第7話:PINKROSE
5月13日午前1時47分付:行間調整
西暦2017年4月1日、秋葉原を初めとした複数エリアで展開された戦闘と思われる物、それはブレイクオブサウンドの裏モードだった事が判明する。
ネット上でも真相を確かめようとする人物は多数出たのだが、彼らが裏モードの真相に辿り着く事はなかったと言う。
選ばれた者ではないとシステムにもたどり着けないと言われるのだが、ブレイクオブサウンドの表モードで満足しているプレイヤーにとっては裏モードに興味はない。
ネット上でも裏モードへの到達方法は記載されているが、それ通りに行ったとしても到達できる保証は一切ないのだ。それほど、確実な到達手段がない事には驚く人物が多いかと言われると、そうではない。
それ程に表モードに満足している人物が多いことの表れだが、一部で言われている煽り商法の類かと言われると、それもネット上では否定されている。
その理由に『裏モードを公式が未把握』と言うのがある。それなのに『課金要素』が存在するのもおかしな話だが……。
ソーシャルゲームで課金と言うと、色々な意見が存在し、それこそ十人十色の意見が存在する。ブレイクオブサウンドにおいては、課金要素は不要と考えていた。
しかし、それではゲームの運営が成立しない為、苦肉の策として裏モードを実装、そこでのみ課金要素を実装したという話もある。
一方でARゲームは最初からガジェットを含めた装備を使用するのに現金を必要とする。この段階で課金されていると言ってもいい。
ゲームセンターのゲームでも100円を投入する物があれば、中には一部要素を無料でプレイできる機種も存在していた。
ブレイクオブサウンドは、どちらかと言うと『体験プレイ出来る次世代音楽ゲーム』と運営は公式発表している。
初回プレイを無料で開放している音楽ゲームも一部で存在し、そこから集客を狙う作品があるのは事実だ。
しかし、それでも初回プレイで面白いと感じられなければ、それも無駄に終わってしまう。初めて触れる物なので、上手くプレイできないのは当たり前であり、初見でいきなりスーパープレイを見せる人物が現れる事は、メーカー側も想定していない。
音楽ゲームの場合、画面のスクリーンショットやゲームの特集記事を見ただけでは内容が伝わりにくい。アクションやRPG、いわゆる狩りゲーやFPSならば伝わる可能性もある。
しかし、音楽ゲーム最大の魅力は楽曲にある。公式サイトに視聴を置く作品もあるのだが、それはオリジナル楽曲限定の話だ。ライセンス曲であれば有名曲でプレイヤーを集める事も可能だろう。
それでも……音楽ゲームを文字だけで伝える事は非常に難しい。プレゼン等では文字で伝えなくてはいけないのだが、それ以外では伝わりにくいのは宿命と言うべきなのか。
そう言った状況でも彼は音楽ゲームに触れる事で、ブレイクオブサウンドの表モードで中堅クラスのスコアを叩きだせるまでに成長する。
短期間でランカークラスのスコアは難しいかもしれないが、理論値に近づくスコアが出るようになったのは他のプレイヤーから見れば、爆発的な成長をしていると判断されていた。
###
ネット上では衝撃的な事件とも言える一件から一週間後、4月8日午前10時、ネット上では裏モードに関するまとめがアップされていたのだが……。
【裏モードへ行けるのは一握りと聞く】
【この情報通りに行けるとは思えない】
【何もかもがマニュアル通りにいかないのは音楽ゲームだ。それを踏まえると……】
【裏モードには課金要素があるのに、表モードには存在しないのは、どういう事だ?】
【裏モードがイースポーツの様なエントリー制限があるのかもしれない】
様々な事が議論されていく中、そのタイムラインをタブレット端末で眺めていたのは、北千住駅で何かを待ち合わせしている長門凛だった。
「裏モード、システム自体は存在すると噂されているのに……」
長門は悩んでいる。裏モードへ足を踏み入れるべきか、それとも表を極めるべきか。それでも、裏モードの存在を否定するには周囲の環境が阻止をするだろう。
「この人物は―?」
長門がブレイクオブサウンドにログインすると、マッチングロビーには見覚えのある名前の人物が何人か確認できた。
