第6話:キルト
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5月13日午前1時43分付:行間調整
赤羽凪雲が記録したスコア、99%が最高であるという認識はネット上でも当たり前になっていた。
それは100%を出せる人物が現れない事も原因だが、下手をすれば外部ツールやチートが疑われる程の難易度になっているのも……理由の一つだった。
過去に100%という理論値スコアを出した人物は数人いた。ネット上では偶然が重なったとも言われたが、実際は違っていたのである。
スコアを出した日が同じ、その日には超有名アイドルのCDリリース初日だった、スコアを出した人物が同じ事から不正が発覚する事になり、スコアは即日で無効になった。
こうした事から、100%のスコアを裏モードで出そうと言う人物は誰もいなくなり、いつしか99%を準理論値として扱う風習が出来たと言われている。
表モードでは問題視されていないのは、収録楽曲に超有名アイドルの曲がないという事情もあるが、それ以上にランカーが異常に多いと言うのも理由の一つだった。
その中で有名なランカーの一人に長門凛の名前が挙げられる。彼女の実力は並大抵のランカーでは太刀打ちできないと言われるほどだ。
しかし、彼女は裏モードの存在を知らない為に、そちらでは名前を見ないと言う。なりすましで参加していたプレイヤーはいるかもしれないが、そうした動きはアキバガーディアンに即座に見破られ、ネット炎上計画罪のような理由で拘束されるのがオチである。
そうした世界へ踏み込もうとしていたのが、アンテナショップでブレイクオブサウンドを手に取った武内皐月である。
こうした背景が存在するのはアンテナショップでは説明されず、ネット上のコミュニティ等で検索して初めて知る事だからだ。
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4月2日午後1時10分、ファストフード店で遅い昼食を取っていたのは吉川シズカだ。今までアキバガーディアンの情報や運営の情報を確認していた為、このような時間まで休む時間がなかった。
彼はポテトコロッケバーガーとグラタンコロッケサンド、ホットコーヒー、野菜サラダの組み合わせという昼食と言うよりは間食に近い組み合わせの食事をとる。
「運営も一連の不正スコアに関しては把握済みか……そうなると、赤羽に連絡するべきか」
彼が連絡を考えていた人物、それは赤羽凪雲である。既に向こうも情報に関しては把握済みだろうが、最新情報を更新してもらうという事も考えていた。
「――吉川だ」
赤羽に報告を考えていた吉川だが、突如としてスマートフォンの待機画面が変化した。スタッフからの連絡らしいが、着信音はマナーモードと言う事で鳴らないように設定されている。
「どういう事だ? それが本当ならば、全ては連中に踊らされている事になる」
『以前のロケテスト、今回の襲撃事件等も踏まえたのですが……全てが我々の動向を探る為に仕掛けられたブービートラップと言う可能性も高いという話です』
その後、ある程度の報告を聞いた後、食事を手早く済ませて店を出る事にした。スタッフの報告が本当だとすれば、アキバガーディアンに真相を問い詰める必要性があるからだ。
午後1時15分、店を出た所でタクシーを呼ぶ吉川、手を挙げて即座に来るわけではなく、待機していたタクシーに乗る事になった。
「北千住までお願いできますか」
吉川が場所の指定をすると、それに同乗しようと姿を見せたのは天城きらり。彼も場所的には同じだった為、タクシーの運転手に話を付けて同乗と言う事に。
きらりとの同乗となったタクシーの中では、吉川がスマートフォンを確認して何かのタイムラインを検索している。一方のきらりは外の景色を眺めている余裕もあるようだ。
結局、2人が口を開く事はなく、北千住駅に到着した所で二人は降りる。代金に関しては吉川ときらりとの折半に。
「所で、お前の狙いは何だ? 天城きらり」
吉川はきらりが自分に用があって同乗したのだと移動中に気が付いた。どのような用事だったのかは彼には分からない様子。
「具体的には言えないけど、超有名アイドルを裏で操っているマスコミが誰なのか……って」
そして、きらりは吉川に超有名アイドルと裏取引をしているマスコミ及びテレビ局のリストを要求するが、そうした物は彼が持っているはずがない。
「お前は何を言っている? 超有名アイドルファンがコンテンツ潰しをしている真相が、テレビ局の視聴率操作だと言うのか?」
吉川の方は呆れ気味の表情をしている。超有名アイドルファンが炎上請負人と組んでいる噂は耳にするが、テレビ局がアイドルファンと手を組んで『ARゲーム潰し』を行うのは考えられない。
「間違いないよ! 超有名アイドルはマスコミと手を組んでコンテンツを手中に収めようとしている。しかも、自分達に都合のよく動くアイドルのコンテンツ以外を根絶して―」
きらりは途中までしか話していないのだが、それを遮ったのは予想もしていないような存在だった。それは、アキバガーディアンとは目的は同じだが、手段が異なるコンテンツガーディアンのガジェット兵だった。
この状況は看過できないと判断した吉川が取った行動も、コンテンツガーディアンにとっては妨害と取られても仕方のない行動である。その行動とは―。
