く振っただけで野球のバットフルスイングに匹敵する速度だった。
「重さを感じない。CGで質量を持たせる事には成功しても、重量まで再現するのは課題が多いという事ですか」
そして、武内は午前12時30分からのバトルに挑む事になった。相手は特に設定されておらず、いわゆる一つの障害物競走を思わせる。
武内を遠くから見ていたのは、長門凛である。彼女も招待状を受け取った一人なのだが、現状では様子を見ている程度。
「あれが、裏システムの正体……? あのシステムはARガジェットを使用したゲームのシステムと同じように見えるけど」
長門は一連のシステムが、ARゲームのガジェットタイプで使用されている物と類似していると考えた。それに加え、色々と思い当たる部分もあるのだが……。
「もしかして、1年前に行われていたアナザーワールドって……」
唐突に長門は思い出していた。1年前のアナザーワールド、それは音楽ゲームをリアル空間で行おうと言うARゲーム。
しかし、アナザーワールドは真の目的が告げられる事がないまま、ロケテストだけで姿を消した。表向きには、黒歴史になったと言われており、ネット上でも認識は一緒。