そうした同レベルより少し突出したプレイヤーとマッチングしていけば、裏モードへの道は開けると考え、長門は遭遇するプレイヤーと可能な限りマッチングしていく流れになった。
同日午前10時30分、別のアンテナショップでタブレット端末を手にしてブレイクオブサウンドを試しプレイしている男性がいた。
「なるほど。これが、噂のゲームか」
グレーに近い背広、それにサングラスと言う男性、どう考えてもお忍びでやってきたとは思えない。アンテナショップはサングラス禁止ではないが、周囲からは指を差されるだろう。
「しかし、このゲームが1000万以上のユーザーを獲得しているというのが分からない」
1プレイを終えた所で、彼はタブレット端末を元の場所へ戻し、アンテナショップを後にした。体験プレイの場合は1曲限定としている店舗が多いのだが、その理由は色々とある。
先ほどの背広の人物は、裏道辺りの場所で足を止める。その目の前にいるのは鎧騎士を思わせるアバターこと『レーヴァテイン』だった。
『率直に感想を聞きたい』
本題を切りだしたのは、男性の声である。レーヴァテインの声と言う訳ではなく、一人の人物とも判断出来るだろうか。
「あのゲームで1000万人のプレイヤーがいるかどうか疑問がある。サブカード持ちと言う可能性があるだろう―」
背広の人物はレーヴァテインの言われる通りに率直な感想を述べた。感想と言うよりは欠点ばかりかもしれないが、自分が感じた感想なので嘘は言っていない。
あの手の音楽ゲームならばライセンス曲をメインにした方が売れる、オリジナル楽曲ばかりで新規ユーザーがとっつきにくい、あれだけの規模で無料と言われているが本当に赤字にならないのか……他にもいくつかあるようだが、レーヴァテインが途中で止める。
『しかし、あのゲームを軽視していたのは何処だ? その影響で、今となっては日本のクールジャパンを支えるコンテンツとして候補に挙がっている』
『我々が要望しているのは超有名アイドルの様な存在であり――夢小説勢やBL勢を一斉駆逐できるような3次元コンテンツだ』
『夢小説勢の一斉駆逐は膨大表現だとしても、3次元コンテンツを海外へ輸出し、向こうでも大ブレイクする事は我々も望んでいる』
『海外でも同じフォーマットを売り込み、その特許料で赤字国債を何とか出来れば、クールジャパンとしてだけでなく赤字大国の脱却も可能だろう』
『その為にも、お前達には莫大な投資を行っている。ごく一握りのファンが投資しているだけのグループを、法律を変えてまで拡大させた理由……わかるな』
他の人物も入れ替わりで背広の人物に対して色々と意見を述べる。中には自分の都合を押しつけているような物も存在するが、それらを含めてレーヴァテインの思惑なのだろう。
『ジェネラル、下手に動く事で別の勢力に真相を見破られる訳にはいかない。それを忘れるな』
最後はカリスマ女性の声でまとめ、レーヴァテインは姿を消す。その後、ジェネラルと呼ばれた男性は周囲を見回して不審者がいないかを確認後、何処かへと姿を消した。
ジェネラルは再び表通りへと姿を見せ、1台のロケバスが止められている駐車場へと足を運ぶ。
「まもなく、劇場の方へと向かいますので―」
スタッフの運転手がジェネラルに声をかける。そして、数分後にはロケバスは秋葉原の劇場へと向かった。余談だが、このバスは運転手と下見のスタッフ数人のみで、アイドルは誰も乗っていない。
「準備の方は出来ているか?」
「劇場のスタンバイは問題ないとの連絡です。何時でもいけます」
スタッフの問題ないという発言を受け、ジェネラルは安堵する。彼が何を考えているのかは不明だが、スタッフはすでに把握済みと言う気配だ。
「我々が本気を出せば、どうなるか……思い知らせる時だ」
ジェネラル、その別名はジェネラル秋元。過去に超有名アイドルをヒットさせたプロデューサーとして有名になったが、しばらくして転落人生を歩んだ人物でもある。
その後、彼は超有名アイドルによるディストピアを実現させるのだが、妥協案として認めた治外法権が思わぬ事態を生み出そうとしている事に気付き始めた。
午前11時、あれから何度も待機プレイヤーとマッチングをするのだが、裏モードあるいは裏システムの情報は得られていない。