午後1時50分、北千住周辺に突如としてARフィールドが展開された。しかも、このフィールドは他のARゲームで使用するフィールドとは異なる。
『吉川シズカ、お前は向こう側の人物だと思っていたが……残念だ』
ガジェット兵はフィールドの展開を確認し、自分達のビームライフル型ガジェットの引き金を引く。しかし、その後の反応は予想外の物だった。
【システムエラーが発生しました】
ガジェットのバイザーに表示されたメッセージ、それはシステムエラーだった。どうやら、適合しないフィールドでガジェットを使用しようとした事で、今回のエラーが発生したらしい。
「こちらとしてはコンテンツガーディアンとも、アキバガーディアンとも共闘しようとは思わない。アカシックレコードに記されたスケジュール通りに動いて、何が楽しい?」
吉川が持っているガンブレードとも言うべき武器、それはコンテンツガーディアンが使用しているガジェットともアキバガーディアンが使用しているガジェットも違う物だった。
『我々の目的、それはコンテンツ業界の正常化。その為には炎上騒動を生み出す存在を駆逐しなくてはいけないのだ―BL勢、夢小説勢、それに便乗するような炎上つぶやきを拡散する勢力は全て排除する』
ガジェット兵の男性の言う事、それはアカシックレコードからすればシナリオ通りとも言うべき事なのだろう。しかし、吉川の方は返す言葉もない、と言うような反応である。
ガジェット兵が何かを喋ろうとした次の瞬間、吉川のガンブレードから超高速の弾丸が射出された。どうやら、彼は何かを喋る前に黙らせようと引き金を引いたようだ。
『貴様! 本当にコンテンツ業界が超有名アイドルの思うままになっていいのか?』
「超有名アイドルやファンが行っている事、それは確かに見過ごす事は出来ないだろう。しかし、お前達が行っている事は本当にコンテンツ正常化の為になっているのか?」
ガジェット兵の質問に対し、吉川は更に質問返しを仕掛けたのだ。この話をフィールド外で聞いていたきらりも何の事だがさっぱりと言う表情をしている。
『我々の行うBL勢の駆逐や夢小説勢の取りしまりが間違っていると言うのか?』
「コンテンツガーディアンが行おうとしている事、それは一次創作しか存在が許されない世界を作る―アカシックレコードの新たな記述を達成させる事だろう」
『吉川シズカ、何が言いたい?』
「お前達がやろうとしている事は、超有名アイドルと全く同じと言う事だ。芸能事務所は程度の低い作品ばかりを拡散し、それらのメッセージをゆがめるような加工を一切禁止している…」
『我々が、芸能事務所側の下等な政策と同じと言うのか? 国会が行おうとしているコンテンツ政策と同レベルと言いたいのか?』
2人の議論は続くが、その周囲にいたガジェット兵は別の人物によって撃破された後だった。これにはガジェット兵のリーダーも迂闊だったと判断する。
『吉川シズカ、お前のやろうとしている事は神の所業だ。アカシックレコードの記述を歪める事は不可能に近い。これは、決定事項と言ってもいい』
コンテンツガーディアンの方は撤退し、吉川の方もフィールドが解除されると同時に姿を消した。
午後2時、北千住駅近くの広場で立ち尽くしていたきらりは、本来の目的であるゲームセンターの方へと移動し始めた。
『貴様か――我々の動向を探っているのは?』
移動しようと考えた所で姿を見せたのは、黒騎士とも言えるようなアバターだった。きらりの触れる事が出来ない事、それが証拠になっている・
「貴方は一体、何者なの?」
しかし、黒騎士は何も答えない。むしろ、こちらの目的を聞き出そうとしている気配さえある。
『答えないか。それもいいだろう。しかし、我々の正体を探ろうとすれば、社会的に抹消されるのは間違いない』
今回の声は全てカリスマ女性の声で統一されている。もしかすると、彼女の単独犯行なのか? それは、きらり自身にも分からない。
『警告はしたぞ。これ以上足を踏み入れれば、後には戻れなくなる』
そして、黒騎士のアバターは姿を消した。一体、彼女は何をきらりに警告しようとしたのか?
「あれが、レーヴァテイン」
きらりには黒騎士、レーヴァテインの正体が分かっているのかもしれない。仮に自分の考えが正しいとすると、レーヴァテインの正体は―。
午後3時、武内皐月はゲーセンでさまざまなゲームに触れつつ、何かを学んでいるような気配だった。
「これが、音楽ゲーム……」
太鼓型、ギター型、ドラム型、その他にも踊りの振り付け等の音楽ゲームを触れていく内に、ブレイクオブサウンドに必要なものがリズム感だと言う事を理解した。
「スコアが伸びなかった原因は色々とあるかもしれませんが、音楽ゲームを最初から難しい物と決めつけていたのも―」
彼がゲーセンで音楽ゲームに触れていく内に、ブレイクオブサウンドも難しい物ではないと考えるようになり、そこから彼は何かを学ぼうとしている。
「何事もチャレンジする事は大事という事を学んだような気がします。きっかけがどうであれ、さまざまな音楽に触れる機会が出来たのは間違いありません」
そして、武内はゲーセンを後にして家へ帰る事にする。これ以上ゲーセンにいたとしても、収穫以前に所持金の問題も浮上するかもしれないからだ。