全く収穫がゼロかと言われるとそうではなく、マッチングボーナスを得た事で長門のレベルが上昇している。無駄足と言う訳ではないのだが、長門としては納得のいかない展開だ。
「裏モード、裏システム……どちらも知らないはずは、ないはずなのに」
ブレイクオブサウンドをプレイしているユーザーで裏モード及び裏システムを知らないという人物は、表モードしか興味のない人物や音ゲーを初めて触れるような人物位だ。
ネット上でも稀に話題となる為、隠し曲の解禁方法を検索する際には目にする筈。それでも、誰も知らないという一点張り。これは何かを隠しているのか、炎上騒動に巻き込まれたくないかのどちらかである。
【マッチング希望のプレイヤーが現れました。VSモードに移行します】
しばらくは待機画面だったが、5分位して唐突にマッチング画面に移行する。これには長門の方も驚くのだが、特に準備をし忘れた等の様な事はなく、準備は万全であった。
「対戦相手は――Bクラス?」
マッチングにもクラスが存在し、一番下がGクラス、その次がFと言う感じに続き、Aクラス、AAクラス、最高はAAAクラスとなる。AAAとなると、そのプレイヤー数は一握り程度しかいない。
長門も今回の対戦で稼いだ経験値も影響し、Aクラスへ昇格、上級ランカーのいるAAへリーチと言う状況でもあった中、このタイミングでBクラスとマッチングした事には驚いた。
「TAKEUCHI? 聞いた事のないプレイヤーみたいだけど…」
プレイヤーネームはTAKEUCHI、名前に覚えのない長門はスキル等のデータを確認し、何故マッチングしたのかを考える。
同刻、自宅でプレイしていた武内皐月も思わぬ人物が相手に現れた事に驚いていた。
【マッチング希望のプレイヤーが現れました。VSモードに移行します】
「Aクラスランカーですか――勝てるかどうかは別として、今の実力を測るには良い相手でしょうか」
居間でブレイクオブサウンドをプレイしていた武内は、コーヒーを片手に…とまではいかないが、リラックスしてプレイしている。
「NAGATO……確か、ランカー勢として活躍している長門凛ですか」
相手のプレイヤーネームを見て、武内の表情は変化する。その相手は生半可な実力ではダブルスコアも当たり前とネット上で言われている実力を持つ、ランカー勢の一人である長門凛だったからだ。
同刻、瀬川彩菜は相変わらずの超有名アイドルファンを狩り続けている。彼らに指示を出している人物を聞き出そうとするのだが、末端の人物が知る訳がないので無駄足に終わるケースが多い。
「ここ一週間で便乗ハンターが出ている話―分かった?」
ガジェットを装着したままの瀬川は情報を調べていたスタッフに、便乗している人物の特定をするように指示していた。
『便乗ハンターは確認できません。そう言った事をすればネット上で晒され、炎上するのを分かっているのに手を出す方がおかしな話です』
しかし、ハンターは確認できないという回答だった。サブカードの使用が禁止されている位にARゲームはカードの服数枚所持を規制している。なりすましや複数アカウント自体があり得ないという考えのようだ。
「確かにサブカード所持はARゲームで禁止されている。それは初心者狩り、転売、八百長防止の観点の話だ。考えようによっては、とんでもない存在が黒幕にいる可能性がある」
瀬川は一連の炎上事件等に超有名アイドルが関係している事を把握済みだ。それを踏まえて、一連の黒幕を超有名アイドルの芸能事務所と決め込んでいる。
『一応、他の勢力も同じ事件を調べている節があるので、その部分からも調べてみますが……期待はしないでください』
スタッフの方も他勢力が調べている点を踏まえ、下手をすればこちらの手の内を向こうへ見せる事になる。それを踏まえ、スタッフは瀬川を心配しているようだ。
「心配は無用よ。裏モード及び裏システムを知っている勢力は限られている。誰かが意図的に動画を流出させるケースがない限りは、それを信用するなんて……」
瀬川はふと、自分の言った事に疑問を持つ。動画の録画に関してはロケテ当時から原則不可能という仕様になっている。しかし、仕様が変更されたとしたらどうなるだろうか?
午前11時15分、その後も超有名アイドルファンを狩り続けた瀬川だが、気になる事があって秋葉原のネットカフェで一息入れる。
「確か、ここ数日でヒット数を稼いでいる動画が存在するって話をつぶやきサイトで見覚えが――」
ブレイクオブサウンド用のセンターモニター端末で瀬川が調べていたのは、動画の録画機能である。表モードに関しては録画に制限はない。これが実況勢の盛り上がりや動画サイトでの譜面研究に貢献している。
しかし、裏モードの録画はロケテ当時のガイドラインでは不可と書かれていた。これはシステムが録画に対応していないと言う理由があっての物である。
「やっぱり。そう言う事だったか」
瀬川が見つけた動画録画に関するガイドラインの説明には、改訂された部分で以下の様な記述があった。
【録画を含めたシステムの不安定に関して対策が出来た為、裏システムに関しても録画を許可します】
この一文は途中で改訂された訳ではなく、ブレイクオブサウンドの正式稼働時に追加された物である。つまり、瀬川がチェックを忘れていた事になる。
「しかし、動画サイトの制限は書かれていない所を見ると―」
その後も瀬川はガイドラインをチェックする。一通りチェックした後は、動画のチェックに移行していた。
同刻、長門は頭を抱えるような結果を出していた。楽曲のクリアはしたのだが、問題はスコアにあった。
「まぐれに決まっている。私も知らないような無名プレイヤーに、スコアで負けるはずが―」
スコアに関しては、わずか1000点という微妙な差で長門は敗北していた。敗北しても降格と言う事はないが、これは非常に大きい敗北である。
【長門が敗北したらしい】
【金星献上か?】
【ジャイアントキリング、見たかったな。動画はアップされているか?】
【動画のアップは時間差で上がる可能性がある。長門は動画アップロードを自動にしていたはずだから】
【後で確認するか】
つぶやきサイト上では、リアルタイムで対戦の様子を見ていたつぶやきに対し、動画のアップを待っている人物が質問をするというような構図が展開されていた。
【それにしても、長門も運が悪いとしか言えないだろう】
【対戦相手が武内だったという事か】
【彼は、ここ数日で下位クラスプレイヤーが太刀打ちできない程の実力を付けたと聞く】
【登録されたのも一週間位前。そんな短時間でランカーに対抗できるスキルが身に付くのか?】
【技術的な部分もあるが、強運も実力に入るだろう。音楽ゲームの対戦は、格ゲー以上にさまざまなコンディションに左右される】
長門は途中からつぶやきを確認し、先ほどの相手がネット上で噂になっている武内皐月なのではないか、と思った。
「武内―確か、1年前の事件に関係している人物の名字も武内だったような」
長門はネットで1年前の事件を知り、彼ならばもしかすると裏モードを知っている可能性があるのではないか…と考えた。